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8月 29 2014

常識では考えられない出来事

10:47 AM ブログ

昨日、庄内川に行ったんですが、この前と全然違っていましたね。

いくつかの場所に座ったんですが、寄ってくる魚は数えるくらいでした。魚を釣る人やボート競技の練習みたいなことをしていた人たちがいたので、その影響もあるのかもしれませんが、それにしてもこの前とはえらい違いでした。

私が岸に座っているのを見て、橋から川を見ていた人が何人かいましたが、昨日はとても期待に添えるほどの魚が集まりませんでした。申し訳なかったです。(笑)

あれほどの魚が一変に現れるなど、あれ一回きりかもしれませんね。(白鳥公園を鳥たちが覆ったことがありましたが、それもその時一度きりでしたから)あんなこと私が行くたびに起きたら庄内川の魚たちも大忙しです。(笑)

天が神や天上界の証明のため、この前はそのような奇跡を現したのかもしれません。

それにしても昨日は、寄ってくる魚がほとんどいなくて(近くで飛び跳ねる魚はいました。それに、あちこちで波紋がしていたので割と大きめの魚は寄ってきたようですが、小魚は全然寄ってこなかったですね。大きな魚が寄ってきたといっても、その前日の五分くらいしかいなかった、中川運河の方が寄ってきた魚が多かったくらいです)私が帰ろうと腰を上げ歩き出すと、急に二、三匹の小魚が近くで跳ねるのです。

「何だお前らいたのか」といって、またその場に腰を下ろすと、水面は静かになって小魚は一匹も寄って来ません。(どうも底にいるようです)

「おかしいな、この前と何が違うんだろう?」と考えていたら、よく見たら川の水の色が全然違いました。

昨日の庄内川の川の水は、いつもの少し黒いような色をしていて、この前とその前のように泥が混ざったような、黄土色をしていたわけではありませんでした。

川の水が濁っているか、濁っていないか、それでこれだけ魚の態度が違うんだな、と思いました。

よく考えてみればそれはそうです。庄内川には鵜やサギなど小魚の天敵の鳥がたくさんいます。水が濁ってもいないのに、あれだけたくさんの小魚が水面に出てきたら、そのよう鳥たちの格好の獲物になります。

「川の水が普通なら、大きな魚はともかく小魚は寄ってこないわな」とそう思い「そうか、川の水が濁っていたから、あの時、小魚たちはあんなに寄ってきたんだな」と思って、小魚たちが全然寄ってこない理由が分かりました。

それで私は、これまで魚たちが寄ってきていたことに気づかなかったのです。(これまで、あれだけ水が濁っている川に来たことがなかったからです。このように普通の川の水の色なら魚は私にあまり寄ってこないからです)

そういえばこれまでも、白鳥公園の横にある堀川のほとりを歩いていると、よく魚が近くで跳ねたことがありました。

私は「魚が跳ねるのは当たり前」と思っていましたので、何も気づきませんでしたが、すでにその時から魚は私に寄ってきていたのかもしれません。

それにトンボもそうです。「今年はやけにトンボが近くに来るな」とは思っていました。

ヤンマが、よく私の歩いているのに並走して飛んでいることもありましたし、その並走して飛んでいたヤンマが、すっーと先に飛んで行って、急にUターンして私に向かって飛んできて、ぶつかりそうになったこともありました。(「オイ」といって思わず私がよけたくらいです。それくらい近いところをヤンマは飛んできたのです)

しかし、トンボは元々人懐っこいので(よく人にとまったりしていますので)それが当たり前だと思い、これも私に寄ってきているとは気づきもしませんでした。

同じことを、すずめやツバメがやれば「あいつら、またかまってきたな」とすぐに気づくのにトンボではまったく気づかなかったのです。

しかし、昨日でもそうですが(昨日の庄内川はヤンマと赤トンボがいました)確かに近くに飛んできたトンボに声をかけると、喜ぶような仕草をします。(私が「元気か」と声をかけると急に飛び方が変わります)

私の近くをグルグル何度も飛んでいます。明らかに私に寄ってきているのが分かりますが、こういうことにまるで気づかなかったのです。

マァ普通、魚やトンボが寄ってくるなど思いもしませんので、気づかないのが当たり前といえば当たり前なのですが、では、何で鳥が寄ってきているのか?と考え、そうであるなら他の生き物が寄ってきても不思議ではない、と考えれば魚やトンボが寄ってくるということもすぐに気づいたはずです。(鳥が寄ってくるようになった時点でです)

法を勉強していると、このような普通では考えられないことが、次々に起きてくるのです。不思議なことではないでしょうか。

法を勉強していれば愛が深まりますから、このようなことは起こるべくして起きているということになります。

愛が深まれば、他の生き物が寄ってくるのは当たり前のことでしょう。犬好きの人に犬はよく寄って行きますし、猫好きな人に猫は寄って行きます。逆に犬や猫が嫌いな人には寄って行きません。あれと同じ原理です。人間以外の他の生き物たちは、人の心を敏感に感じ取ることが出来るようです。これは動物だけじゃなく植物も同じであると思います。

人間だけが、そのようなことに異常に鈍いのです。(異常だと思いますよ。他の生き物は大きな天変地変がある前には必ず気づきます。しかし、人間はまるで気づかないのです。〔大地震を予知できないのがいい例です〕これほどの鈍さがあるでしょうか)

これだけ他の生き物に愛されている私を、目の敵にして嫌がらせをし続けている人たちがたくさんいます。大丈夫なんでしょうか?そのような人たち。自分たちのあまりの鈍さ気づいてほしいものです。(前の会社、今日も明らかに変です。やけに静かなのです。そうかと思ったら急に怒り出したように、でかい音をたてる奴がいます情緒不安定の極みですね。次々に何か起きてきたのなら早く私に詫びた方がいいでしょう。そうしないと、その現象全員に現れるからです)

愛というと、楽しいとか嬉しいとか、よいことばかりを考えますがそうではありません。苦しい目に遭うのもまた愛なのです。(そのよう体験を通し、その人の心を成長させるという愛の行為です)

愛深い人に何かすれば、そのした通りのことが自分に返ってきます。(動物たちはそれを知っているから、私に寄ってくるのかもしれません)

自分たちが、その愛深い人に何をしているのか?それをまずお考えください。

2コメント

2 コメント to “常識では考えられない出来事”

  1. ウナッシー2014/08/29 at 12:37 PM

    最近になり私はふと自分のおかれている新しい局面に気が付きました。ことの始まりは、会社で仕事をしていた時に若い後輩が二人で仕事に関係ない話で盛り上がっていました。いつものことで特に気にする事もなしに「息抜きも大事だな」くらいに思った瞬間に心の内から「本当の思いはどうなの?」と浮かんできました。以来日常の色々な側面でその事が浮かぶ事があるのですが、まだ自分の事が良く分からないのが本音です。
    しかしながら自分の思いに従いこれからも、しっかり向き合って行こうと思います。

  2. gtskokor2014/08/29 at 1:39 PM

    ウナッシーさんも、私のように本当のことを世の中に向かいはっきりいった方が、よい時期に来たのかもしれませんね。(私など、もうそこらじゅうで本音をいっています)
    これまでは、いいにくいのでいわなかったことも、はっきりいった方が、ウナッシーさんの心の向上になるのです。
    あまり不調和になるようなことを、バンバンいってしまってはいけませんが、目に余るような行為は、少々嫌われようと「それはいけない」とはっきりいうべきであると思います。
    そのような行いが自分の心を向上させるのです。

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