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8月 30 2014

時代への理解

10:57 AM ブログ

しかし昨日は頭にきましたね。

何が頭にきたかといえば、子供数人に人の辻説法を散々バカにされたからです。(一度別れてから、そのあとも子供数人が〔小、中学生だと思います〕自転車に乗って私に追いついてきて、そこでもまたバカにしてきました。いくら何でもやりすぎです。これだけ法をバカにしますと私にもこの連中に何が起きるか分かりません)

こちらがたった一人で法を説いている苦労も知らず、平気で人をバカにしてきます。(この辺りは私をバカにする子供が多いのです。悪いことを全部私のせいにしているからでしょう。だから友達にやっているいじめの延長みたいに、私をバカにしてくるのでしょう。そういう心もいけません)

その連中と二~三十分やりあいました。周りの家の多くの人もそのやり取りを見ていました。

周りの大勢の人が、このやり取りを知っていたのですから、その中に当然子供もいたでしょう。ということは、このまま何もしなければ、このような連中のまねをして、これから人の辻説法をバカにする子供たちが、あちこちから出て来ないとも限りません。

それで私は、その大勢が見ている中でその者たちを祈り、はっきり「お前たちには何か起きる」と宣言しました。

どちらにしても前から、この辺りの子供らが私をバカにする態度には、腹に据えかねるものがありましたので、どこかで誰かに、このようなことをしなければいけないとは思っていました。

その思っていたことが昨日起きたのですから、逆に感謝しないといけないのかもしれません。

これだけ大勢の前で、その子らを祈り「何か起きる」と宣言もしたのです。これで何も起きなければ私は信用を無くし、私のことをバカにする子供は増え法が拡がることもないでしょう。

この法が拡がるか拡がらないかは、ここにかかっていると思い、徹底的にその者たちを祈ろうと思います。(法が拡がるも拡がらないも、この一戦にあり、という気持ちで祈ります)

ただ、これだけ徹底的に法がバカにされたのは初めてです。子供とはいえこれだけ法をバカにしては、一体何が起きるのか私にも見当がつきません。(何度もいっていますが、大人であろうと子供であろうと、それは肉体が年を取っているかいないかの差だけなのであり、心は皆大人なのですから肉体年齢は一切関係ありません)

「法を説く者を絶対にバカにしてはならない」それが後世に伝わるくらいの現象を現せていただけるよう天に祈ります。(天は私以上にこの問題を重くみているようです)

あれだけ私をバカにしたのです。昨日の子らとその家族には、その覚悟だけはしてもらわないといけないと思います。(私も命懸けで法を説いています。そちらも命を懸けていただきます)

それはそれとして、それにしても今日は前の会社、朝からずいぶんハイテンションです。(土曜日なのに、うるさいうるさい、本当に迷惑です)何でこんなに毎日態度が天と地ほど違うのか訳が分かりませんが、それだけ激しく現象が現れ出したということでしょう。(朝から横の会社も変ですし)

いってはいけませんが、私には(このブログに書いているように)次々に奇跡が起き、私の回りの私に災いの責任を全部かぶせ、嫌がらせをし続けている人たちには、次々に災いが起きているのです。

そのような自分の心がすぐに現象化する時代となったからです。

時代が変わっているのに、それを認めようとせず、これまでと同じように表面上だけいい顔をして、裏では人の悪口を平気でいっているようでは、もう病気やけがなど災いが相次ぐことになるのです。

正法の世とは、よいことも悪いこともすぐに現れる時代だからです。

そのような時代にもう変わったというのに、それが理解できず(理解しようとしないだけかもしれませんが)この辺りの人は(特別この辺りの人だけではありませんが)その自分の心と行いが悪いために現れた災いを、全部私のせい(他の地域の人は温暖化などのせい)にして責任転嫁しているだけなのです。

しかし、もう責任転嫁など時代遅れなのです。

そういう前時代のままのことを未だにやっているから、日本は異常現象が相次ぐのです。(それは世界でも同じです。だから世界中で異常気象が起きているのです)

自分に起きる悪いことは人のせいではありません。自分が悪いから自分に悪いことが起きるのです。自分に悪いことが起きてきたら、まず自分に悪いところはないのか考えるべきなのです。

そうして、その悪い部分を反省出来て初めて、その悪いことは起きなくなるのです。

何度もいいますが、責任転嫁などもはや時代遅れなのです。自分に悪いことが起きたら、自分が悪かったと清く認め、反省してこそ、その人は幸せになることが出来るのです。

現代の人は、神を認めず、そのような責任転嫁ばかりしてきたため、かなり傲慢になっています。

その心を直すのは容易ではありませんが、その心を直さない限りこの災いは止まりません。

この災いを止めるのには謙虚になって(災いが起きていない)奇跡が起きている人のいうことを聞くほかないのです。

少しは謙虚になってはどうでしょうか。(聞く耳持たない人には、いうだけ野暮ですかね)

追伸…慰安婦問題の大誤報を、謝罪もしない朝日新聞に批判の声が高まっているようです。

それに加え、週刊文春の新聞広告の掲載までやらなかったものですから、火に油ですね。(そのうえ週刊新潮の広告掲載まで拒否したそうですが)

報道の自由を守れだの、言論の自由を守れだの、散々これまで書いてきたことと全然違うことをやっているんですから、ずいぶん都合のいい話です。(そういうご都合主義も批判されていなかったでしょうか?)

しかし、先ほども書きましたが、大新聞社だからと居丈高な態度を取る時代ではもうありません。(そのような傲慢不遜さ、それも時代遅れです)

大新聞社だからこそ、自ら襟を正し悪いことは悪かったと認め、謝罪されるべきではないですか?

もうそのようなことをうやむやにできる時代でもないでしょう。

慰安婦問題の大誤報はしっかり謝罪されるべきでしょう。

2コメント

2 コメント to “時代への理解”

  1. ウナッシー2014/08/30 at 12:51 PM

    昨日のコメントはやはり、その後もありました。しかし、心癖とでもいましょうか?ふと思ったことの本音が分からないのであります。きっとそのうち分かる時が来るのでしょうね。先生のご指摘通り、はっきり言える心の強さも訓練して行こうと思います。

  2. gtskokor2014/08/30 at 1:22 PM

    頑張ってください。

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