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9月 01 2014

二十世紀と二十一世紀の基準の違い

11:13 AM ブログ

今日は防災の日ですが、今年も災害が異常なほど多く発生しています。

多くの人の心が二十世紀のままなのです。それでは災害が多発するのも仕方がない話でしょう。

しかし、何度もいいますが、すでに二十一世紀に入り時代も変わっています。当然ではありますが、時代が変わっているのなら考え方も変えないといけないのです。

時代が変わったのなら起きてくる現象も変わるからです。

しかし、考え方を変えていない人はそれが分からない。なぜ違う現象が現れているのか分からないため、これまで通りの考え方をし続け責任転嫁しているのですが、二十一世紀は心の時代(正法の世)です。

その責任転嫁という考え方がすでに悪なのであり、罪をつくっているのです。そういう考え方をしている人の回りには、その考えのままの現象(当然ですが、罪をつくっているのですから、起きる現象は悪い現象です)が現れることになるのです。

その悪い現象を自分が反省することなく、また責任転嫁すれば、もっと悪い現象が現れます。自分が悪いと自覚するまで悪い現象は現れ続けるのです。

この時代はまず❝自分が悪かった❞と反省出来ないと、悪い現象は止まらないのです。(このように書いても、この辺りの人は頑として「いいや悪いのはお前」といい続けるでしょう。だから恐ろしい現象が止まらないのです。特に前の会社などもう哀れなものです。〔今日も相変わらずやっています〕そのままやることを変えないのなら、もっと癌になる人のペースは早まるでしょう)

二十世紀までは、例えばこちらである人と仲良く話をしていて、その人がいなくなった途端、その人の悪口をいう人を「何だこの人」と思う人はいても(それが普通だと思っている人もたくさんいるでしょうが〔笑〕)それは罪になる、と思う人はいませんでした。

そういう人もいるだろう、くらいにしか考えなかったのです。しかし、実際はそのような人は心の中に罪をつくっていたのであり、そのような罪がよほど積み重ならないと現れなかった、そのことを反省させるべき悪い現象が、二十一世紀になった現在、もっと早く周りに現れるようになりました。

それが大きな災害が多発する要因となっているのです。

これまで悪いことと思っていなかった心の中の罪が、すぐに現象として現れるのです。だから、激しい現象が次々に現れているのです。

例えば福島県など、まだ福島原発の事故の収束はもちろんのこと、その原発事故のせいでたくさんの避難している人たちがいます。福島原発の近くにいた人たちは「何の罪もないのに避難させられ苦しんでいる」という人が多いのですが、何の罪もない人が苦しむわけはないのです。

何度もいいますが、東日本大震災があったとはいえあれほどの原発事故を起こしたのです。その福島県民の人たちが何の罪もないわけはなく、何か他の県の人たち(例えば、同じ大震災で同じような被害があって、同じように原発があった宮城県など)よりも心に大きな罪をよけいにつくっていたと思われます。

だから、あの福島原発はあれほどの大事故となったのであり、その近辺の人たちも未だに苦しんでいるのです。そのような大きな罪を、福島の人々が心の中につくっていなければ、福島原発はあれほどの大事故にはならなかったでしょうし、避難している人たちがこれほど苦しむこともなかったのです。

その心の中につくっている(宮城県の人たちにはなかった)大きな罪とは❝共産思想❞です。

共産思想がなぜいけないかということは、もう何度も書いていますので割愛しますが、共産思想の強い人が多いのではないでしょうか。だから福島の人々は未だに苦しんでいるのです。

あの原発の収束にせよ、避難している人々を救うことにせよ、まず、その心の罪(共産思想)を抜かないとよい方向にはいかないのであり(その共産思想が心から抜けると、天が協力してくれるようになりますから、そこからやっとよい方向に行くのです)その共産思想が強い人が多いから、あの福島はまったくよい方向に行かないのです。(原発事故の収束はもちろんのこと、その原発から出る汚染水や核廃棄物やらで福島はドンドン汚染されていきます。そのように福島が悪い方向にしか行かないのは、すべて共産主義の人が未だに多いからです。〔共産思想の強い〕知事が、この前の選挙でも代わらなかったということでも、その事実が分かります)

これまでは悪いこととは思っていなかった心の中の罪が、すぐに周りに現れる時代となったのです。

ですから、そのこれまで問題にされてこなかった心の中の罪を、まず消さないと問題は解決されることはないということです。(だから避難している人たちが、原発さえなかったらというのはまったくのお門違いで、まず自分たちの共産思想を反省しなければいけないのです。そうして、自分たちは原発があったから豊かな生活を送ることが出来たのだ〔実際そうではないですか?あの福島原発で働いていた人も多いでしょうし、税金などの恩恵を受けた人も多いはずです〕と逆に原発に感謝しないといけないのです。そのような愛の心が出てきて初めて、天から救いの手が差し伸べられ救われる道がついてくるのであって〔奇跡が起き出すということです〕福島の人たちは、不平不満の思いしか持たないから救いの道がついてこないのです。本当に福島の人を救いたいのであれば、まず心の改革が必要なのです)

福島は一例にすぎませんが、しかし、福島が復興しなければ(それはもちろん原発事故の収束を意味します)日本の復活はないのですから、一例で流されても困ります。ここに書いたことを真剣に聞いて、福島の人々を啓蒙してもらう人が出て来ないと、日本の復活はないということになります。

福島だけではありません。この前の広島の土砂災害、局地的大雨、猛烈な台風など、すべて、それぞれの人々の悪心が表に現れだしているからです。

これまで罪とは思われていなかった心の中の罪も、二十一世紀になって裁かれるようになりました。

これは時代が変わって、その正しさの基準も変わっている証拠であり、その正しさの基準がより厳しくなっているということです。

これからは表面上だけ良ければそれでよい、という時代ではありません。もう心からよくならないといけない時代となったのです。

しかし、未だそのことを悟らず、表面上を取り繕うだけで何か悪いことが起きれば責任転嫁し、人に責任を擦り付ける、そのようなことがまかり通っています。

そのような恰好だけいい人が多いから、悪い現象が次々に現れるのです。

これからは格好よりも中身(心)です。その中身がいい人が増えて来ないと異常現象は収まりません。

時代が変わったことへの自覚、それを多くの人が持たなければいけないのです。

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