9月 10 2014
スーパームーンと北極星
昨夜はスーパームーンでした。
本当に、普段より大きく明るい月がよく見えました。満月は月のパワーが一番出ているといわれますが、さすがにスーパームーンは普通の満月の時より凄かったですね。あのスーパームーンを見ていたら何か息が詰まるようでした。
せっかくですから、少し祈りスーパームーンのパワーをいただきました。
私たちは、月があるからこのように平穏に暮らしていられるのです。もし月がなかったら引力や人の体にまで影響を与えるでしょう。
ですから「あなたが存在しているから私たちはこのように平穏に暮らしていられます。月の存在に感謝します」と改めて月に感謝して祈り、そのパワーをいただきました。
そのお蔭で、今日は一段と祈りがきかれそうです。(笑)
それでちょっと話を変えますが、よく北枕は縁起が悪いとか、死人の枕とかいわれます。
何でこういうことをいわれるのかといえば、日本では人が死ぬと北枕にするところが多いからです。
たしかに日本では、人が死ぬと北を枕にして寝かせるのですが、これは元々釈尊が亡くなられた時に、北を枕にして亡くなられた(涅槃に入られた)から、それから仏教界では、人が亡くなると北枕にして寝かせるようになり、それが日本にも伝わっているのです。
そうして、北枕は死人の枕だから縁起が悪いといわれるようになったのです。
しかし、このような解釈は間違いなのです。
釈尊が北を枕にして亡くなられた(涅槃に入られた)のは事実です。
しかし、釈尊は何も亡くなる時に限って北を枕にしたわけではなく、いつも北を枕にして寝ていられたのです。だから、その時もいつも通り北を枕にして横になられただけであり、その時だけ特別に北枕で寝られたわけではありません。
釈尊は、普段から北枕で寝ていられたのです。もちろんそれには意味がありました。
その意味とは、先ほどの月の話と同じで、北の空には北極星があります。(この北極星は、地球の自転軸を北極側に延長した線上近くに位置しているため、地球上から見るとほとんど動かず、北の空の星は北極星の周りを回転しているように見えます)
その北極星から(先ほどの月と同じように)パワーが出ていることを釈尊はご存知でした。それで、北極星の方に頭を向けて寝ることで、その北極星のパワーをもらえるということで、釈尊はわざと北を枕にして寝ていられたのです。
もちろん、そのような北極星のパワーを寝ながら受けることが出来れば、疲れが取れるのが早いとか、心が安らぐとか、そのようなことを釈尊は知っていられたのです。だから釈尊は、ずっと北枕で寝ていられたのであって、北枕は縁起が悪いどころか、非常に心にも体にもよいのです。
この大宇宙の星々は、ただの土や岩の塊なのではなく、各星々から、それぞれのパワーを発しているのであり、その星から出るパワーは、私たち人間にとっても非常によいものであるということです。
それをただ受けているのではなく、その星に向かい祈りを捧げるのであれば、そのパワーもまた一層いただけるものであると思います。どちらにしても感謝の祈りは、輪廻してそれがまた自分に返ってきます。
よい祈りは、すればするほど自分の徳となるということです。
このことを勘違いしている人が多いのですが、私が祈っているとムッとしたり、ギョッとしたりして見ている人がいます。(他の地域なら、そこらで祈っている人がいたとしたら、笑う人が多いんでしょうが、この辺りは怒る人が多いのです。その一点だけ見てもこの辺りの人、変わってますよね。〔笑〕)しかし、私は人の不幸など祈ったことはありません。
だから、どれだけの人を祈ろうと、私はピンピンしているのであり、もし私が人の不幸ばかり祈っていたとしたら、すでにこの世にいません。(もう数えきれないくらいの人を祈っているからです。それだけ多くの人に悪の念を発していたら、とっくに地獄行きです)
しかし私は、ピンピンしているどころか、奇跡が次々に起きているのです。それを知ってもらうだけでも、私の祈りがいかに人の幸せを願っているのか分かろうというものです。(よい祈りをしているから、それが返ってきてよい結果〔奇跡〕が現れるのです)
したがって、私が祈って、もし不幸になった人がいたとしたならば、それもその人が幸せになるための一過程なのであって、もし私がその人を祈らなければ、その人はもっと不幸な道をたどることになったということです。
だから、私に祈られた人は感謝しないといけないのであって、怒るということはお門違いなのです。その証拠に鳥たちなど私に祈られれば、大喜びをしているからです。
私に祈られ、怒るのは人間たちだけです。なぜ、幸せを祈る行為を人は怒るのですか?
それは自分たちが、よほど後ろめたいことをしているからではないでしょうか。そうであるなら、その祈られた人たちが反省しなければいけないのではないですか。
私はよい祈りしかしません。(だから星もよりパワーを与えてくれるのであり、鳥たちも大喜びするのです)その私に祈られ、怒ったりギョッとしたりして驚いている人たちは、自らをまず反省しなければいけないのです。



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