9月 15 2014
昨日のNHKスペシャルを観て
昨夜のNHKスペシャルで臨死体験をやっていました。
何ですか、あの人の苦労を無にするような番組は。呆れますね。
私のいっていることに、真っ向から反対しているような番組でした。臨死体験はすべて脳で解明できるといっていたからです。
もちろん反論を書かないといけないでしょう。そうしないと、せっかく唯心有神論になった人たちが、また唯物無神論に逆戻りしてもいけないからです。
昨夜の番組を少し説明しますと、臨死体験者は同じような体験を話されるのですが、それは昨夜の番組でもいっていたようです。
自分のもう一つの体が肉体から抜け出し(幽体離脱)天井の辺りから寝ている自分を観ていたとか、暗いドームを飛んで行ってお花畑のようなところに出たとか、その天国のようなところで、神のような方に出会い話をしてきたとか、亡くなった人に再会したとか、そのような話をされますが、それは全部脳の働きで説明できるというのです。
臨死体験は、その人が意識がなくなって、脳の活動が停止しているにも関わらず、そのような体験をするのですから、普通なら脳は反応していないのだから、脳だけでは説明がつかないと思うんですが、昨日のNHKのテレビによると脳が活動を停止しても、実際の脳は活動していないように見えて、実は活動が分からないくらいの小さな反応があって、小さな活動をし続けているというのです。(そんな小さな反応で、よくいろいろなことが分かるものと不思議ですが)
そうして脳のある部分を刺激すると、体外離脱(幽体離脱)のような感覚を覚えるというのです。そうして幽体離脱のような体験も脳の働きの錯覚のようなものだというのです。
幽体離脱をした人は、意識のない時のことを正確におぼえているというのに、それさえも脳に刺激を与え、いろいろな体験を重ねると、そのような記憶が出てくるらしく、自分たちの文化的な生活の中から、そのような体験を想像できるんだそうです。
そうして人間は死ぬ間際、誤った認識(神があり、あの世があるという)をして、間違った意識のまま死んでいくのではないかといっていました。(昨日出ていたあの立花さんって、昔は臨死体験を認めていたと思ったんですが〔あの人の本も読んだことありますし〕ずいぶん考えが退化しています)
その後、意識が脳内で生まれるという科学が出てきて、意識はすべて数学で表現できるといいつつ、すぐその後で意識は蜘蛛の巣のように複雑である、というのです。
そうして睡眠時の説明もしていました。寝ている時の脳は先ほどの蜘蛛の巣は張られていなくて、起きるとその蜘蛛の巣が張られた状態になり、意識が(脳内で)また生まれるということをいわれるのです。
だから、この数式で行くと意識がないと思われる状態でも、意識があると思われるというのです。
だから脳がなくなる時(死ぬ時)意識も消えるというわけです。(だから人間は死ねば無になるといいたいのでしょう)
そうして死ぬ間際の神秘体験も、脳の辺縁系(へんえんけい・科学者しか分からない部分ですね)が作用して白昼夢のような体験もするし幸福感も味わえるというのです。(このような体験は、ただの夢のようなものだということです)
つまり臨死体験は全部脳の作用で起きると結論付けているのです。
しかし、この番組の最後に、そのような科学を少しだけ否定して、そのような科学だけでは説明がつかないといいつつ、それでも最後はすべて脳の作用だといっていました。
結局、臨死体験はすべて脳の作用で行われているというのですが、このような番組は、ただの子供だましとしか私には思えませんでした。
なぜなら、脳の細かい部分だけクローズアップして、それ以外はずいぶん大ざっぱだったからです。(都合のいい部分にだけそれを当てはめ、都合の悪い部分は無視しているからです。いつものことですが)
例えば、最初の幽体離脱をして、病院で寝かされている自分を上から見ていた、という部分でもそうです。
脳学者は、脳のある部分を刺激すると幽体離脱のような感覚を覚え、その上から見ていたという話もいろいろな体験を重ねると、そのような体験を想像できるようになる、といっていますが、想像だけで、その時起きていたことが正確に分かるのでしょうか?
幽体離脱をして、上から自分を観ていたという人は、その時の寝ている自分を手当てしている医者から看護師から、自分の身内の誰がいたかまで正確に言い当てるのです。
それこそ上から見ていないと分からないことまでです。(その時、手当てをしていた看護師の髪の毛に刺していたピンの数まで、正確に言い当てた人までいるくらいですから)
それに意識がなくなって、それから意識が戻り、すぐにそういう話をされる人も臨死体験者の中にはたくさんいるのです。
別に、この世のいろいろな体験などしなくても、その時行われていたことを、そのまますぐ正確にいえる人が臨死体験者の中にはいくらでもいるんですから、その部分だけとっても、昨夜の脳学者の意見では説明がつかなくなります。
それに睡眠時の説明でも、起きている時に脳の中で意識が生まれ、寝ている時はその意識がなくなるということをいいますが、それでは睡眠時の説明にまるでなっていません。
なぜなら人は睡眠をしないと死ぬからです。(よく三日も四日も徹夜したという人がいますが、もし人が本当に三日も四日も寝ていなかったら、エネルギー不足となって疲れで死んでしまいます。そのようなことをいう人も、どこかで少しづつでも寝ているのです。だから死なないのです)
それは、徹夜をすると別に体を使ったわけでもないのに、非常に疲れます。なぜ、寝ないという行為だけであれほどの疲れが体に来るのでしょうか?
寝ているのを、単に体を休めているだけと見るのは間違いなのです。体を休めるのであればジッとしていればすみますが、人は疲れると必ず眠くなるのです。これはどういうことでしょうか?
その睡眠の本当の意味を科学者は説明できないのです。
睡眠時のことがよく分かっていないのですから、そのような肉体の作用だけ見て、意識が脳にあるだのなんだのいえるわけがないのであって、人が睡眠を得るということの本当の意味をしっかりいえないと、そのような肉体の作用もしっかり分からないということになります。(では、脳に意識があるのかないのかもよく分からないということになります。そのようなことがまるで分っていないのですから)
それに神秘体験も白日夢のようなものといいますが、そのような神秘体験や心が天につながっているのではないか、と思える体験を次々にしている私のような者もいます。(鳥や魚が寄ってくるということは、科学で説明がつくことなのでしょうか?)
このような自分の体験を考えますと、意識すなわち心とは、脳内でできているというわけではなく、やはり天とつながっていると思えてなりません。
そうして、神は存在し、あの世も存在し、そうして人の輪廻転生も起きている(これは高橋先生のビデオが証明していますが)と思わざるを得ません。
それだけの不思議な体験を私はしているからです。
このような唯物無神論そのままの、あの世の体験である臨死体験を否定する番組は、もう参考程度にとどめておいた方がいいでしょう。このような肉体のみを対象にして、不思議な体験を無理やりそのような意見に重ねてしまうのは、やはりもう無理があると思うからです。
そのように思える現象が次々に起きているからです。
神はあり、あの世はあり、そうして臨死体験は脳の作用でも錯覚などでもなく、もう一人の自分(霊体・光子体)が肉体から抜け出て、やがて帰るべきあの世のことを実体験しているものである、ということです。
そうして、そのような体験こそ宝であり、いずれすべての人が体験するべき経験であるということです。
臨死体験をただの脳の作用などという、間違った番組などもうたくさんです。
そうではなく、早くそのような臨死体験者がいわれる心に、私たちはならなくてはいけないのです。(臨死体験をした人は皆神を信じるようになり、愛深くなるといいます。そのような心にならなければいけないのです)



人目の訪問者です。

先月だと思いましたが、民放で同じような臨死体験をやってました。
今回の内容と違うのは世界的権威の脳外科医である外国人医師のことでした。
ある日その先生は臨死体験をして復活しましたが、自分のその体験と臨死状態の脳の画像を時系列で追いかけていった結果最後にぶつかった問題が、自分の記憶にない養女に出て若くして亡くなった妹に会った体験だったそうです。その関係が分かった時、その先生はあの世の存在を信じるようになり自分には体の他に、臨死体験をしたもう一人の自分の存在をも確信した、そんな内容のものと思いました。N?Kは国営ではないにしろ国民がお金を払って見ている、そう考えれば
国民に配慮した構成で挑んでもらいたいです。
NHKは公共放送ですからね。
まだ世相が、唯物無神論が大勢を占めている現在では、あのような放送しかできないのでしょう。
その点民法は、ある程度自分たちの意志を優先した放送ができます。それでもう、あの世を認めるような内容のものを放送しているのでしょう。(今の時代に沿ったものがいち早くつくれるということです)
しかし、そのような民放の番組を観れば分かると思いますが、これからは唯心有神論が主体となります。
その唯心有神論の時代が早く来るか、それとも遅く来るかは、私たちの頑張り次第でしょう。
しかし、遅かれ早かれそのような時代になります。現在はちょうどその過渡期なのです。
現代社会やメディアはスピリチュアルアレルギーかも
最近になり「人は死なない」の著者で有名な東大の矢作直樹医師についてmixiニュースで批判記事を見つけました。
東大医師のベストセラー『おかげさまで生きる』がオカルトすぎる
http://news.infoseek.co.jp/article/litera_786
この記事は残念です。内容的にはレベルの低い本かも知れないが人々がそれにアクセスして震災で亡くなった人たちがこれで救われたと言う事実だけは残ります。一般人にとっては高邁な哲理を聞かされるより、念仏を唱へるだけでよろしい、と言はれた方が救はれる場合もある。生命現象の科学的な解明が進んでも、それが人の心を平安にすることに寄与出来なければ何のための進歩か分からない。また矢作さん自身もインタビューサイトで「危険な宗教には近寄ってはいけません。心身を追いつめる、金品を要求する、本人の自由意志に干渉する、他者や他の宗教をけなす、そんな宗教は危険です」と締めくくっています。この記事の著者はそう言ってる事も知らないのか、なぜ取り上げないのか逆に記事の著者に聞きたいくらいです
アレルギーというより、まだ唯物無神論の人が多いのでしょう。
頭から、神やあの世の存在を肯定するものを否定する人は、まだたくさんいます。
そういう人は、どのように書いても納得しないのです。まだ心が、神やあの世の存在を肯定できるまで進んでいないからです。
しかし、この矢作さんの本がこれだけ売れているということは、それだけ神やあの世の存在を信じる人が増えてきている証拠でもあります。
いずれ神やあの世の存在は、多くの人に認められることになります。(現に私の周りでは、それを信じる人がたくさん出てきています)
そのような存在を知るのであれば、多くの人(の心)が救われることになります。
それはそう遠いことでもなさそうです。