3月 26 2010
釈尊出世の予言の検証②
弥勒三部経というお経に弥勒菩薩のことが書かれてあります。この弥勒菩薩といわれる方は「仏嗣弥勒」(ぶつしみろく)やら「未来仏」やらいわれ、釈尊の後継者のように言われておりますが、そんなことはありません。
弥勒菩薩とは釈尊の弟子でありましたマイトレーヤーのことで、この方は釈尊が予言されたことを記録として書き残しました。マイトレーヤーは釈尊が言われた予言を書き残しただけであり、マイトレーヤー自身が予言して、それを書き残したわけではなかったのですが、後世になると未来仏などといわれ釈尊の後継者として、弥勒信仰が盛んになっていきます。
この弥勒信仰の中に「末法になって仏法が分からなくなると、また、誰かが現れて仏法を説く」という言い伝えがあり、末法の世とは如来が亡くなられて“五箇の五百歳”の後のことであるといわれています。
五個の五百歳説とは次のようなものです。
第一の五百歳 解脱堅固(げだつけんご)
釈尊の正法が正しく伝えられる時代
第二の五百歳 禅定堅固(ぜんじょうけんご)
禅定・瞑想によって悟りを開くということが確実に守られている時代
この二つの時代を「正法一千年」といいます。
第三の五百歳 読誦多聞堅固(どくじゅたもんけんご)
お経を写し少しでも多く読誦し聞けば救われると信ずる時代
第四の五百歳 多造塔寺堅固(たぞうとうじけんご)
お寺や塔を建てると救われると信ずる時代
この二つの時代を「像法一千年」といいます。
第五の五百歳 闘諍言訟、白法隠没(とうじょうげんしょう、びゃくほういんもつ)の末法
正法が全く分からなくなって、信仰している者同志が言い争って、悪事
横行する時代
この第五の五百歳すなわち釈尊入滅後、二千五百年たつと末法となり、再び正法を説くため如来が現れる、といわれているのです。
マイトレーヤー(弥勒菩薩)は、釈尊の予言を書き残した人です。その釈尊の予言を書き残した弥勒を信仰している、弥勒信仰の中に末法の世になると再び如来が現れる、ということと、それが二千五百年後のことである、という言い伝えが伝わっているのは、非常に信憑性があると思います。
つまり、この言い伝えの根拠として、そのような予言を釈尊はされ、それを弥勒が書き残し、現在そのような言い伝えが残っている、と考えられないこともないからです。
この弥勒信仰の中の、釈尊入滅二千五百年後、末法となり再び如来が現れ法を説く、という言い伝えは釈尊が言われた予言だったのでしょうか、それともただのうわさにすぎないのでしょうか。
釈尊入滅後二千五百年とはちょうど現代にあたります。現代は末法の世なのでしょうか?少なくとも正法の時代でないことだけは確かです。世の中に如来が説いた法が正しく伝わっているわけでもなければ、禅定や瞑想をして悟られた人がたくさん出てきているわけでもないからです。
世の中にはたくさんの宗教がありますが、これだけたくさんの宗教があるのに、世を憂いて自殺する人は年間三万人を超え、治安は悪くなる一方です。社会が悪いの政治が悪いのいろいろ言われますが、これだけ多くある宗教団体は一体何をしているのでしょう。世を憂いている人を救い、悪を犯そうとしている人を善に導く、これが宗教の本質なのではないでしょうか。たくさんの宗教があるのに、世の中が一向によくなっていかず悪いほうに向かっているのはなぜでしょう。
答えは簡単です。現代は末法の世だからです。末法の世になれば如来の法以外救われる道がないからです。これだけたくさんの宗教があっても、救われる人がたくさん出てこないのは、既成の宗教では末法の世の人々を救えないからです。
現代が末法の世というなら、如来はこの世に出てきていられるのでしょうか?釈尊がいわれたジャブドウバーに生まれ変わる、という予言は成就されたのでしょうか?
高橋先生の本に次のようなことが書かれています。



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