9月 30 2014
危険な場所と安全で安らぎのある場所
まだ私のいうことを無視ですか?これほどのことが起きているのに凄いですね。
一変に人がいなくなる(私が一年前に天から教えられた通りのことです)このような恐ろしいことが立て続けに起きて、それでもまだ誰も神の運動をやろうとしない(神を思おうとしない)いやはやすさまじいほどの不信心ぶりです。
それではまた、これと同じ恐ろしい現象が起きることになります。あまりに罰当たりの度が過ぎているのではないでしょうか。
昨日のようなブログを書くと、必ず、怒りたくっている人がいます。(悪いことを私のせいにしているのか、それとも私に八つ当たりしているのかよく分かりませんが)いつまで自分たちの責任を人のせいにしているのでしょう。何年たっても同じ態度を続けるその進歩のなさ、本当に呆れます。
これだけ恐ろしいことが立て続けに起きているのです。いい加減自分が悪かったと反省されてはどうでしょうか。
御嶽山の被害は本当にひどいものです。聞けば聞くほど悲惨さが伝わってきます。
しかし、その必要以上の悲惨な状況は、明らかにつくられたものなのです。
つくられたものというのもおかしないい方ですが、今回のこの噴火、どう考えてもおかしいからです。あまりに運が悪すぎるからです。
噴火が起きたのは今月の二十七日のことですが、ちょうどこの九月の末頃は、この御嶽山の山頂は紅葉がきれいな時で、その紅葉を見るためたくさんの人が登山をされるそうです。
ただでさえ人がたくさん登山されるところにもってきて、噴火が起きた日が土曜日(休日)です。それに起きた時間が昼の少し前であり、この御嶽山に登っている人の多くが、昼食を景色のいい山頂で食べたいと、山頂付近に集結しているまさにその時噴火が起きたのです。
そうして運の悪いことはまだ続きました。
火山が噴火をしたのなら、普通はその火山灰は上に吹き上がるものですが、この時はなぜか横に広がったそうです。
上に火山灰が吹き上がれば、逃げ切れる人はもっと多かったでしょう。しかし、上に吹き上がるはずの火山灰が横に広がってしまったため、その普通以上に早く広がる火山灰で、よけい犠牲者が増えたのです。
ざっと書いても、運が悪いことがこれだけ重なっているのです。明らかに起き方がおかしいと思わないでしょうか。
一番人が集まる時期の休日で、一番人が山頂に集まる時間帯に噴火が起き、しかも普通なら上に上がるはずの火山灰が横に広がった。
いくらなんでも運が悪すぎるのではないでしょうか。
これでは、より多くの犠牲者を出すために、神が、このような噴火を起こしたとしか思えません。神がこんな無慈悲なことをされるのでしょうか?
いつまでも神に逆らい続けていると、このようなことが起きるのです。(起こされるのです)このように必要以上に運が悪いことがです。
昔の人々は、火山の噴火は神の怒りと考えていたそうですが、このようなことばかり起きると、さすがに科学全盛の世とはいえ、そう考えざるを得ない部分も出てくるのではないでしょうか。
去年の伊豆大島の土石流災害から、広島の土砂災害、それからわずか一ヶ月で、また同じような多くの人が一変に亡くなるという火山の噴火、これまで、このようなことが起きても、これだけ多くの人が、立て続けに亡くなるということはなかったはずです。(単発ではありましたが、これだけ続けて起きたことなどなかったはずです)
普通では、考えられないほどの不運なことが続いている、ということは、それだけ神の(天の)怒りは激しいものであるということです。
それだけ多くの人が、あまりに神の心から離れているからです。
もし、御嶽山と同じような条件下で(一番人が集まっている時に)富士山が噴火したらどうなるでしょう。
富士山は、世界遺産に登録されたばかりで登山者は御嶽山の比ではありません。そこで今回のような(または今回以上の)噴火が起これば、一体どれくらいの死傷者が出るのか想像がつきません。
富士山一帯が一変で地獄絵図と化してしまうのです。(富士山はどこかで噴火します。高橋先生が予言されていますので)
そうなってもいいのですか?これは脅しでもなんでもありません。ここに書いたことは実際に起きているからです。
このままではそのようになります。もはや天の怒りは相当なものだからです。
何度もいっていますが、このような状況になっているその原因は、すべて、このブログを読んでいる人が何もしようとしなかったからです。
私のいうことに無視を続け、そうしてあろうことか、このままではこのようになりますと、起きることを予言している私に、その罪を全部かぶせ、嫌がらせをし続けている人たちに、その責任のほとんどがあるということです。
今日は、その責任の大きい前の会社の連中が多少静かです。(少々はやっていますが、いつもと比べると半分以下です。〔切れかかっているのはいるようですが〕また何か起きたんでしょうか?)
いつまでも私のいうことを無視しているなら、次々に恐ろしい現象は現れ、その恐ろしさは増すばかりでしょう。
しかし、これも何度もいっていますが、私の周りでは奇跡が次々に起き、それこそ、その奇跡の度合いが増しています。(鳥に続き、魚、トンボ、コウモリなど最近は何でも寄って来ます)
人間以外の他の動物たちは、この世に起きていることを敏感に察知します。私の下が一番愛があり、そうして安全であるということを知っているのでしょう。(だから多くの人たちが神の怒りを買い、危険であるということも知っているのでしょう)
法の下に集まるなら、自身も守られ、そうして幸せな人生を送れることになります。
法を知らない人は、闇夜を灯りもなしに歩いている人と同じなのです。危険極まりないのです。
いつまでそんな無謀な人生を歩まれるつもりですか?
多くの人が神の怒りを買い、次々に災いが起こされている現代、法の下ほど安全で安らぎのある場所はないのです。(周りにいろいろな動物たちが寄ってきて、嬉しそうに騒いでいる場など、安らぎを得ませんか?〔かわいい犬や猫などと、たわむれていたら安らぎを覚えるでしょう〕私はそのような場所がそこらじゅうにあるのです。どこに行っても、そのような動物たちが寄ってくるからです)
その安全で安らぎのある場所へ行くのを、多くの人は自ら拒否しているのです。
いつになったら多くの人は、それに気づかれるのでしょうか。(危険な場が好きな人はそれはそれでしょうがありませんが)
何度もいいますが、気づかれるのが遅れれば遅れるほど災いは起きます。自分を救う意味でも、そうして多くの人を救う意味でも、一刻も早く法の下に来るべきでしょう。
それが神の怒りをとく唯一の方法だからです。



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