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10月 21 2014

千両役者か大根役者か

10:53 AM ブログ

第二次安倍政権の看板だった女性閣僚二人の辞任が決まりました。

同じ女性閣僚でも、経産相と法相ではずいぶん扱いが違うように感じました。経産相の方は擁護する人が多かったように感じ、法相の方は擁護する人があまりいなかったように感じます。

あの経産省の方の容姿と人柄だと、男は擁護したくなりますよね。(じゃあ、もう一人の方はどうなんだといわれそうですが〔笑〕)心情的には私もそうですが、もし、男性議員があんなずさんな会計処理をしていたら、ボロカスいわれて即辞任です。

そのような女性の容姿や人柄だけで擁護するのは、それこそ性差別ではないですか?

こういうことがあると「だから女性ではダメなんだ」といわれるとよくいわれますが、このような結果が出ている以上「だから女性ではダメなんだ」といわれても仕方がないでしょう。(結果が結果ですから)

このような人の上に立てる女性は限られています。だから割合を決めて女性を幹部にするという政策自体無理があるのです。(何度もいいますが、男と女では生まれてきた目的と使命が違うからです)

それにしても、一日に相次いで二人の閣僚が同時に辞任するとは、これもある意味サプライズですね。(こういうことも珍しいでしょう)

しかも安倍総理自らが「任命責任は自分にある」と認められたのですから、野党も総理に対する攻撃の出端をくじかれた格好ですね。(笑)

それにしても前回とは違い、総理はやることなすことずいぶんお早い(閣僚の辞任だけではなく、後任まで決めていられるんですから)学習とかいうレベルの話ではないですね。

何か前回とは違う方が総理をやっているようです。やられていることが別次元だからです。

政策もそうですが、人事面でも第一次安倍内閣では大物ばかり揃えるサプライズ、第二次安倍内閣では大勢の女性閣僚の起用と、自民党の幹事長に谷垣元総裁をすえるというサプライズ、そうして今回のような不祥事にまでサプライズを持ってくるんですから、見ているこちらとしては面白くて仕方ありません。(面白がってもいけませんが)

場面が変わるたびにサプライズがついてきますが、これ意識されてやっているんでしょうか?

総理の腹が私に読めるわけがありませんが、野党やマスコミが今の総理を潰せるならたいしたものです。せいぜいやってみてください。何か役者が違うようにも思うからです。

政治を、ドラマでも見ているように語るのもどうかと思いますが、この人生は、私たち一人一人が自分を主役としたドラマの主人公なのです。

その今ある立場、立場で自分が主役として、自分の役を演じているのであって、ある人は総理となり、ある人は役者となり、またある人は医者になり、普通のサラリーマンとなって、この世で心の勉強をしていくのであって、ある意味みな役者といっても間違いではないのです。

そのような自分で役を決めた人生を通して、自分の心の成長を果たしていくのであり、その心の成長の度合いによって、人は千両役者にもなれるし、大根役者で終わる人も出てくるのです。

会社の社長や有名な人が偉いのではなく、人は自分の決めた人生の中で千両役者(より心の成長を果たした人)になった人が偉いのであり、その役どころ(社長やら有名人やら)は一切関係ないのです。

そのような意味で総理であって、なおかつあれだけの変わりよう、安倍総理は千両役者になりつつありますね。(これだけのお年で〔総理は今年六十歳でしたよね。しかも誕生日が高橋先生と同じ日ですし〕これだけ変われる人をはじめて見ました。年を取れば取るほど人は心が硬くなってそうは変われないものですが、安倍総理にお年は関係ないようです)

日本の皆さん、少しはわが国の総理を見習ってはどうでしょうか?

あまりにやることが変わらない人が多いからです。(この辺りも毎日同じことをしている人ばかりです。人の顔を見れば嫌がらせです。そういう態度が災いを呼んでいるというのに、どれだけ罰が当たっても同じことを続けているのです。前の会社の連中でもそうです。同じように邪魔しています。その連中にいいたいです。「どれだけ癌になったら、そのような態度を取っている自分たちが悪いと分かりますか?」とです)

千両役者(心が進歩した人)となるのも、大根役者(心が全然進歩しなかった人)で終わるのも、すべて自分次第なのです。

しかし大根役者で終わるのなら、その人の人生は、失敗であったといわざるを得ないのです。

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