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2月 14 2011

現代科学の矛盾②

10:33 AM ブログ

しかし、残念ではありますが、ニュートンの理論にしても、ダーウィンの理論にしても、明らかにおかしいと思える部分がいくつもあります。

ニュートンは、リンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見したと言われますが、では、その万有引力は一体誰がつくったのでしょうか?

ニュートンは万有引力を発見しただけで、ニュートンが発見する前から地球には万有引力が存在したのであり、ニュートンが発見して初めて万有引力が、地球上に発生したわけではありません。

ニュートンは、神がいなくても自然界は自動的につくられ動いている、と言いますが、この自然界が、自動的につくられて勝手に動いているのでしょうか?これほどのものが何もないところから、なんで自動的につくられ、自動的に動いているのでしょう。

そこら辺の石やら岩やらが、いきなり空間から現れ勝手に動く、と言う人がいたら、そんな人はよほどのバカか、おかしな宗教にはまっているとしか思わないでしょう。こういうことを平気で言っているから、私は科学も宗教の一つだというのです。

私がいつも言っているように、これほどの大自然が勝手にできあがり、しかも自動的に動いているわけがないでしょう、何かの大きな意志が働き、この大自然を動かすだけの超巨大なエネルギーがかかっているから、大自然は存在し動いているのであり、そのようなものが存在しなければ、このような大自然が出来上がるわけがありませんし、自動的に動くわけがありません。

その大きな意志と巨大なエネルギーを併せ持つ存在が、私は“神”だと言っているのです。

ニュートンは神がいなくても……と言っていますが、その神がいなかったら、この大宇宙もできていないし、その大宇宙や、大宇宙から見たらほんのちっぽけな存在でしかない、地球の大自然も、これだけ秩序正しく動いているわけはありません。ニュートンもそんなことが分からなかったのでしょうか。(私もニュートンに文句を言っているくらいですから、偉くなったものです〔笑〕)大元の神を無視して、この世の説明ができるわけがないのです。

科学者をバカとは言いませんが、元々科学の科とは枝(えだ)という意味であり、科学的とは細かく分析し分割する部分的把握であり、総合的全体的に把握、認識はできないのです。だから科学者といわれる人たちは、ある分野は非常に詳しく知っていますが、他の分野はあまり知らないという人が多く、だからすべてを創り動かし統括している、神の存在が分からないのです。

私の方がよほど科学的に話しています。ただ、自分たちがはっきり認識できず、神の存在を確認できる機械がないため、現在の科学者は神はいないと言っているに過ぎないのです。

それなら神はいるかどうか分からない、とでも言っておけばいいのに“神はいない”などと否定するから、私は現在の科学は謙虚さが足りないと言っているのです。しかし、この四百年の間、神を否定し続けた科学の罪は大きいのです。

ダーウィンの理論でもそうです。ダーウィンは猿と人間の形態だけを取り上げて、進化論を論じていますが、では、内面の意識、心はどのように進化していったのでしょうか?

人間は創造力、思索力、想像力、計画性などあり、科学や芸術や宗教、哲学のような高度な精神作用を持っています。しかし、猿にはそんな精神作用はありません。そのようなものを持っていない猿が、どのように進化して現在の人間が持つような精神作用を持つようになったのか、ダーウィンはそのような心の部分については、まったく触れていないのです。

ダーウィンの理論は、ただ外見が似ているから進化した、と言ってるに過ぎないのです。

それにダーウィンの進化論は、ズッーと進化し続けるというものなのですから、猿から人間になったのなら、次は人間から他のものに進化していかなければなりません。しかし、そんな人(というのかどうか知りませんが)などいないのです。

あるいはシーラカンスやワニや蛇など、何億年も進化していないといわれている生物も存在します。地球にいる生物は皆進化するのではないのでしょうか?進化する生物と何億年も進化しない生物は、どのように分かれるのでしょう?それに進化途中の生物(人間も含めてですが)もいません。

それどころか、進化途中の生物の化石(もちろんこれも人間も含めてですが)も見つかっていません。

よく考えれば、進化したというちゃんとした証拠が何一つないのに、何で今の科学は進化論が主流なのでしょう?(もちろん進化論はおかしいと言っている科学者もたくさんいます)

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