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12月 09 2014

名古屋がなぜ民主王国だったのか

11:09 AM ブログ

剛腕といわれる人の地元(岩手四区)に安倍政権を挙げて攻勢をかけているそうですね。

谷垣幹事長や管官房長官に続き、今日は安倍総理も岩手四区に応援演説に入られるとか。御大将自らが援軍に入られれば必ず大将首は得られるでしょう。

あの人にはずいぶんと政界がかき回されました。(自民党を下野させた立役者でもありますし)しかし、元々は自民党であった方です。安倍政権が引導を渡すのもまた必然なのでしょう。

すでに引導を渡したかのような書き方ですが、それはどうなるかまだ分かりませんが、昨日は、その安倍総理が名古屋に来られ演説をされたので、それを聞きに行ったんですが、やはり行かなければよかったです。

もう私の回り中の人に(それこそ小さな子から年寄りまで、そうして自民党の関係者に至るまでです)ちょっかいをかけられたからです。(わざわざ鳴海の方に行ったんですが、意味なかったです。みな私のことを知っているようでした)

そういう人ばかりなものですから、あの場の雰囲気もおかしくなり安倍総理も演説がしにくそうでしたので、早々に帰りました。私も総理の演説にまで影響を与えるようになったのですから、ずいぶん大物になったものです。(苦笑)

帰る途中に胃が痛くなりました。やはりあの場で、相当多くの人におかしな念をもらったからでしょう。(あそこに来ていた、ほとんどの人が私のことを知っていたはずですから。それ以外でも道を歩いている人や車で通る人もです)そのおかしな念が体の弱い部分に出たのです。

しかし、名古屋のほとんどの人は本当にいま名古屋で起きている、数々のサイレンを私一人のせいにしているんですね。昨日の皆さんの態度や帰りに胃が痛くなったことで改めてそう思いました。

昨日もサイレンがよく聞こえていましたが、これだけの現象を、たった一人の者が原因で起きていると本当に思っているのでしょうか?だとしたら、よほど能天気な人が多いように思われますがそこはどうなんでしょう。

普通は、これだけの大きな現象(毎日サイレンが聞こえてくるんですよ)を一人の者のせいになどしないと思うんですが、それを徹底的に一人の者のせいにしてしまう。

名古屋が、二年前の衆院選まで民主王国といわれていた意味が昨日分かりました。このような心の人ばかりではそれはそうなるでしょう。

二年前の衆院選までは、名古屋は(小選挙区では)自民党の政治家が一人も当選できていませんでした。名古屋の選挙区はすべて民主党議員ばかりだったのです。

あの民主旋風が吹き荒れた時はともかく、それ以外の時でも(自民党が強かった時でも)この名古屋の地だけは自民党が弱く、ほとんど民主党や他の党の候補者が勝っていたのです。

なぜ自民党の議員が名古屋では当選できなかったのか?その理由が昨日分かったのです。

それは「名古屋に住んでいる人々が、それだけ神の心から遠かった」ということです。

前に書きましたが、自民党の政策が一番神の心に近いのです。

その神の心に一番近い自民党の政策を、この名古屋の人たちは受け入れなかった。それはそうでしょう。神の心に遠い人が多いのですから、神の心に近い自民党の政策など受け入れるわけがありません。では自民党の議員が名古屋の地で当選出来るわけがないのです。

自民党の政策と名古屋の人々の心が合わないからです。

それでより政策が合う民主党の議員ばかりが当選できたのです。それだけ民主党の政策は神の心から遠かったからです。だから名古屋は民主王国となったのです。名古屋は神の心から遠い人が多かったからです。

昨日、あの場に行って、それが初めて分かったのです。(だから、たった一人の者を平気で悪いことの原因に出来るのです。それだけ名古屋の人は神の愛が心にないからです)

そうして、それで私は名古屋に生まれたのか、ということも分かったのです。

ここまで書けば、なぜ私が名古屋に生まれたのか、その意味もお分かりであると思います。それは先ほど書いた通り、名古屋の人たちがあまりに神の心から遠かったからです。

私が、その名古屋に生まれれば、嫌でも名古屋の人たちは神の心に近くなるからです。

現にそうなっているのではないですか。

まだ日本は唯物無神論の人が多いのに、名古屋のほとんどの人はすでに唯心有神論に変わっているのです。次々に起きるサイレンを、みな私のせいにしているのがそのよい証拠です。

もし、唯物無神論の人がまだ名古屋に多いのなら、病気になるのを人のせいにはしないはずです。しかし、ほとんどの名古屋の人がそれを私のせいにしている、これはもう神もあの世も人の輪廻転生も、そのようなことをすべて信じている人が多い証拠であり、すなわち名古屋の多くの人がすでに唯心有神論に考えが変わっているのです。

しかし、考えは変わったが、まだ考えを変えただけで心までは変えていない、それが名古屋にサイレンが多い理由でしょう。現にそのサイレンを、すべて私のせいにしている人が多いのですから、心が変わっているはずがありません。

では、そのような(責任転嫁の)心が現象として現れてきます。そのような時代にすでになっているからです。

このようなことを考えますと、今現在名古屋にこれだけ恐ろしい現象が現れてきたのも必然でしょう。

名古屋の人たちは、もっとも神の心から離れた人たちであった。だから民主王国となっていた。そこに神の心を教える者が現れた。だから自民党の議員が名古屋で当選し出した。(神の心が多少なりとも分かったからです)しかし、考えは変わっても、まだ心までは変えなかった。だから、サイレンが次々に響く恐ろしい現象が現れた。

と、このように説明できるのです。

こう考えるのであれば、今次々起きているサイレンは誰のせいなのか?それも分かるはずです。

いつまで責任転嫁を続けるのですか。

このサイレンは、自分たちの心を変えない限り止まらないのです。

追伸…昨日は安倍総理が演説をしている場所にもヘリが飛んできていました。その帰り道もずっと私の頭上で音がしていましたが、その方たちにいっておきます。

私を見張っているのか、それとも見守っているのか、それは分かりませんが、仮に私に対しよいことをしていたとしてもです。それがやりすぎてしまってはよいことにはなりません。

すべてにおいて中道でなければいけないのです。

自分がここまでされたらいやだな、と思うことまでやっていませんか?(あまりに後をつけすぎたり、このブログを書く前にのぞいたりです。あんまり人のパソコンをのぞかれても迷惑です)

もし、そこまでされているのであれば、その部分は間違っていますから現象として現れます。

どれだけよいことでも、やりすぎてしまっては悪いことになるのです。(すべて天は知っています。のぞいているあなた方がのぞかれているのです)

やっていただいていることには感謝しますが、必ず中道は守ってください。それがあなた方のためでもあるからです。

2コメント

2 コメント to “名古屋がなぜ民主王国だったのか”

  1. ウナッシー2014/12/09 at 12:42 PM

    まだ本年の締めには早いですが感謝の気持ちをお伝え致します。
    今年一年誠に有り難う御座いました。先生のブログを読ませて頂きながらコメント欄に投稿してきた、そのことを寛容な眼差しで見守って頂いたとに、心より感謝申し上げます。約一年経った今に思うことは、未来からの脱退を導いて頂いたそのお陰を持ちまして心というものがどんなものか、未来の束縛から放たれた自由な心で神を一とした生活がどの様なものか。神の気付きを頂き体験ができたそんな年だったように思えます。欠点だらけの私に光を与えて頂き、祝福を頂き、奇跡として形にしてくださったその事を有り難き事と受け止めたいと思います。来年は更に恩恵に対し見合う以上の報恩の行為ができるようしっかりと心を踏み固めていこうと思います。

  2. gtskokor2014/12/09 at 1:13 PM

    こちらこそありがとうございました。来年も今年以上に頑張ってください。
    ウナッシーさんと名古屋の人たちでは、ずいぶん違います。
    この心の違いが奇跡と災いの起きる現象の違いでしょう。

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