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2月 23 2011

政治の混迷②

11:29 AM ブログ

もう中央の政党に日本の政治は任せられない、という多くの人々の強い思いが、強力な地方政党の出現という副産物を生み出します。

それは先に行われた愛知の知事選、名古屋のトリプル投票の結果にまともに現れました。

民主、自民が推した候補を差し置いて、無党派の候補(大村知事と河村市長ですが)が大勝してしまったのです。

いくら減税という旗を掲げ知名度がある二人とはいえ、この勝ち方は異常でした。大村知事が集めた票は百五十万票をこえ、歴代二位の得票を得、河村市長などは六十六万票と、前回自らが記録した過去最多得票を大きく上回る最多の票を集めたのです。

人々の中央政党に対する不満が、一気に爆発したといっても過言ではないでしょう。この勢いは統一地方選にも必ず影響します。いよいよ政治も大きく変わる転換期が来ているように思います。

このようなときに、昔ながらの力で物事を動かし、ただ自分の地位や名誉を得たいためだけの政治家が必要とされるでしょうか?もう、そのような政治家を人々が望むわけでもなく、そんな人が政治家をしていれば、多くの人々が拒否反応を起こし、そんな人は政治家ではいられなくなるでしょう。そのようなことが世界各国で起き始めています。

これから多くの人が望んでいることは、では、どうしたら人々が幸せに暮らせる世の中がくるのか、ということです。

強力な地方政党があちこちに出現し始めましたが、では、その地方政党がこれから拡大していき、国政を任せられるようになり、自分たちが望んでいるような世の中をつくることができるのか、多くの人々が関心を持ち、また期待しているのはその点であると思います。

地方政党は地方のことだけやっていればいい、と言っている国会議員の方がみえますが、その国会議員を多くの人が見限り地方議員に票を投じているのです。その現状を分かっていられるのでしょうか?

だいたい地方も日本の一部なのですから、いくら地方がよくなっても肝心の国がつぶれてしまっては元も子もないでしょう。その地域をよくしていこうとするなら、同時に日本もよくしていかなければならないし、日本がよくなるには各地域がよくならなければならないのです。何か地方分権というと、各地域が好き勝手にやるようなイメージがありますが、やり方は違っても、最後は日本をよくするという思いに帰結しなければならないのです。

私も平時ならこんなことは言いませんが、今は有事であり危急存亡の秋でもあるのです。

自民の政策で日本が傾きかけているところに、民主が政権をとったことが駄目押しとなって日本が完全に傾いてしまったのです。多くの人は日本を何とかしてほしいと思っているのです。そんな思いが強力な地方政党を生み出したのですから、地方政党は地方のことだけやっていればいいとは、多くの人は思っていません。何とか今の国の現状を変えてほしいと思っているのです。

しかし、中央政党である民主党でさえ政権をとった途端この体たらくです。地方政党が仮に勢いを得て、次の衆院選で国会議員がたくさんうまれ国政をとったとしても、それでそのままうまく国会運営をできるのかと言えば、とてもできるわけがないと誰しも思うでしょう。国の政治と地方の政治はぜんぜん違うのだから、地方政党がいきなり国政に参加して、やれるわけがないと誰でも思うはずです……普通なら。

たしかに普通では考えられませんし、何ぼ地方政党に勢いがあるとはいえ、次の衆院選で地方から出した候補者がことごとく当選して、たとえば愛知にある大村知事がつくった日本一愛知の会が、いきなり百人を超える国会議員がうまれた、などという話は、荒唐無稽なことであり、笑い話にもならないのですが、しかし、現在の日本は危急存亡の秋にあります。

このようなときに、洒落や冗談でこんなことを書いても時間の無駄でしょう、私は本気も本気、そのような事態にいつなるか分からないので、備えだけはしっかりしていなければならない、と申し上げているのです。

では、その備えとは……また書くスペースがなくなりました。

次回に続く。

(NZで大きな地震が起きました。私は前の仕事でNZ材を扱っていて仕事でNZにもいったことがありますので心配ですね)

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