12月 29 2014
知るべきことを知らなかった大罪
今週は休みの会社が多そうです。今週一杯は正月休みといったところでしょうか。
今週は名古屋市内も静かでしょう。あちこち回って動物の不思議の動画でも撮ろうかと思いますが、行く場所によって鳥や魚たちの雰囲気や態度も違います。それがまた楽しいのです。(しかし、どこの鳥や魚たちもよく私のことを知っています。そこら辺は本当に不思議です)
それは楽しいのですが移動するのが大変です。(何せファンが多いですから。誰か彼かからんできます)しかし、年末年始は人が少ないので、いつもと違う場所に行き動物たちの不思議を撮ろうと思っています。
それにしても変わりましたね。前の会社です。前と比べてずいぶん静かです。たまにでかい音をたてますが、単発で無理してやっているような感じがありありです。
反省したのか、それとも、あまりに災いが起きすぎてやりたくても出来ないのか、どちらか分かりませんが(多分後者でしょう)中途半端な態度はやめた方がいいでしょう。
やめるならきっちり反省してやめる、そうしないと、その災いは起き続けるからです。この一週間の休みの間にそれをしっかり決めることです。はっきり法の流布のじゃまはやめると決めれば、災いは起きなくなるからです。(そんな恐ろしいことを続けているから、恐ろしいことが起きるのです。その起きている災いの恐ろしさで、自分がやっていることがいかに恐ろしいことか理解できるはずなのに、それをいつまでたっても理解しようとしないのです。その理解力のなさが一番恐ろしいです)
この会社だけではなく、この正月休みの間に名古屋の人たちも、もう責任転嫁はやめられたらどうでしょう。そうすれば、この名古屋で起きているサイレン、これもしなくなるからです。
これだけのことが起きているのです。こういうことをたった一人の者が出来るわけがありませんし、こういう現象が起きる前と起きた後では、知らぬうちに多くの皆さんの意識は変わったはずです。(唯物無神論から唯心有神論にです)
その意識の変化、それにお気づきください。その意識の変化は今後の自分の宝となるからです。(なりますよね。唯心有神論の思いが深まれば深まるだけ、神の存在やあの世の存在、そうして永遠の生命、そういう終わりのない世界の理解も深まります。そうすれば人としての希望は当然湧いてくるからです)
私は、そのような人々の意識改革を使命としているのであり、人を病気にしたり、地震や大雨を降らしたりすることを事としているわけではありません。
そのような現象は、私がいうことの証明として、そうして、一人一人のこれまで心を汚してきた、その反省の機会として天が現されているものであり、すべて、人々の意識改革のための手段なのです。
私が口だけで「神は存在します」といっても、誰が神を信じたでしょう。口だけで「死後の世界は存在します。人は輪廻転生し永遠の生命を持っているのです」といったところで、笑われてそれで終わりだったでしょう。
ほんの数年前までの名古屋の人々はです。(特別名古屋だけではありません。この日本の多くの人々はです)
しかし、私がいうことに付随して起きる様々な現象により、多くの人々がそのような唯心有神論を信じるようになったのです。
このような現象が起きたお蔭で、多くの人々の意識が大きく変わったのです。
この事実は否定しようがないのではないでしょうか。
では、いま名古屋に起きている現象を、一概に悪いことであると断じることも出来ないですし、まして、それを私一人のせいにすることなど、もっと出来ないことなのではないでしょうか。
知るべきことを知らなかった自分たちも悪いからです。
もう同じ災いが何度も起きているのです。いい加減、自分たちのこれまでの心と行いを反省されてはいかがでしょう。決して自分たちが胸を張って、悪いことをしていないといえるほど、自分たちが悪いことをしていないわけではないからです。
ほんの数年前までは、信じられないような愚かな思想でいたからです。(唯物無神論などという、これだけ愚かな思想もありません。この世界のすべての創造主である神を否定し、この世はこの世だけなどという、単純な発想をずっと持っていたからです。数年前までの日本の人々は、それほど愚かな思想を長い間信じていたのです)
何度もいいますが、日本の人々は知らず知らずのうちに、大きな過ちを犯していたのです。(唯心有神論を知らなかった、唯物無神論を信じていた、それだけでも大きな罪となるのです)
それにこれまで気づかなかっただけです。その大きな過ちに多くの人が気づきつつあるのであり、それを認めたくないために、必死に責任転嫁をしている、現在の名古屋の(日本の)多くの人々は、今そのような状況にあるのです。
だから、自分たちは悪いことをしていない、という意識と、これだけ悪い現象が起きるのだから自分たちも悪いことをしているのではないか?という意識と両方あり、しかし、自分たちが悪いとは認めたくない、だから、名古屋の人たちは、このような現象を私のせいにして、そうして全国の人たちは地球温暖化のせいにして、責任逃れを続けているのです。
しかし、もう年末となり、あと三日もすれば新らしい年も明けます。
年が明ければ、また一段と正法の世は深まるでしょう。これからは正法の世が深まることはあっても、浅くなるということはありません。時がたてばたつほど正法の世は深まるのです。
ということは、このような人々の心を現す現象は、もっと世に現れてくるということになります。
この世に災いを現すも、奇跡を現すも、そこに住む人々の心次第なのです。
いつまで、自分の悪いことを認めようとせず過ちを続けるのですか?過ちを認めようとせず責任転嫁を続けている間は災いは現れ続けます。
知るべきことを知らなかった、しかし、その知るべきことを知ったのなら(知るべきことを知らなかったという)これまでの過ちを認め、反省し、そうしてその知ったことを行う、これ以外救われる道はないのです。
現に、そのような心となり、次々に奇跡が起き出した者もいるのです。(正しい心が現れているということです)いつまでその者を無視し、その者に罪を擦り付けるつもりですか?
もう年も変わります。
新しい年は、新しい気持ちで迎えたいものです。



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