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1月 09 2015

別の考え

10:48 AM ブログ

何か民主党の代表選、バッタバタですね。(笑)

代表選で暴露合戦をしてもねぇ。(どこかの国じゃないんですから〔笑〕)見苦しいだけです。日本は日本のやり方があります。正々堂々政策論で勝負していただきたいものです。

そうしないと、ただでさえ落ち目の民主党です。そういう(陰口のいいあいのような)代表選をすればするだけ有権者は引きます。

マァ、民主党の代表選はいいんですが(ついつい書いてしまいます〔苦笑〕)昨日のブログを公開したあとのことです。東海地方で地震がありました。(静岡で震度3、名古屋で震度1~2くらいでした)

「だからなんだ」といわれれば、はっきりしたことはいえませんが、昨日書いたブログ、やはりこの地域に影響を及ぼすのではないかと思えたからです。(だって、このサイレンが響いているのは名古屋だけではありません。名古屋の周辺でこの現象は起きています。わたし名古屋近辺にいた時でも、サイレンがよく聞こえてきましたから)

地震が起きた時間も、ブログを公開してちょうど一時間くらいたった時でした。とても偶然とは思えません。天は何かを教えているのではないか、そう思えてなりません。

では、昨日のブログの内容をよく吟味された方がよいのではないでしょうか。

どちらにしても、昨日私が外に出て行くと、ブシュブシュやるトラックやバスが、ずいぶん少なかったです。(さすがこのブログの内容、多くの運転手関係の人よく知っています。無線かなんかですぐ伝わるようです。〔笑〕)

そうしたら、昨日と違って今日はサイレンが少ないです。(マァ、今だけかもしれませんが)

一度試してみたらどうですか、このサイレン、私が原因というなら、その私に嫌がらせをしない方もです。(たしか試したことありませんよね。そちらの方は。〔苦笑〕)

現に昨日の夕方もサイレンは少なかったです。それに私に、トラックがブシュとやった瞬間にサイレンがしだしたということもありました。(これもたまたまですかね?何かを暗示しているように感じましたが)

同じことをしていても同じ結果しか出ません。別のやり方も試すべきではないですか?名古屋は(とその周辺もでしょうが)これだけ多くの人が毎日のように病気になっているのですから。(これは名古屋の人しか分かりませんが)

一度、私にしている嫌がらせをやめたらどうでしょう。それでサイレンが止まるなら、その方がよほどいいからです。(それとも、病人がどれだけ出ようがお前に嫌がらせをした方がいいという人がいますか?もしそんな人がいるなら、その人、完全に悪魔にやられています)

マァ、それは皆さん方の判断で決めてください。しかし、このサイレンを私のせいにし続け、これだけ嫌がらせを続けても一向にサイレンは止まりません。

では、このサイレンは私が悪いわけではないのではないでしょうか。

どちらにしても少し考えを変えてみるのも手でしょう。そうしないとこの現象、収めようがないからです。(それとも他に何か手がありますか?)

よく考えてみてください。自分の家族が救急車で運ばれるようなことにでもなれば、その家族はどうなるでしょう。

子供がそのようなことにでもなれば、親の心配はいかばかりでしょう。逆に親がそんなことになれば、その家族は途方にくれます。どちらにしても、急病で救急車で運ばれる人が家族から一人でも出れば、その家族は不幸のどん底に落ちてしまいます。

そういう不幸なことが現実に毎日起きているのです。とても、あてずっぽうで、このサイレンの犯人を仕立て上げている場合ではないでしょう。(あてずっぽうですよね。こんな現象これまで起きたことがないんだから、誰がこのサイレンを起こしている原因かなど、そんなに簡単に分かるわけがありません。それにこのサイレンの原因が人がどうかも分からないのです)

ことは急を要しているのです。一度考え方を変えられてはいかがでしょう。もしかしたら救いの道はそこしかないかもしれないからです。

名古屋は毎日大変なことが起きているのです。その自覚、もう少し持たれてはいかがでしょうか。

追伸…昨夜も歌番組を観ていたのですが、この前の紅白でも感じましたが、最近の歌は歌詞がよくなりましたよね。(昨夜もいい歌詞の歌を歌っていた人いたし)

少し前までは、本当にアホみたいな歌詞を歌っている歌手も多かったんですが、最近は少し変わってきたように感じます。非常によいことですね。

このような流行歌も、元々は、釈尊の説法を分かりやすく庶民に聞かせるためのものであったのですから、その原点に戻りつつあるように思います。(仏教が日本に初めて伝わった時〔千五百年ほど前です〕お経の意味を〔お経は釈尊の説法が書かれてあるのです〕多くの人に〔訳経僧、書写僧、説教僧などの〕坊さんが伝えました。その坊さんたちから伝えられた釈尊の教えが、説教節や浪花節、浄瑠璃や講談、謡曲、小唄、民謡などになっていったのです)

歌は多くの人々の心をとらえ感化させます。だから、その歌の歌詞がよければ、その歌を聞いた、多くの人々が救われるということにもなるのです。

これから、このような歌詞のいい歌がたくさん出てくることを願ってやみません。

そうすれば、この法は黙っていても拡がっていくからです。(その歌自体が法だからです)

2コメント

2 コメント to “別の考え”

  1. ウナッシー2015/01/09 at 12:47 PM

    昨夜のNHKで、子供の睡眠障害が増えているといった内容の番組を観ました。
    子供は親の起こす声は聞こえているのに体が動かなく起きれないとのことでした。インタビューを受けていた医者の話だと、塾や部活などの時間が多く睡眠時間が不足しているので学校との連携をとり改善していくような事を言っていました。実際に番組は用事で半分程で観るのを止めました。しかしここまでで何となく分かったのは、この様なお子様を持つ親御さんはきっと親の欲目で子供を縛っているのではないのだろうか、子供のためと思いつつ親としてやってあげたという思いや、学歴や収入も子供のためと考えているのではないのか。もっと子供の個性を愛していれば充分なエネルギーを与えてあげられ、自然に子供も向上するのではないのだろうか、そんな事を思いました。よく一般的に聞くのは子供若者に「お前たち、命を大事にしろ」なんていうことですね、しかしこうなってくると親御さんに「子供の命を粗末にするな」と言いたくなりました。子供を見れば親が分かるといいますが本当ですね。他石の石とは言いますが、我が身を切磋琢磨していかねばならんと、つくずく思うのでした。

  2. gtskokor2015/01/09 at 1:35 PM

    その番組を観ていないので何ともいえませんが、子供の睡眠時間を削るくらいの部活や勉強は明らかにやりすぎでしょう。(親の愛を入れる時間がなくなります)
    子供の学歴や先の収入ばかり考えて、それをするのが子供のためと思うのは間違いです。それこそ、そんな教育は親の押し付けにしかすぎません。
    ウナッシーさんがいわれるように、愛を持って子供を育てるのであれば、子供は自然にやりたいことをやり自分の一番よい方向に進んでいきます。
    もちろん教育は大事なことですが、一番大事なことは、その教育も愛を持って行うということです。(その愛があれば天が導いてくださるからです)
    やりすぎてもいけないが、やらなすぎてもいけない、教育も中道が大事であるということです。

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