1月 10 2015
サイレンの原因
やっと分かりました。この名古屋で起きているサイレンの原因がです。(よく考えてみれば、そりゃそうだとも思いました)
よかったです。原因が分かってです。しかし、原因は分かりましたが、それでサイレンがしなくなるかどうかは分かりません。だって、私のいうこと名古屋の人たちは誰も聞かないからです。
昨日の話です。私は午後の三時過ぎに家を出たんですが、あんなブログを書いたのです。案の定、ブシュブシュやってくるトラックの運ちゃんが何人かいました。(意地になる人が多いですから〔苦笑〕)
昨日は、それまではサイレンをほとんど聞きませんでした。(一~二度遠くでしていたような気もしますが)ところが、その三時過ぎに家を出て、途中でトラックにブシュブシュやられ、そうして四時を過ぎたくらいでしょうか、急にサイレンが聞こえてきて、私が歩いている前の道を救急車が走って行きました。
それから立て続けにサイレンの音が二度、三度と聞こえてきたのです。
私はこの現象が偶然とは思えませんでした。(私の目の前を救急車が走って行くなど、それも偶然のようには思えなかったですし)やはり何かを教えられているとしか思えなかったのです。
実は昨日あのブログを書いてから、心の内よりしきりと上がってくる思いがありました。(このサイレンのことでです)何かこの一日二日、このサイレンの原因を教えられているような気がしてならず、そのようなことを考えながら歩いていて、そうしてこのような現象が起きたのです。
どうも間違いなさそうです。
このサイレンは、やはり運転手連中が私にしている、このブシュブシュやる嫌がらせに原因があるようです。
よく考えてみれば、この名古屋にサイレンが頻繁に響いてくる現象は、その運転手連中が、私にブシュブシュ露骨な嫌がらせを始めてから(2012年の十月くらいから)起こり始めたのです。
そうであるなら、その前の状態(私にかまわない状態)に戻せば、この現象はなくなるのであり、これだけ当たり前の話もありません。
その当たり前のことにこれまで気づかなかったのです。
要は私に対する嫌がらせをしなくなれば、この現象はなくなるということです。
ではなぜ、私に嫌がらせをしたくらいでこんなことが起きたのか?
やはり、それだけ法を説く人は大事であるということでしょう。
法を説く人に露骨に嫌がらせをしたのです。(しかも毎日次から次にです)天の怒りはどれほどだったでしょう。その結果、その心のままでは病気になるという人たちに、次々に病気が現れたのです。
普通であれば、その病気は何年か(あるいは何十年か)先に現れるはずであったのですが、その反省の期間を待たずに、天が次々にそのような心の人たちの病気を現したのです。
多くの人の反省の期間をなくすほど、私に嫌がらせをした人たちは、天を怒らせるようなことをしたのです。
それだけ法とは大事なものであったからです。
法は全人類を救う教えなのです。その法を説く人が法を説かなくなったら、その国は滅びるしかないのです。だから、名古屋でこれほどのことが起きたのです。国を滅ぼすほどのことを、そこに住む人たちが平気でやっていたからです。
だから、この法の流布をじゃまするところにも、それはそれは恐ろしい現象が現れたのです。同じように、日本を滅ぼすようなことを(法の流布のじゃま)その会社の人たちがやっていたからです。(最近はずいぶん静かになってしまいました。よほど恐ろしいことが起きているのでしょう)
法を説く人に嫌がらせをすることや法の流布のじゃまをすることは、この世において、これほどいけないことはないのです。そのこの世で一番いけないことを、名古屋の人たちはやり続けたのです。
世界でどこにも起きていない、世にも恐ろし現象が名古屋に現れたのも道理でしょう。
多分、こういうことを書けば書くだけ、名古屋の人たちは反発し、私に嫌がらせをするでしょう。では、この恐ろしい現象は止まらず起き続けるということです。
「そんなことがあるわけがない」ではないのです。
自分たちが、そのような事実を知らないだけのことなのです。名古屋の人たちは、釈尊やキリストをどれだけご存知なのでしょう。このお二方のことを、よく知っているという人も名古屋にはたくさんいるでしょう。
しかし、残念ではありますが、この名古屋で釈尊やキリストのことをよく知っているという人たちは、古来より遺る聖書や仏典などの古い(間違った部分がたくさん書かれてある)書物を通して知っているだけで、本当の釈尊やキリスト、そうして、その説かれた法の偉大さは理解されていないのです。
もし、それを理解されている人が、一人でも二人でも名古屋にいたのなら、サイレンの原因にも、もっと早く気づいたはずだからです。
しかし、このサイレンの原因に気づいた人は一人もいなかった。それはすなわち法の偉大さを誰も知らなかったからであり、法の偉大さを誰も知らなかったのが、名古屋にこのような世にも稀な悲劇を招いた原因であるのです。(法の偉大さを知っていれば、なぜ、名古屋にこんなことが起きたのかも分かったはずですし、私に嫌がらせをした人が、次々に不幸になっている、その理由も分かったはずです)
法を説いている者に、このようなことをすれば、こういう恐ろしいことは当然起きると、誰も知らなかった。だから、このような世界でも起きえない恐怖の現象が名古屋で起きているのです。
では、そういうことを知らなかったことが悪かったのであり、そのようなことが分かったのであれば、その知らなかったことを反省し、もうそのような態度は慎むべきでしょう。
法を説いている人こそ、人類を救う人であるからです。
どれだけ、それを認めず反発しても、反発すればするだけ恐ろしい現象が現れてきます。もう、それを認めるしかないのではないでしょうか。
「お前がそれほどのものか」と、私のことを名古屋の人たちが認めようとしなくても、現に私のお蔭で意識を変えた人はごまんといますし、私の周りでは奇跡が起きていますし、私に嫌がらせをした人は不幸になっています。
こういう現象が次々に起きていて、そうして名古屋に現れている世界にも起きていない世にも恐ろしい現象、この現象こそ、世界で唯一法を説ける者が名古屋に現れた証拠であるのではないでしょうか。
唯一法を説いている者に嫌がらせなどし続けたから、世界でも起きえない現象が名古屋で起きたのではないでしょうか。
釈尊は「知るべきことを知らない人が一番悪い人である」といわれました。
名古屋の人たちは、知るべきことを知らなかった。それがこのような大きな悲劇を招いた原因であったのです。では、それを早く認めることです。
法を軽く見ればこれだけのことが起きる、その法の偉大さを理解し、そうして法を説いている者を認め、その教えに従う、それ以外にもう名古屋が救われる道はないのです。



人目の訪問者です。

静岡県内でも年初めより殺人だの火災等と、昨年とは違う様子を呈しています。
いよいよ、こちら静岡にも神の意志が現れはじめたようです。
時がたてばたつほど法の世は深まります。
これから、これまで以上の現象(神の業)が現れてきます。より法の勉強を深めないといけませんね。