1月 11 2015
サイレンを止めるもう一つの方法
一昨日に引き続き、昨日も私は三時過ぎに家を出ました。
家を出てしばらく歩くと、私を見てあちこちで嫌がらせが始まります。そうしたらです。また、それまであまり聞こえていなかったサイレンが(家にいた時は一、二度聞こえてきたくらいです)あちこちから聞こえてきたのです。
昨日は、たまたま消防署の横を通ったのですが、ちょうど私が消防署のすぐ近くを歩いている時に、救急車がサイレンを鳴らしながら出て行きました。
そのようなタイミングが、まるで私に多くの人が嫌がらせを始めると同時に、救急車の出動が増え出すのを天が見せているように思えました。
そういう場面を見て、私に嫌がらせをしているから、こういう現象が名古屋に起きている、ということを再確認しました。それが間違いではないから、このような現場に遭遇するのです。
救急車が消防署から出ていくところなどそうは見ません。昨日のようなブログを書いて(サイレンの原因)その場面を見たのも決して偶然ではないでしょう。
しかし、それをどれだけここに書いても、それで私に対する嫌がらせがなくなるということはないでしょう。これだけ悪評が拡がってしまったのです。この評判を変えることなどそう簡単にはできませんし、昨日はたしかに少なかったとはいえ(トラックやバスの運転手がブシュブシュやるのがです)どれだけ、このブログの内容を知っていてもブシュブシュやる人はやります。(人のことなどどうでもいいという心の低い人はいます。そういう人は、どのような現実が目の前に現れてもそれを認めないのです。〔まだ、その現実を認めて反省出来るほど心が発達していないからです〕そういう人は、何が起きようと嫌がらせをやめようとはしないのです)
では、私に対する嫌がらせを、完全にやめさせることは出来ないということになり、完全にやめさせることが出来なければ、このサイレンを、完全に止めることは出来ないということになります。
そうであるなら、やはりこのサイレンを止めることは無理でしょう……ということになるのですが、それでもよろしいのでしょうか?
それでもよいという人もいれば(そういうやけくその人もいるでしょう)それでは困るという人もいるでしょう。(こういう発想が普通ですが)
もうサイレンが自然に止まるのを待ちますか?しかしそれでは、これからまだどれくらいの人が病院に運ばれるか分かりませんが…。
では、もう一つこのサイレンを止める方法があります。それでは困るという人は、そちらをされてはいかがでしょうか。
そうすれば、少なくともその人たちは助かるからです。
そのサイレンを止めるもう一つの方法とは、この法に帰依されることです。そういう人がたくさん出てくればこのサイレンは止まります。では、そちらをされたらどうでしょう。(そんなことは死んでも嫌ですか?)
しかし、よく考えてみてください。これほどの現象が現れているのです。(名古屋だけではなく全国にです)
これだけの現象が現れる教えが他にありますか?古(いにしえ)のモーゼやキリストが説かれた教えがここに復活したから、その当時起きたような奇跡が現れているのであり、その奇跡をそうも嫌うものではありません。
むしろ神の印(しるし)として、尊重し、この教えの正しさの証明とすべきなのです。
なぜ、これだけの教えが現れているにもかかわらず、未だ多くの人は傍観しているだけなのでしょう。この教えが世界に拡がれば、本当の平和が世界に訪れるというのにです。
例えばです。この名古屋で起きている現象が、イスラム国に起きたらどうなるでしょう。イスラム国の幹部が次々に病を発症したなら、よその国に侵攻ができるでしょうか?
中国の北京でこの現象が起きたのなら、いつまでも中国は他国への侵攻ができますか?
北朝鮮の平壌でこの現象が起きたのなら、いつまでも他国への(核などの)武力の脅しができるでしょうか?
その国の首都で、名古屋で起きているような現象が起き始めたら(毎日何十人、何百人という人が救急車で病院に運ばれる)他国のことどころではなくなるのです。
この名古屋で起きている現象は、実は世界を救えるかもしれない現象なのです。それほどの神の業が名古屋に現れているのです。
この世界を救えるかもしれない偉大な現象が、もう二年以上にもわたり名古屋で起き続けているにもかかわらず、未だ名古屋の人は、その偉大な現象に気づきもせず、たった一人の者をその犯人に仕立て上げ、ただ怒っているだけなのです。
何と愚かなことでしょう。世界を救えるかもしれない現象が名古屋に現れているというのにです。
名古屋にたった一人です。たった一人の法を知る者が現れただけで、これほどの現象が起きるのです。
では、この法を知る者が名古屋に百人現れたらどうなるでしょう。千人現れたらどうなるでしょう。
マァ、全然想像がつきませんが(笑)一人法を知る者が現れただけでも、その一人の法を知る者を神は全力を挙げて守られるのです。(このような神の業を現してです)では、その法を知る者ばかりの町があったらどうなるでしょう。法を知る者ばかりの国があったらどうなるでしょう。
そのような町や国は、完全に神から守られるということです。
なぜ、多くの人はこの法の存在を知っているのに、未だ傍観しているだけなのですか。
平和を口にする人はたくさんいます。(平和が一番大事であるとです)しかし、その平和は口でいっているだけでは実現しません。
本当の平和が、平和裡に実現する方法があるのです。(現に私は一切武力など用いていません)それなのになぜ多くの人はそれをやろうとはしないのですか。
今日もまたナイジェリアで、わずか十歳前後の少女が自爆テロを起こしたという、信じられない事件が報道されていました。
正しい教えが世界に拡がれば、このような少女も救えるのです。
日本の人たちがこの教えに帰依し、世界に伝えてくれるだけで本当の世界平和が実現します。
それが出来るのに、それをやろうとしない、日本中で起きている、異常現象の意味がお分かりいただけるのではないでしょうか。



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