1月 19 2015
幕末の志士と現代の志士
昨日は、ちょっとした事情でブログを書くのをやめておきました。書かない方がよいと思ったからです。
マァ、それはともかく、民主党の新代表が決まりましたね。
あの方(あまりよけいなことを書くとまた皆にいじめられるんですが。何せあの方は、お隣の三重県の方でイオングループ総帥のご子息です。この辺り息のかかった人がたくさんいるものですから。〔苦笑〕)まじめすぎて固いという評判ですが、あまりに固すぎると民主党が割れてしまわないか心配です。(やはり人は遊びがないといけません。四角四面では息が詰まってしまいます。遊びの部分は必要でしょう)
あの方は、まじめすぎて遊びの部分がなさそうですし、他党との共闘も積極的ではありません。調和するのが少し苦手なのではないでしょうか。(今回の代表選でも、他候補のよけいなことをべらべらしゃべっていましたし)
野党がバラバラになれば、当然ではありますが与党が得をします。この方が代表だと民主は苦しいのではないかと思いますが、どういう政策を出されるのか見ていましょう。(結局よけいなことを書いてしまいました。〔性分です〕また皆にいじめられます。〔涙〕)
どちらにしても、日本のためになる政策を出していただきたいものです。
日本のためといえば、昨日の大河ドラマ「花燃ゆ」も、そういう場面が出てきましたね。
吉田松陰は、やはりあの時代には収まりきらない型破りな人だったようで、何かあの時代の人たちとは生きるスピードが違っていたようです。
そういう人が起爆剤となり、多くの幕末の志士が誕生したのです。吉田松陰の役割はやはり大きかったといえるでしょう。
しかし、昨夜の松陰ほか志士たちの「誰かがやらなきゃいけない」とか「誰も日本の危機を分かっていない」などの言葉は、何か今の私と相通じるものがあり、こんなところに同士がいたのかと一人で喜んでいました。(笑)
昨日の花燃ゆでいっていた、志士たちの言葉は現在の日本にも当てはまります。
誰も日本の危機を分かっていないのです。(ただし、今回は黒船ではなく、神ですが)誰かがやらなければ、日本の(ひいては世界の)危機を救うことは出来ないのです。
まだそれに多くの人は気づこうとしないのです。
しかし、前回書いた方やウナッシーさんなども含め、今年は少しは法の動きが出てくるように思います。それこそ日本を救おうと思われる方々はぜひご協力ください。(というか、やらないといけないのです。すでに多くの神の業が現れているからです)
幕末の頃と現在は、日本に同じような危機が訪れています。(幕末の頃はあまりに異国に無知であったため、今回はあまりに神に無知であったためです)
現代も同じく時代の変わり目であるからです。
その(時代の変わり目の)危機を早く多くの人が気づかなければいけないし、それに気づかなければ、まだまだ多くの不幸が現れることになります。
幕末の頃の志士たちは、時代の先を読み、真っ先にそれに向かって動いた人たちでした。そのような人たちが、新しい時代を築いたのです。
それはこの時代も同じです。時代の先を読み、真っ先に動いた人たちだけが勝利者となれるのです。前の時代の心のまま、一歩も動こうとしない人たちは、もう時代に取り残され滅びていくしかありません。(そのような現象が、そこかしこにすでに現れています)
出る現象は激しくなっています。多くの、幕末の志士のような志を持った人が現れてくれることを願ってやみません。



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