2月 18 2015
災いを減らすには
今度は青森、岩手で震度5ですか。ずいぶん続きますね。大きな地震がです。
同じ日に同じような場所で、同じような大きさの地震が起きる、これ偶然でしょうか?
気象庁は、これは東日本大震災の余震で、同じ場所で繰り返し大きな地震が起きる時もあるといっていましたが、起きたそのままのことをいわれても、それはそうだとしか思いません。
本当に昨日の地震は東日本大震災の余震なんでしょうか?
そういえば、二、三日前には地震雲がどうのと話題になっていました。
地震が起きる前には何か予兆があるのかもしれません。下(地面)ばかり見ていても地震の予知は出来ません。空から鳥などの動物たちから、そこに住む人の意識まで、一度いろいろなものをしっかり調べられたらいかがでしょう。
そうすれば地震の予知が可能になるかもしれないからです。もっというなら、大きな天変地変が起きる理由も分かるかもしれないからです。
何度書いても、そこに住む人たちの意識を調べようとしません。素人の意見も少しは参考にすべきでしょう。地震の予知が出来ない以上、どこに正解があるか分からないからです。(釈尊がそのようにいわれているのです。人の意識を調べられてはどうでしょうか)
そのような人の意識が悪いばかりに、名古屋では大変なことが起きています。
昨日ああいうブログを書くと、意地になってブシュブシュやる運転手が必ずいるんですが、それでもそういう人ずいぶん減りました。昨日でも十人に一人くらいではなかったですか、そのようなことをやる人がです。
そのせいかどうか知りませんが、ここ一日、二日、サイレンもあまり聞こえてきません。(昨日でも二、三回聞いただけのような気がしますし)
そのブシュブシュをやめれば、サイレンがなくなるかもしれません、試してみたらどうでしょうか。(試す価値十分あると思いますが)
昨日でも、私を見てブシュブシュやっていった運転手がいたんですが、その運転手に向かい「どれだけ名古屋に病人増やすんだ。後でどれだけ恐ろしい目に遭うか分からんぞ」と声をかけたんですが、その運転手は無言でひたすら前を向き、顔を引きつらせながら、それでもブシュブシュやりながら走って行きました。
本当に顔が引きつっているのがよく分かりましたが、それほど内心ヒヤヒヤしていても、それでもまだ嫌がらせをやめようとしないのです。本当に哀れな人たちです。
それだけ自分の罪を認めたくないのか、それとも、それだけ私が気に食わないのか知りませんが、これほど恐ろしい現象が名古屋に現れているのです。
そのような気持ち以前に、そのような態度は神を畏れようとしない、神に対し、大変不遜な行為であるということを知るべきでしょう。
これほどの現象が現れていて、それでもまだ神を畏れようとしない、そのような人として神を思う、初歩の初歩の心さえなっていません。一体どれだけ恐ろしい態度を神に向かって取り続けているのでしょうか。
本当に恐ろしい人たちです。
このようなところも、現代の人は、神に対し無知で傲慢不遜であると私がいう根拠でもあるのです。(どこやらの会社も一日、二日、何も起きないと、また、このブログの邪魔をしてきます。そういうことをしているから恐ろしい現象が起きているのです。一体、何度恐ろしい目に遭えば分かるのですか?それではまた何か起きるでしょう。その起きる現象の恐ろしさは増すばかりですね)
何から何まで(神に対し無知なばかりに)恐ろしいことを平気でしているようですが、それで大丈夫なんですか?
このような正法の世となって、それだけ神の心を知らずにいて、それで無事に済むと思いますか?
何でもそうですが、自分が勉強している分野は、そのようなことがなぜ起きるのか、その理由もよく分かります。しかし、自分が勉強していない分野は、それがさっぱり分からないのです。
神のことを、正しく勉強している人など日本にはほとんどいないのです。(正しくない勉強をしている人はたくさんいるようですが)
このような現象と神を切り離して考えていては、その本当の原因は永遠に分からないのです。
よいのですか?これまで通りの考えのままでいてです。
これだけ全国で異常現象が多発しているのです。これだけの異常現象が集中して日本に起きたことなどこれまでありませんでした。
ということは、それだけ、これまで通りの考えではいけないということを天が示しているのです。
このような全国で起きる異常現象を、このまま(温暖化のせいや人のせいなど責任転嫁したまま)ほっておけば、どれだけの犠牲者が出るか知れません。
もう、これまでの考えはやめるべきでしょう。発想を変えないといけないのです。そうしなければ、この異常現象は収まらないからです。
他のもののせいではありません。自分に起きる悪いことは、みな自分のせいなのです。
それは大きな天変地変も同じでしょう。大きな地震など起きた場所の人々の心が変わらなければ、その場所にまた同じような地震が起きます。
気象庁がいっていた、同じ場所で繰り返し大きな地震が起きる時があるというのは、たまたまや偶然ではないのです。
その場所に住む人たちの心が変わらなければ、また同じくらいの災いがその場所で起きるのです。そこに住む人たちの心を変えるために、天が、そのような現象を現されているからです。
大きな地震が起きれば、誰でも多少の意識は変わります。東日本大震災が起きた後、多くの人が『絆』ということをいうようになりました。東日本大震災が起きて、それまでになかった人と人との連帯感が強くなったのです。これなど人々の心が変わったよい例ですが、しかし、多少ではいけないのです。
大きく変わらなければ、その場所にまた同じような現象が起きるのです。
今回、東北で起きている地震を気象庁は東日本大震災の余震といっています。しかし、それは違うのです。あれほどの大地震が起きているにもかかわらず、東北の人たちの心があまり変わっていなかった。
それでもっと変わらなければいけないと、あの地震は起こされたのです。東北の人々は、もっと愛深くならないといけないと、それで起こされた地震であったのです。
だから、もっと愛を深めないと、そのような災いはまた起きるのであり、あの東北の異常な大雪もしかりです。そのような人と人との愛を深めるため、そのような現象は起こされているからです。
これは何も東北に限ったことではないでしょう。北海道しかり、この名古屋しかりです。
その場所、場所により理由は違っていますが(例えば名古屋などは、神への思いがあまりに足りないとか、福島は共産思想の人が多いとかです)しかし、災いがその場所に起きるということは、愛にせよ、慈悲にせよ、そのような人として何か足りないものがあるから、その場所にそのような現象が現れるのであり、もし、そこに住む人たちが愛も慈悲も足りているのであれば、そのような場所には奇跡が起きるのです。
しかし、現在の日本には災いしか起きないのです。ということは、日本の人たちがよほど愛に目覚めないと、この災いは収まらないということになります。
よほど、そのような(愛や慈悲の)心が足りないからこういう現象が現されているからです。
しかし、このようなことは神の心を知らないと分からないのです。
現在、日本中で起きている天変地変、あるいは名古屋で起きている異常現象、このようなことすべて、そこに住む人々の意識に合わせて現されているものなのです。
つまり、人の意識を変えないと、同じような災いが何度でも起きるということです。
この法を知らないと、このようなことが全然わからず、すべて責任転嫁して、また同じような災いに遭う、その繰り返しとなります。
何度もいいますが、少しこの法を勉強されてみてはどうでしょうか?
多くの人がこの法を勉強するなら、現在日本で起きている災いも大きく減らすことが出来るからです。



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