3月 06 2015
神の力、霊の力の証明
昨日もまた何か起きたようですね。まだ怒っているようですが、そういう場合ですか?(これ大変なことが起きているんですが、その自覚ありますか?)
怒っている暇があるなら反省された方がいいでしょう。(その方がよほどその現象を止められるからです)昨日と同じことを書いても仕方ないので書きませんが、この辺り、起きている現象が激しさを増して来たようです。
反省されるなら早めにされた方がいいでしょう。そうしないと(何度もいいますが)滅ぼされることになるからです。(法の流布を五年もの間じゃまし続けたのです。この罪はかなり重いです)
やりたくないのなら無理にとはいいませんが、多分その現象、抑えることが出来るのは私だけだと思います。
私に頭を下げるのは死んでも嫌だというのなら、もう死ぬしかないかもしれません。法にかかわることは命懸けです。私だっていつ死ぬか分からない状況なのですから、そのくらいの覚悟はあってしかるべきでしょう。
意地を通したいのなら、どうぞ死ぬまで通してください。
そうして、昨日でもまだブシュブシュやってきた人もいれば、平気で嫌がらせをしてくる小中学生もいます。
そのような人たちに一言だけいっておきますが、この辺りの起きる現象が変わってきているようです。そのようなことをしている人たちは気をつけた方がいいでしょう。毎日のように恐ろしい現象が現れ始めたところもあるからです。
年が若いだの知らなかっただの、そのような言い訳は一切通用しません。私が悪いと思いこんでいるのなら、それはそれで結構です。(そういう人たちは何をいっても聞かないでしょうから)そのような人たちも意地を通したのなら、どうぞ死ぬまで通してください。
近いうちに本当にそのようになるかもしれないからです。
マァ、こんなこと何度(何十度?)書いても同じでしょう。この辺りの人たちは一向にビビらないからです。神を少しも恐れようとしないからです。(そういうのを傲慢というのですが)
では、神を恐れるようになるまで、このような現象は出続けるのではないでしょうか。そのような態度が人として当たり前の態度であるからです。
もう少し謙虚になってはどうでしょう。それもまた人として当たり前の態度であるからです。
自覚のない人たちに何度も同じことをいっていても仕方ないでしょう。(私がまたいじめられるだけです)話を変えましょう。
昨日、私は名古屋港水族館に行ってきました。
予想通り?いや予想以上でしたね。
あそこにいる生き物、すべて私を知っているようでした。
昨日は初めて行ったので、水族館にいる魚たちも、それほど大きなリアクションもしないだろうと思い、動画を撮らずにまず見物しようと思っていたのですが、何が何が、凄い喜びようでした。
ベルーガを見ていたら、あまりに私の近くに寄って来て泳ぎ回るものですから、これは撮った方がいいなと動画の撮影を始めました。
ベルーガを少し撮った後、今度はイルカのいるプールに行ったのですが、そのイルカたちもまた凄いはしゃぎようです。(小さい方のプールで、私の目の前でバンバン飛ぶんですから驚きました)
その後、ウミガメのいる水槽、イワシやマグロ、ウツボや他の魚がいる水槽などいくつも動画を撮りましたが、どこの水槽も魚たちの態度が(多分)普通ではないと思います。(私、水族館にあまり行ったことがないので、はっきり分かりませんが)
こちらを凝視している魚もいれば(泳ぐのをやめて、私の目の前に止まってこちらを見ている魚が何匹もいました)急に嬉しそうに泳ぎ回る魚もいました。私の前を何度も往復する魚もいて、ウツボなど凄い顔でこちらを見ていました。(というか、ウツボの顔が怖いので、そのように見えただけかもしれませんが。〔笑〕)
ウミガメも何度も私の前に来て、目の前で暴れているようなそぶりまでしていました。
ゴマフアザラシなど、私の目の前に来て、私の方をジッと見ているのです。その表情がまた可愛いのですが、その横の水槽にシャチがいたのですが、そのシャチもまた不思議な態度を取りました。
シャチが私の方にゆっくり泳いできたかと思うと、私の目の前で急に止まったのです。大きなシャチが(かなり大きかったです。それこそ十メートル近くあるシャチなんじゃないですか。あそこの水族館で一番大きなシャチでしたから)十秒ほど私の目の前で止まって私の方をジッと見ていました。(目がまともに合いましたが、シャチの目って本当にかわいらしいですね)
そうしてまたゆっくり泳いで行きましたが、何でしょう。あのシャチの態度は。
まるで私と、久しぶりに会ったかのような態度で(そのような態度を取ったのは、特別シャチだけではありませんが)嬉しそうな目でこちらを見ていました。
そのような魚たちの不思議な行動は全部動画に撮ってあります。
魚たちのこのような態度、こういう現象もまた、現代の科学では説明できないのではないでしょうか。
初めて会った魚たちが、もう前から私のことを知っているかのような態度を取るのです。このような現象を科学はどう説明するのでしょうか。
このような魚たちの態度を見ても、この自然界に起きる現象を、神や霊の力なしに説明することなど出来ないのではないでしょうか。
神や霊の力が魚たちにかかっていなければ、このようなことは起きないと思われるからです。
ニュートンは、この自然界の様々な現象を神や霊の力を無視して説明したのですが、しかし、その考えは間違っていたのです。
この自然界における諸現象は、すべて、神や霊の力なしには説明できなかったのです。
その神の力、霊の力をニュートンは自動的とか、機械的とか、勝手に自然が行っているように説明しただけで、実際は、そのような大きな意志(神、霊)の元に与えられていた力(エネルギー)であったのであり、そのこれまで分からなかった、神、霊の大きな意志が、私が撮る動画を通して世の人々に証明されているのです。
そのような大きな意志が存在しなければ、このような動物たちの態度は起こり得ない出来事であるからです。
この現在の科学を、まったく否定するような現象をいつまでも無視していて、それでよいのでしょうか。
神の力、霊の力が、私の周りに次々に現れ始めています。
その力を無視し、いつまでも否定しているようでは、そのような人たちに、その神の力も霊の力も味方することはありません。
神の力、霊の力が世に次々に現れる時代となりました。では、その力に従うほかないのではないでしょうか。
それが神の子の人間として、あるべき姿であるからです。



人目の訪問者です。

最近は過去にNHKで放送した大河ドラマの「龍馬伝」を観ています。幕末から明治維新にかけ激動の時代を生きた諸藩士を描いたことだけあって、何度観ても見応えがあります。特に必見は権力に対する考えだとか行動であったりします。
しかし、分からないのはその本心。(もっともドラマ自体が脚色する部分が多いのですがね)とかく、何をしたのか、どのようにやったのか、結果がどうだったのか。その結果が予想を越えた時に衝撃的な感動を得ることあるだけのことと思いました。
今回は、好きなドラマを少し冷めた見方で振り返りました。
私も、ドラマは大河ドラマくらいしか見ないのですが、昔の人の考え方の純粋さがいいですね。(なんとなく心が洗われます)
最近は小、中学生でもひねたのが多いからです。(すぐとぼけて、人をバカにするようなです……私の周りだけかもしれませんが。〔笑〕)
純粋な心だけは忘れたくありませんね。