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3月 07 2015

大調和の世界

10:55 AM ブログ

昨日はずいぶん静かだったですね。(さすが、バスやトラックの運転手にはこのブログの内容が伝わるのが早い。皆さんのチームワークは抜群ですね。〔苦笑〕)

そうしたらサイレンもそれほどなりませんでした。(静かとはいえ、やる人はやりますから。その分は出るでしょう)

このサイレンのなり具合など見てもよく分かりますね。現在は神の業が前より激しく現れている状況なのです。(多分、昨日も何か起きてるんじゃないですか。どこかの会社の様子がおかしかったですし)

その神の業が激しく現れだしているにもかかわらず、この名古屋で起きているサイレンは、そのような嫌がらせが多い少ないに比例しているのです。(ここ最近はあまりブシュブシュされないので、ずっとサイレンが少ない状況です)

なんなら、また前のように多くの運転手が、私を見てブシュブシュを始めたらどうでしょう。増えると思いますよ。このサイレンの数がです。

どちらにしても、あまりに分かりやすい現象が名古屋に現れています。

あとどうするのかは、自分たちの心次第でしょう。(まだ、まだ怒っている人が多いですし。前の会社もこれほどのことが起きていて、それでもまだ〔ずいぶん減りましたが〕嫌がらせをやめようとしません。どれだけの現象が出れば自分たちが悪いと自覚できるのでしょう。そのような態度は自分たちを不幸にするだけでなく、多くの人を不幸にするのです…それは運転手の人たちも同じですが)

しかし、このような現象が名古屋に現れてきて、私に怒るのもお門違いだと思いますよ。

だって「何でそんな悪い者に鳥が寄ってくるのか?」という、たった一つの質問にさえ誰一人答えられないのです。(この質問に答えられないどころか、それをいわれるとビクッとする人も多いのです)

ということは、私が(この名古屋で起きている異常現象の)犯人かどうかなど、はっきり分かっている人はいないということであり(私に、鳥がこれだけ寄って来る現象の意味が分かっている人がいないのですから、当然そのように想像できます)私が犯人かどうか分からないのに、名古屋の多くの人たちは、私をこの異常現象の犯人に仕立て上げ、寄ってたかって嫌がらせを続けているのです。(もう何年にもわたってです)

ということは、この前書きました因果応報の反動が出てきてもおかしくはないのであり(無実の者に罪をかぶせて嫌がらせを続けているかもしれないのです。当然その報いは受けなければいけないでしょう)それが(特に最近は)顕著に現れ始めた、ということなのではないのでしょうか。

先ほどのサイレンの件でもそうですが、ずいぶん分かりやすい現象が(善因善果、悪因悪果)名古屋には現れています。

私に嫌がらせなどしている人は「自分は何も悪くなくて、悪いのはすべてお前」などとは、とてもいえないのではないですか。自分も反省する部分がたくさんあるのではないでしょうか。(深く考えもせず、人の噂だけを信じ嫌がらせをしているのです。それ正しいことですか?)

自分を省(かえり)みようとしない人に、こんなことをいっても無駄かもしれませんが、しかし、現在の名古屋は自分を省みなければもう救われません。(それほどの現象が現れていると思いますが…)無駄とは思いつつそれでも書くしかありませんね。

とはいえ、それはそれとしてです。そういう、進歩のない人たちの話ばかりしていても面白くありませんので、少し進歩した話も書いておきましょう。

高橋先生は次のようなこともいわれています。

「人間が大調和すれば、動物たちも争わなくなる。肉食動物が草食動物を襲うこともなくなり、ライオンと鹿が同じところで寝ているという光景も見られるようになる」

高橋先生は、人間たちが調和すると動物界の争いもなくなるといわれていました。

肉食動物には草食動物を襲わなくてもよいように、他の食べ物が与えられ(何か肉のような食べ物が発見されるそうです)草食動物が増えすぎないよう(現在はそれを肉食動物がしているのですが)大自然がコントロールしてくれるそうです。

つまり、人間界の争いがなくなれば、人間だけではなく動物も争うことがなくなる、そのような奇跡的な大調和の世界が現れるそうです。

よく考えてみれば、今のような食物連鎖はおかしいですよね。草食動物が草を食べて、その草食動物を肉食動物が食べる。弱肉強食です。これは神の心と矛盾しているのではないですか?

神の心は大調和であるからです。

これは人間にもいえることですが、他の生き物の命を奪って(牛や豚、魚など)自分たちは生き延びているのです。

これは神の心ではありません。その神の心ではないことが現在の世界中のいたるところで行われているのです。

つまり、このようなことも(神の子の)人間が調和できていないため現されていることであり、本当の姿ではないということです。

人間が大調和を果たせば、新しい食べ物が発見されるそうです。栄養バランスのよい、肉と同じような食べ物で、そのような食べ物を人も肉食動物も食べるようになるようです。(原料が何か忘れましたが、何かそのような食べ物が発見されるそうです。ただ、植物や魚たちは自分の体を供養して、他の生き物を生かすという使命が与えられているようです。だから、魚など痛みを感じないのです。〔これはテレビでもいっていましたが〕自分を殺して他を生かす、そのような使命もあるからです)

そのような食べ物が発見されれば、肉食動物と草食動物が争う必要もなくなり(肉食動物は、食べ物がほしいためだけに草食動物を襲っているからです。決して、草食動物が憎くて襲っているわけではないからです)草食動物が必要以上に増えなければ、調和された世界が動物界にも現れるわけです。

実は私、この高橋先生のお話は、さすがにピンときませんでした。あまりに現実離れのした話に思えたからです。(高橋先生が話されることは現実離れのした話が多いんですが。〔笑〕)

肉食動物が、草食動物を襲うのは当たり前のことだろうし、人間が他の動物たちの命をいただくのも当たり前のことだと思っていたからです。

しかし、その思いが最近変わってきたのです。

それは私に、鳥や魚が寄って来るという奇跡が起きたからです。

そういう体験をして、初めて高橋先生のいわれる新しい食物連鎖の話が理解出来たのであり、実感として分かったのです。

それはそうでしょう。鳥や魚がこれだけ嬉しそうに寄ってくるのです。そのように嬉しそうに寄って来る鳥や魚たちを食べられるわけがありません。そのようなことが起きれば、誰だって他のものが食べたくなります。(現実に、もう魚のまるっと焼かれたものとか、煮られたものとかが食べられなくなりました。見ただけで気持ち悪くなるのです。〔何か、自分の友達が焼かれたり、煮られたりしているようでです〕刺身とか、そのような形が分からなくなったものはまだ食べられますけどね)

それに、よく考えてみれば、新しい食べ物が出てくるなら、特別生き物を殺さなくても、そちらを食べればいいのです。

ちょっと発想を変えれば、そんなことそれほど奇跡的なことではなく、当たり前に移行できることであり、本来は、それはそうだろうと思えることなのです。(それはそうでしょう。他の生き物を殺さなくては自分たちが生きられないなど、どう考えてもおかしいからです。神の考えから離れすぎているからです)

私たち人間が大調和するなら、このような奇跡も起きてきます。

小さなことで争っている場合でしょうか?小さな意地にこだわっている場合でしょうか。

少しづつ心を変えていくだけで、その先には素晴らしい大調和の世界が待っているのです。

この法は、そのような先の先のことまで教えてくれます。

この法に心を合わせる。これ以上大事なことはないのではないでしょうか。

2コメント

2 コメント to “大調和の世界”

  1. ウナッシー2015/03/07 at 12:42 PM

    昨日は時間の限られている中で書いたものですから余分な言語が混じり、結局何か分からない文章になり、反省します。ところで、昨夜仕事の事を考えていたら「本質」という言葉が浮かんできました。何の事か考えたら、例えば製品にネジを締める、これは部品を固定するためにネジを締めるのであって、ネジを締めても部品が固定できなければ使い物になりません。また、別の例をあげると昔の言葉に「腹が減っては戦はできぬ」とありますが、腹が減ったから飯を食うのではなく戦のために飯を食うのです。私が今生きているのは先生の教えて頂ける神の法を真摯に受けとめ、本質を知り勉強していくことでこの世の行き方がわかるとの思いに至りました。歯磨きも磨くだけでは綺麗にならない、しっかり歯間にブラシをあてマッサージをしながら磨けば、健康で綺麗な歯にますからね。

  2. gtskokor2015/03/07 at 1:29 PM

    神の子である人間は、法(神の心、人の心の本質)をしっかり勉強しないといけない、という意味ですね。
    確かにそうでしょう。

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