>>ブログトップへ

3月 14 2015

昔の人と今の人との違い

11:02 AM ブログ

一昨日は東山動物園、昨日は南知多ビーチランド(水族館)に行ってきました。

マァ、書くことは山のようにあるんですが(笑)多分あそこにいる動物たちはみな私のことを知っていますね。

多くの動物たちが分かりやすい態度を取ったからです。

面白いことはいろいろ起きましたが、一変に書けませんので、また小出しに書いていきたいと思います。

しかし、比較的水の中にいる動物(水族館)の方が、外にいる動物(動物園)より分かりやすいですね。外にいる動物は動きが遅いのもいるものですから、分かっているのか、いないのか、よく分からないものもいるからです。

象やサイやカバなどほとんど動きませんし、ナマケモノなど全然動きません。(笑)こういう動物は分かりずらいですね。(苦笑)

それにひねくれたのもいます。特にトラなど呆れましたね。

トラなど私が檻をのぞいても知らん顔をしています。それで「オイ元気か」と声をかけると、いきなり尻を向けて小便をひっかけるんですから驚きました。(「うるさい」みたいな態度でです。もう少しでかかるところでした)

頭に来て「もう撮ってやらないからな」といって、トラの檻から離れて行って後ろを振り返ると、トラはこちらをジッと見ていました。

私に興味があるやらないやらよく分かりませんでした。

しかし、面白いところでは、オオサンショウウオまで興味のある態度を取りました。(私が見ていると水面から顔を出していたのですが、その顔を水の中に沈めて、その沈める時に口の横から泡をブクブク出しながら沈んでいくのです。そのような動作を二度も三度もやっているのですから。笑えました。そこは動画に撮ってあります)

そのような両生類から(カエルもいましたが、さすがにカエルまでは見ませんでした。カエルが大量に寄ってこられては、夢にまで出てきそうですから。〔笑〕)爬虫類まで(トカゲやカメレオンなどは、まったく動きませんのでよく分かりませんが、目だけこちらを見ていたものもいますから)みな私を知っているようでした。

このような両生類や爬虫類は人になど興味を示さない、と思われがちですが、それは違います。このような両生類や爬虫類に至るまで人に興味を示し、人の言葉も分かるのです。

これは多分間違いないと思います。釈尊にも次のような話が遺っているからです。

釈尊がウルベラ・カシャパーという者を弟子にした時のことです。

そのウルベラ・カシャパーは、すでに大教団の教祖であったのですが、釈尊は、そのカシャパーが過去世で自分の弟子であったことを知っていました。

それで話をしに行ったのですが、カシャパーは今日は忙しいので、明日お話ししましょうということになり、今晩はここに泊まってくださいと、釈尊はある洞穴に案内されました。

そうして、釈尊はその洞穴に泊まることになったのですが、なんと、その洞穴は大蛇の住処であったのです。

釈尊の噂は(釈尊が悟りを得たという噂です)すでにウルベラ・カシャパーの耳にまで届いていました。

このウルベラ・カシャパーという人は、大教団の教祖ではありましたが、自分に議論を挑んでくる手ごわそうな相手とは出来るだけ議論を避けていました。その議論に負けると大教団の教祖という地位を追われてしまうからです。(当時のインドではそれが普通でした。どれだけ地位や名誉があるバラモンでも、議論に負けるとその地位や名誉を一変に失うのです)

それで手ごわそうな相手が来ると、何だかんだと理由を付けては議論を避けていたのですが、どうしても引き下がらない相手には、一日待ってもらい、その洞穴に泊まらせるのでした。

その洞穴に住む大蛇は、人を丸呑みしてしまうほど大きくて凶暴であったからです。

これまで、その洞穴に泊まった者で助かった者は一人もいませんでした。一人残らず大蛇が呑み込んでしまったからです。

それで釈尊も、その洞穴に泊まらせれば、大蛇が呑み込んでしまうだろうと思っていたのですが、翌朝、釈尊はピンピンして、ウルベラ・カシャパーのもとに現れたのです。

釈尊は、その洞穴に案内された時、何かいるとすぐにピンときました。洞穴の中は生臭い匂いが充満していたからです。

洞穴の奥を、ジッと見ていると中で何かがとぐろを巻いていました。よく見るとそれは大きな蛇であったのです。

少し驚きましたが、釈尊がその大蛇に「私はここで寝るから、そなたはそこにそうしていろ」というと、その大蛇はそこから少しも動くことなく、翌朝、釈尊がその洞穴を出て行かれるまでジッとしていたのです。(大蛇は「そこにそうしていろ」という釈尊の言葉に従ったということです)

驚いたのはカシャパーの方でした。あそにいる大蛇は餌を与えず腹ペコであったはずなのです。

人などが、あそこの洞穴に入れば大蛇が一飲みにしてしまうはずなのに、その大蛇が釈尊には何もしなかったのです。

そのことに驚いたカシャパーは「この方は本物だ」と観念し、釈尊の弟子になるのですが、このような話も私に起きていること知るのであれば、本当に起きたことであろうと信じることが出来るわけです。

どのような動物でも人の言葉は理解出来、その人に愛があるなら、その動物がどれだけお腹を空かしていようと、その人を襲うことはありません。(だから、私がトラやライオン、クマなどの檻の中に入っても襲われることはないということです。さすがにそれを証明しようとは思いませんが〔苦笑〕)

しかし、昔の人は(どれだけ地位や名誉があっても)このようなことを見せられたら、素直に自分のいたらなさを認め、一発でその人の弟子になるということもよくあったのですが、最近の人は、地位や名誉がある人はもちろんですが、そのようなものが関係ない小さな子供に至るまで、このような不思議なことを何度見せられても、その不思議なことをしている者に頭すら下げないのです。

昔の人と今の人とでは、その素直さ、傲慢さなど、天と地ほど違っているのですね。(苦笑)

とりあえず、このような動物たちの不思議な動画がたくさん撮れています。

また、近いうちに順次公開していこうと思っています。

追伸…このような動物の不思議を撮っている間にも、どこかの会社は現象が起き続けているようですね。

いちいちこちらに、それを教えていただかなくても結構ですよ。そちらの問題であるからです。(私には関係ありませんし、そちらが心を変えない限り、私ではどうにもなりませんし)

バスやトラックの連中もせっかくサイレンが減ったのです。もうブシュブシュはやめればいいのに、まだ怒ってしてくる人がいます。

そんなことしているとまたサイレンが増えだすかもしれません。そんなことになったら、どうやって責任を取るつもりですか?(皆さんも因果応報って知ってますよね。罪もない私に罪をかぶせて、多くの名古屋の人を病気にしたのです。少なくとも、そのお返しは私に嫌がらせをした人全員にかかってきます。その覚悟だけはしておいた方がいいでしょう)

早く反省された方がいいのではないでしょうか?ブログの中にも書きましたが、昔の人なら、もうとっくに反省しているからです。

現代の人は、ずいぶん恐ろしいことを平気でやっています。(やり続けています)

それを考えると、空恐ろしいですね。

2コメント

2 コメント to “昔の人と今の人との違い”

  1. ウナッシー2015/03/14 at 12:50 PM

    またクレームの話をします。今回対象の品物にメインで携わったのは私で、結果的に会社に迷惑をかけたことは素直に反省をしてます。そしてその原因は熟練の慣れによる確認不足でした。それが分かり、しっかりと反省して初心から手順を踏まえ作業してます。但し、神の子である私は面子など大分減ってはきている様で、若い衆に対する手前とかはなく又悪いのは作業方法であって私という人ではないので、改むるに憚ることなかれ、別にこそこそしている必要はないので普段通りの心でいます。以前でしたら、皆の顔色をみては心を暗くしていたと思うと先生初め神に感謝の心がわいてきます

  2. gtskokor2015/03/14 at 1:28 PM

    法を勉強していると、足らないところを足してくれるといいましょうか、悪いところを教えてくれます。
    これからも法に沿って進んでいきたいものです。

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。