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4月 24 2015

大きな愛

11:06 AM ブログ

来週中頃くらいから、また異様な暑さとなるようですね。

しかし、最近は天気が正常にいったためしがありませんね。しばらくすると必ず異常な天気が現れます。本当に呆れるほどです。

何でこれだけ天気が異常になるのでしょうか?

この辺りも呆れるくらい同じことを繰り返しています。(このブログのじゃまや嫌がらせなどです)これだけ毎日、悪いことをし続ければ天気が悪くなるのも仕方がない話でしょう。

しかし、よいことしません。なぜそんなに悪いことが好きなのか逆に不思議ですね。(苦笑)

時代の変わり目は、このようになる人が多いのかもしれません。(前の時代に引きずられ、その考えを頑なに変えようとしない)当分は悪いことが続きそうです。

しかし、昨日の動画など見てもらっても分かりますが、水族館や動物園にいる動物たちでもあのような愛を出せるのです。人が愛をまったく出そうとしないのは本当に哀れです。

そのように同じことを繰り返している人たちには、同じ(悪い)ことしか起きませんが(同じようにその悪いことが自分に返る)私に愛を出す動物たちはドンドン増えています。愛を出せば、その愛は必ず自分に返ってきます。

負の連鎖よりも愛の連鎖でしょう。何でそれにいつまでも気づかないのか、本当に哀れなものです。(本当にこの辺りは雰囲気が悪いです。だから書き出しがどうしても暗くなります)

最近は外を歩いていると(鳥が騒ぎますので)年寄りがよく顔を出すのですが、何かいいたそうな人もいれば、私の顔を見て嫌がらせをしようとする年寄りもいます。

実際、嫌がらせをする年寄りもいるのですが、時間がないのはご本人が一番理解されていることでしょう。いつまで同じ態度を続けるつもりですか?そのような態度では救われようがないのです。

心を入れ替え、どうしたら救われるのか、聞きに来られてはどうでしょう。この名古屋の人たちは、もう既存の宗教では救われないと誰でも知っているからです。

歩いているだけで鳥が喜んで大騒ぎを始めるのです。このような者が他にいるのでしょうか?

このような現象は釈尊やキリストにしか起きていない現象です。

その者に、釈尊やキリストと同じ現象が起きているということなら、その者は、釈尊やキリストと同じ神理を説いているということになります。(同じことを説いているから、同じ奇跡が起きているんですもんね)

すでに、既存の宗教では救われないと誰も分かっているのです。それが分かっているのなら、自分たちが救われる方法は、その釈尊やキリストが説かれた本当の神の教え(神理・法)を知る以外ないということも分かるはずです。

では、その者に、その神理を聞く以外ないのではないでしょうか。それが唯一の救われる道だからです。

そういうことを理解している人も多いでしょう。だから、お年寄りは私が歩いていると出て来るのではないですか?救われる方法を聞きたいからです。

そうであるなら聞きに来ればよいではないですか。私は喜んでお話をします。それを(救われる方法を)人に話すことが自分の使命であるからです。

年をあまり取っていない人は、今日明日死ぬわけではない(それだって分からないんですが)ということで、それほど切実にそんなことを考えません。

だから、すぐに行動に出ようとしないのでしょうが、お年寄りは切実です。では、自分がやるしかないのではないですか、所詮は、自分を救えるのは自分しかいないからです。

まだ悪魔の噂を信じ、私を悪魔だと思いこんでいる人は仕方ありませんが、その悪魔の噂が間違いではないか(ということは、悪魔の毒気が抜けかかっているということです)と思う人は、その噂が本当か嘘か、自分で確かめに来てください。

自分で確かめなければ、その噂が本当か嘘かはしっかり確認できないからです。

私がなぜ(ブログを書いた後)外をうろついているのかお分かりですか?

そのように、誰が私に話かけてもいいように、また、私に誰でも話しかけやすいようにぶらついているのです。(あまりに話しかけられないから辻説法や動画など撮っていますが)

もし私にそんな気がまったくなかったら外になど出ません。外に出れば嫌がらせされるのが分かっているんですから、そういう気がなければ毎日のように外に出て行くわけがありません。

家にこもってブログだけ書いています。食事は母が用意してくれるからです。(私の場合、どこでどういう目に遭うかもしれませんし。この噂でずいぶん逆恨みもされていますから)

しかし、あえて毎日のように外に出て行くのは、そのように何か聞きに来る人もいるかもしれないし、多くの人に少しでも法を理解してもらおうと思ってです。

少しでも多くの人に、法を理解してもらおうという愛の心から、私は毎日外に出て行っているのであり、だから、そのような愛を実践することにより、その愛の心が広がって、段々多くの動物たちが私の存在に気づいていったのです。

愛の心が広がれば広がるだけ、その愛を動物たちは感じることが出来るからです。(逆に人はその愛の心をまるで気づきません。だから私に嫌がらせをするのです。愛の心がまったく分からないからです)

私の回りに寄って来る動物たちは、その愛を感じて寄ってくるのであり、だから、私の顔を見なくても私が分かるのです。動物たちは肉体を見て寄ってくるのではなく、その愛を感じて寄って来ているからです。(私が名鉄の野間駅に降りたら、電車を降りる前からすずめたちは私のことを気づいていて、大騒ぎしていたと前に書いたことがありますが、これなどその典型でしょう。すずめたちは電車を降りる前からすでに私の愛に気づいていたのです。だから私が電車を降りる前から私がその電車に乗っていることを知っていたのです)

それほどの愛を出す人がなぜそれほど悪人なのですか?

多くの人々は悪魔に騙されて、その人の愛の広さを知らないのです。

すでに動物たちは気づいているのです。いい加減人も気づくべきではないでしょうか、その人の愛にです。

それほどの愛を出す人こそ、唯一この世を救える人だからです。

(「愛は地球を救う」というキャッチフレーズまであるくらいですから、それはそうでしょう。それに比べて、このブログを書いている間中、このブログを書くのをじゃまをし続けている人たちがいます。このような愛のない人たちに天罰が下らないと思いますか?この人たちは、その天罰まで私のせいにしているのです。このような心の人たちでは、毎日のように悪いことが起きてきても決して不思議ではないでしょう。その心に愛がないからです。私とこの人たちではあまりに起きていることが違う、その理由もよく分かるのではないでしょうか)

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