4月 28 2015
法の価値
昨日は暑かったですね。
北海道や福島で三十度超えが続出したそうですが、四月に東北や北海道で三十度超えが続出しているんですから、まさに異様な暑さです。
やはり極端な天気になっていますね。法を理解していない人が多いからでしょう。(法を理解しなければ中道も理解しないでしょうから。その極端な心がまともに天気に現れています)
昨日は名古屋も暑かったんですが、この暑さだけでなく、こちらはこちらで何か異様なことが起きているようです。
その異様なこととは、今年は愛知県の複数の潮干狩り場でアサリがまったくとれないそうです。それで潮干狩りを中止するところまで出ているそうですが、アサリがまったくとれないなど、ずいぶん異様な現象が起きています。
というか、そのような海岸ではアサリが全然いなくなってしまったそうですが、みな原因がよく分からず頭をひねっているそうです。
愛知県の複数の海岸でアサリが全然いなくなるなど、まったく不思議な現象が起きています。
しかし、最近は(ネパールの地震でもそうですが)多くの人が一変でいなくなるという悲惨なことも立て続けに起きています。アサリが一変にいなくなっても決して不思議ではないかもしれません。(昨日書いていましたが、どこかの会社もまた何か起きたみたいですが〔本当に分かりやすいです〕同じようなことが起きないよう気をつけないといけませんね)
このような悲惨な状況を逆転できるのは、この法しかありません。法を実践しているとこのようなことが起きる、昨日私に起きたことをちょっと書いておきましょう。
昨日は午後から白鳥公園に行きました。私の場合、白鳥公園に行くと一日遊べるからです。
まず白鳥公園に行くと、すずめやムクドリ、鳩やカラスたちやらいろいろな鳥が迎えてくれます。(少々うるさすぎる時もあるんですが)
「おう、お前ら元気か」と鳥たちにかまいながら横に流れる堀川まで行くと、そこでは魚が跳ね出します。声をかけなくても勝手に跳ねますからね。川の中にいる魚たちも鳥たちが騒ぐので分かるのかもしれません。
しかし昨日は少し驚きました。川に向かって「元気か」とかいっていて、ふと足元を見ると岸からすぐのところで、凄い数の細かい魚たちが泳いでいました。
その細かな魚たちが私の声でぶわっと広がったものですから、それで驚いたのです。
足元を見て「うわ、何だこの魚の数は」とかいいなが驚いて見ていると、その細かな魚たちが岸の近くを凄い勢いで泳いでいきます。その流れがずっと続いていたのです。(だから、どれだけの数の魚が泳いでいたのか分かりません。何万匹か何十万匹かはいたのではないでしょうか)
その細かな魚たち、海かなんかに出て行ったのかもしれませんが、とにかく凄い数の魚たちです。
「凄いな」とかいいながら、その魚たちを動画に撮っていましたが(あんまりうまく撮れていなかったですね。ずいぶん画面が動いてしまってです…いつものことですけど)その細かな魚たちは私がすぐ横の岸に立っていても、一切関係なく泳いでいきます。
それどころか、横にぶわっと広がったり、おかしな泳ぎ方をしたり、中には跳ねていくのもいて、その細かな魚たちを見ているだけでも面白かったです。
皆あの泳いでいた魚たちは私を知っているようでした。
これだけの数の魚たちでも、これから海に出るなら、ずいぶん天敵に食べられたりして減ってしまうんだろうなと思ったら、少しかわいそうになり「お前ら頑張れよ」とエールを送っていました。
そうしたら、その私の言葉が分かるようで、嬉しそうに体を揺らして泳いだり少し跳ねたりして泳いでいく魚もいました。本当に可愛いものです。
私の気持ちを魚たちは分かっているようでした。
このように、私が白鳥公園に行くと鳥や魚たちが相手をしてくれます。それにきれいな花も咲いています。鳥や魚を相手にするのがあきたら、今度はきれいな花でも見て心を癒す、だから私が白鳥公園に行くと一日遊べるというのですが、これからは、それに野良猫や飼い犬まで加わるのです。
ちょっとこちらが相手をしきれませんね。(笑)
昨日も四~五匹の野良猫が私の前に現れましたが、その中ですっーといってしまったのは一匹だけで(その一匹もまったくの無視ではありませんでした。こちらをチラチラ見ながら前を歩いて行きました)あとの猫は何だかんだとかまってきました。
これもまた可愛いものです。
しかし、猫もそうですが人が飼っている犬は本当に面白いですね。昨日でも面白い犬が何匹もいました。
私を無視して行く犬もいますが、ほとんどの犬は私の方を見ています。昨日など、私がある犬の前を通ると急にその犬がクルクル回って喜びだし、ちょっと吠えながら暴れていました。
私が近くを通ったので喜んでいるようでした。
また昨日はこんな犬もいました。
白鳥公園の帰り道、ある人の家の前を通るとその家で飼っていた犬が私に向かい「ワンワン」と吠えたのです。
マァ、この犬は家の前を人が通ると吠える犬だったんでしょうが、私が「何だお前、俺のこと知らないのか」といってマスクを取ると(マスクで顔が半分以上隠れていたものですから)その犬は、ちょっとビクッとして急に吠えるのをやめて落ち着かない態度になり、くるりと後ろを向いて家の方に行ってしまいました。
それで私が「オイ、元気かお前」と声をかけたのですが、そうするとその犬はまた振り返って「ワンワン」と二回ほど吠えたのですが、それで吠えるのをやめてまたくるりと向こうむきになり、家の方に歩いて行きました。
あまりこちらがかまっても、この犬はこの犬の立場があります。(私も犬の立場まで考えるようになったのですから大人ですね。〔笑〕)あまり私に愛想よくもできないのでしょう。
それで、そのまま行ってしまいましたが、ずいぶん私も犬には顔がきくようになったものです。(……犬にはって)
私は、鳥や魚たち、そうして水族館や動物園にいる動物たちまでみな私のことを知っているのに、なぜ、そこらにいる野良猫や飼い犬は、知らないのだろうと不思議に思っていましたが、その理由が最近分かった気がします。
そんなに一変に私のことが、そこらじゅうの動物たちに知られてしまっては、私が混乱するからです。このように順番に知られていっても、それでも外に行くとそこらじゅうでかまわれるのです。(動物たちだけではなく、人にまでかまわれる〔ただの嫌がらせですけど〕のですから私も大変です)
こんなことが一変に起きれば、一体何が起きているのかと、さすがに私も訳が分からなくなったのかもしれません。あまりに起きていることが不思議だからです。
それで天は、私のことを野良猫や飼い犬に知らせるのを遅らせたのでしょう。
そのように徐々に起きていることになれていき、そうして、起きていることを正確に世に伝えねばならなかったからです。
そのように順序よく不思議なことが起きて来たものですから、私も順序よく不思議なことを伝えることが出来たのです。
しかし、祈って天変地変や奇跡が起き、この法に逆らっている人たちには災いまで起き、そうして、この世のすべての動物たちが私のことを知りはじめている、これまで起きてきたことを考えてみれば、これだけ不思議な人生もないわけです。
そうして、よくこれだけのことが起きているな、とも思えるわけです。
これだけ不思議な人生を、私はこの五年ほどの間で体験したのです。
たった五年の間にです。
しかし、この五年間はただこの法を拡める、その一心でやってきた五年間ではありましたが、その法にすべてをかけると誓ったとたん、私の人生が劇的に変化したのです。
このようなことを考えましても、現在世界中で起きている異常現象を収めることが出来るのは、この世界の運命を変えることが出来るのは、この法だけであると確信するのです。
わずか一人の者でも、この法にかけると誓っただけで、これだけ劇的に人生が変わるのです。
そうであるなら、この法を大勢の人が学んで心を変えるなら、その人の人生が一体どれほどの劇的変化が生じるのか分からないほどです。
つまり、そのような体験をしている私であっても、この法を知って起きる奇跡は、その限度が分からないということです。(マァ、本当の神の教えとはそのようなものでしょう。神が現す奇跡は、私たち人間の思いなどはるかに超えているからです)
少し書いただけでも、これほどのことが起きています。
この教えを無視することが、どれほどの罪なのかお分かりいただけると思います。
(まして、この教えの流布のじゃまをするなど、一体どれだけの罪になるのか分からないほどです。よくやっていますね。〔どこかの会社の連中ですが〕それだけのことが起きているのにです)



人目の訪問者です。
