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5月 11 2015

天に宝を積む

11:08 AM ブログ

いよいよ今週末には大阪都構想の住民投票が行われますね。

しかし、世論調査では反対が賛成を上回っているそうではないですか。これだけ全国的に話題になっていても、それでも大阪をガラリと変えるのは難しい、いかに現状維持でよいと思っている人が多いかの証拠ですね。

こちらから見ると、大阪都構想を反対している政党のいっていることの方が、分が悪いように思うのですが(大阪市がなくなるとか、住民へのサービスが低下するとか、今のままでも改革は出来るとか、では、何でこれまでしなかったのか?とも思いますし、それに一番いけないのはまともな対案がないことです。こんなのはただの書生論でしかありません)それでも都構想を反対する人の方が多いというのですから、よほどのことがない限り現状を変えるのは難しいということです。

マァ、まだ大坂都構想の反対が決まったわけではありませんが、今のままだと苦しいですね。

あれだけ大阪では人気のある大阪市長さんが、自分の政党を率いてやっても大阪を変えるのは難しいのです。では、私一人で名古屋を変えようとしたところで変わるわけがないと普通は思うのですが、それが多くの人の意識がすでに変わっているのですから不思議なものです。(唯物無神論から唯心有神論にです)

神の力はそれだけ偉大であるということです。

名古屋も大阪都構想に対抗して、名古屋法構想というのはどうでしょう。(こちらは多少ゴロが悪いのですが)

名古屋を、法を実践している奇跡が次々に起きる神の町に変えるのです。そうしてそれを日本中に世界中に拡めるのです。元々は、その法を拡めることが私たちの第一の使命なのですから、これは自分たちの使命とも合致しています。

それをするなら、名古屋は未来永劫栄えます。これ以上よい計画はないと思うのですが、賛同者が誰も出てきそうにありません。それが残念です。(苦笑)

しかし、何のために名古屋は日本の中心にあるのでしょう。

ここで法が拡がるなら、四方八方にその法が拡がり、日本中にひいては世界中にこの法が拡がる可能性があるから、再びここで法の灯が燃え上がりつつあるのです。

だからここに光の天使が集結しているのに(だから名古屋にこれだけの奇跡が起きているのですが)その肝心の名古屋の人たちの多くが、悪魔に騙され私を悪魔のように思い込み、その法の灯を消そうとしているのですから話になりません。(今日も朝からどこかの会社やっています。法の灯を消そうと必死のようです)

光の天使たちに、気づきの現象を次々に起こされるのも仕方のない話でしょう。(それをまた全部私のせいにしています。本当に話になりません)

しかし、昨日も書きましたが、釈尊やキリストと同じ現象が起きているということは、その釈尊やキリストから指導を受けているということになるのですから、そのような者を悪魔のように思い嫌がらせをしているということは、釈尊やキリストを悪魔のように思い嫌がらせをしていることと同じなのです。

大丈夫ですか?名古屋の人たちそんなことをし続けていてです。(天上界の一番上の方々をあまりに怒らせると、死んでから行き場がなくなってしまいますよ。〔それこそ地獄しかです〕)

今の私たちの状況を例えるなら、大会社の本社から別の支社に出張に来ているようなものなのです。

そこに派遣された従業員が、そこの支社長に逆らってばかりいたら、本社の社長や重役は怒りませんか?怒りますよね。

それと同じことをしているのです。

何でお前が支社長なんだという人もいますが、支社長である証拠は、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているということで証明できると思います。

災いばかり起きている人と、奇跡ばかり起きている人なら、この世を天上界の支社と考えるなら、天の奇跡が起きている人の方が災いが起きている人よりは偉いと思います。

実際に起きていることが天地ほど違うのですから、それは認めるしかないのではないでしょうか。

釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているということは、この先、釈尊やキリストが起こされた奇跡がまだまだ起きるかもしれません。つまり仏典や聖書に書かれてある奇跡が、実際に目の前でいくつもまだこれから見られるかもしれないのです。

あまり奇跡のことばかりいっていても仕方ありませんが(奇跡を起こすことが主ではないからです。釈尊やキリストが説かれた法を、一人でも多くの人に伝えることが主であるからです)しかし、奇跡が起きないでは、その説いている法が正しいものなのかどうなのかの証明が出来ません。

だから、なにがしかの奇跡は常に起きると思います。

昨日も書きましたが、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きている者がいるのです。その者が書いているブログを読んでいて(ということは、釈尊やキリストが書いているものと同じということになります。もちろん同じ神理ではありませんが、私が書いているものが、一番釈尊やキリストが書かれたものに近いということです)たいしたこともしないでは天も怒るでしょう。(時間合わせや服の色合わせ程度では天も怒ります)

しかし、たいしたことをしていなくても、そのようなたいしたことがない行為を一部の日本の人がしただけで、日本はおろか世界にそれは拡がるということだけは分かりました。

その点は非常によかったと思います。

その点だけは天も認めてくださると思います。だから、それに協力した人たちは法の流布に協力したということになり、わずかではありますが点数になってはいるのです。

しかし、そればかりのことやったうちにはいりません。特に法に縁の深い人もたくさんいますので、その人がその程度のことしかしなければ、あの世に帰れば「お前は何をしていたのか」と叱られることになります。

もう少しやっていただけませんか?このブログで多くのことを知ったはずだからです。

このように一部の人が動いただけでも、それがあっという間に世界に拡がる時代となりました。法を世界に拡げることも、それほど難しいことではないのです。

一部の人が動いただけで、それは世界に伝わる、少なくともそれが分かったことは大きな収穫であると思います。

では、次の一歩を進めてください。そのように少しでも法に関わることを進めていくなら、今起きている異常現象も徐々に減って行くからです。

何度もいいますが、この法の流布を行わないと日本は潰れてしまうのです。今年異常なペースで台風が出来て、その台風がこんなに早く日本に向かって来ているのも、その一つの例でしょう。

日本を救えるのは法を知っている人しかできません。

しかし、その法を知っている人の中で足を引っ張っている人も多いのです。だからそうでない人は一変にとはいいませんが、少しづつでも動いてください。そうすることが日本を救うだけではなく、自分自身にも大変な徳となるからです。

何度もいいますが、それは後で知ることになります。死んだら分かるのです。法に協力したことがどれだけ天に宝を積んだことになるのかです。

それは、法に逆らっている人たちが、これだけひどい目に遭っているということでも分かるはずです。

少しの協力で大きな徳となります。この世の宝ばかり積んでいるのではなく、あの世の宝も少しは積まれてはどうでしょう。

あの世の宝の方がこの世の宝より、何十倍もの価値あるものだからです。

2コメント

2 コメント to “天に宝を積む”

  1. ウナッシー2015/05/11 at 12:38 PM

    気が付けば、最近家内の様子が変なんです。
    お休みには庭の雑草をとっているのですが、ふと聞こえてくる家内の声が
    以前と違い使う言葉が少し綺麗になってきているのです。子供の勉強などみている時など以前は、ハア?とかこんなのも分からないの?と強い語句で言っていたのが惜しいね~ここってこうじゃないの~

  2. gtskokor2015/05/11 at 1:13 PM

    それはウナッシーさんが変わられたからでしょう。ウナッシーさんの心が影響しているのです。
    奥さんもよく変わられたようでよかったですね。その調子で頑張ってください。

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