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6月 19 2015

もしかしたら…

10:44 AM ブログ

九州南部は記録的な豪雨となっているそうですね。本当に大丈夫でしょうか?

そうして、この辺りの人たちも本当に大丈夫でしょうか?九州は九州で心配なんですが、この辺りはこの辺りで心配ですね。

九州は雨が心配とすぐに分かるのですが、では、この辺りは一体何が心配なんでしょうか?

今日も朝から凄いですね。何が起きているんでしょうか?

そうしてそれはどこかの会社だけではなく、この辺りの会社の人たちが同じようなことをしています。(私が近くを通ると「ガン」とか「ゴン」とか、でかい音を立てての嫌がらせです)

この辺りの何が心配なのかといえば、こういうことをし続けていて本当に大丈夫なのか心配なのです。

近くで悪いことが起きているから、それに刺激され、特にこの辺りは敏感になっている人たちが多いんでしょうが、それにしてもねぇ、あまりに一方的です。(私はあなたたちに何もしていませんよね。〔どこかの会社にだってそうです。私は何もしていないのです〕いろいろ聞いたり起きたりするから、それでいきり立ってやっているんでしょうが、しかし、自分たちは悪いことをしていないんでしょうか?もう少し自分たちのことも考えてはいかがでしょうか)

何もしていない私に、嫌がらせばかりしていて本当に大丈夫なんでしょうか。

そのような人たちは、私のことを悪魔だと思いこんでいるんでしょうが(その悪魔に平気で嫌がらせをしてくる人たちもどうかと思いますが)もしです。(本当にもしです。仮の話です)

私が悪魔ではなかったらどうするのでしょう。

私に嫌がらせをしている人に次々に災いが起きている、祈って大雨やら台風やらを起こしている、この部分だけ見ればたしかに私は悪魔に見えるでしょう。

しかし、私を支持する人たちには奇跡も起きています。そうして水不足のところに大雨を降らせたこともあります。(ちょっと失敗して、関東に降らそうとしたものが関西に降ってしまいましたが)大洪水も引かせたことがあります。

そればかりか、鳥や魚がたくさん寄ってくるという釈尊やキリストにも起きた同じ奇跡も起きています。

そうして、その釈尊やキリストと同じ神理を説いて、多くの人の心も救っているのです。

この部分だけ見るなら、私を悪魔と思う人はいないでしょう。

部分ではなく、このようなことを総合して、そうして考えていただかねば、私が悪魔であるかどうかは分からないのではないでしょうか。

そこで先ほどの話に戻りますが、もし私が悪魔でなかったら、では一体誰なのでしょう。

誰だと思われますか?それを考えてみてください。

普通の人に嫌がらせをしたところで、これだけ多くの災いは起きないでしょう。(それでも、これだけ多くの人が嫌がらせをすれば、嫌がらせした人によくないことが起きるのは当然のことのようにも思いますが)

普通の人が大雨やら台風やら起こせるわけがありません。大洪水を引かせることも無理でしょうし、その人によいことをしたからと奇跡が起きることもないでしょう。

もちろん、釈尊やキリストと同じ奇跡が現れることもないと思います。

普通の人が多くの人の心を救うということも出来ないでしょう。

このようなことを考えるのであれば、私が普通の人でないことだけは確かなようです。

では、もし私が悪魔でなければ、これだけのことが起きている私は何者なのか?ということになります。

一体、私は何者なんでしょうか?

もし私が悪魔でなければ、これだけのことが起きているのです。悪魔以外でこれだけのことが起きるのなら、これはもう救世主以外にないということになりますが、そのような答えはおかしいのでしょうか?

これだけのことが起きて、それが悪魔の仕業でなかったのなら、あとはこんな現象が現れるのは悪魔の対極にある救世主にしか現れない現象なのであって、だから、そうであるなら私は救世主かもしれないといっているのです。(それに実際の救世主であった釈尊やキリストと同じ奇跡まで起きているのですから)

このような答えは、決して事実からかけ離れた間違った答えでもなさそうなのですが、この辺りの人はそういう見方が出来る人はまずいないのでしょうが、少し離れた地域にいる人たちはどのように思うのでしょうか?

マァ、自分で自分のことを救世主という人で、その人が救世主であったためしはありませんが(笑)この辺りは異常な状況となっています。

もう少し冷静にことを見ていただけないものかと思い、このようなことを書きました。(それに、二、三の方からそのようなことをいわれたこともありますので)

マァ、この話はいいでしょう。しかし、物事を一面的に見ていては正しいことは分かりません。いろいろな角度で総合して見て、そうして正しい判断をしていただきたいと思っています。

さて、このような話はさらりと流して話題を変えましょう。

まだ、動物の不思議の動画が残っています。

今回の動画は、動物たちが、人の言葉をよく理解しているということが分かる動画であると思います。

あのカワセミのような鳥が、私が声をかけるとすぐに川に垂直に落ちる技を披露してくれたり(それが一度だけなら偶然ということもありますが、二度もやってくれたのです。こちらのいうことが分かっているということがよく分かります)声をかけると私の方に寄って来る魚たちやら、人の言葉をよく理解していて本当にいうことを聞く動物たちばかりです。

野良猫の可愛らしい姿も映っています。(本当に野良猫とは思えないほど愛嬌があるのです。その野良猫たちはそこで初めて見た野良猫たちです…うちの飼い犬も映っていますが、これはご愛嬌ということで。〔笑〕)

愛を出すのであれば、このような奇跡が毎日のように起きることを知ってください。

ブログだけではなく、こういう動画まで公開している私は本当に悪魔なのでしょうか?

その話はもういいですね。(笑)

2コメント

2 コメント to “もしかしたら…”

  1. ウナッシー2015/06/19 at 12:34 PM

    ここのところ持ち場の仕事が薄くなり、応援に駆り出されています。経験のない仕事を終えた一日は、心にから「皆さん有難う、お陰様で」という気持ちになる経験をさせて頂いています。あと、日々色々な事がある一日の始まりと終わりの感謝できることの喜びと、感謝するそのものが心に安心感のような嬉しいという感情を経験させて頂いています。何処にいようと神の命の中で生かされているのであり、しっかりと報いる行為ができるようになりたい気持ちでいます。

  2. gtskokor2015/06/19 at 1:20 PM

    そういう気持ちは大事でしょう。
    何をしても怒っている人たちがいます。(今も烈火のごとく怒っています)
    同じ法を知った人でもずいぶん違うようです。
    さて、それだけ心がけが違うと起きてくることにどれだけ差があるのか?
    また、このブログで追い追いお知らせしていきます。

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