6月 25 2015
原因・結果の法則
しかし、呆れましたね。
何に呆れたかってどこかの会社の連中にです。昨日どこかの会社の連中が、仕事にかこつけてこれまでやってきた悪事が全部ばれたのです。それで呆れているのです。
昨日もまたこの連中、朝から烈火のごとく怒って仕事をしていました。(物を叩き付けたりしてでかい音を立ててです)次々に自分たちに現象が現れるので、それが全部私のせいということで怒っているようでした。
もう、このような態度は何年にもわたって続けられているのです。(何か起きていない時でもそういう態度を取っているのですから、変わらないといえば変わらないのですが、何か起きた時の方がやること極端です)
しかし、そのような態度は私がここでブログなど書いているから、そのパソコンの音がうるさくて、それで迷惑してやっている、自分たちは被害者である、あくまでそのような立場であったようです。(周りもそのように見ているふしがあるようです。私が加害者でどこかの会社は被害者であるとです)
ところが昨日のことです。私の家の前で若い者が(高校生か大学生くらいだと思います)二人でボール遊びを始めたのです。声を出したりボールをつく音がわりと大きく響いていました。
私はこんな音を立てたら、さぞどこかの会社の連中(何せ、その会社のすぐ近くでそんなことをしているのですから)怒るだろうな、これはまたでかい音が響くぞ、と思っていました。
そうしたらです。私の意に反し、その会社の連中うるさいどころか、静かになったのです。それまででかい音を立てていたのが、ピタリとやみ静かに仕事をしているではありませんか。
私は「ハァ?」と思いました。
「何だこの連中、音がうるさいと怒るんじゃなかったのか」
私は不思議だったのでいくつか声をかけてみました。「お前ら、こんなでかい音を立てているのに怒らないのか」「お前ら(パソコンの)カチャをうるさがっているのに、ボールの音はうるさくないのか」いろいろいいましたが、ほとんど反応しません。(いつもなら烈火のごとく怒り物を投げつけるはずなのにです)
それで分かりました。この会社になぜこれほど災いが起き始めたのかがです。
この会社の連中、私のパソコンの音がうるさくて怒っていたわけではなかったのです。単に私に嫌がらせがしたかった、それだけだったのです。
それがそのよう態度で分かったのです。
そうではないでしょうか。この会社の連中はパソコンのあんな小さな音でも気にするのです。それがボールをつく音などもっと大きいのに、その音がしてきたら怒るどころか、全然気にも留めずに静かに仕事をしだしたのです。
そうして私がどんなに冷かしても、その態度を変えませんでした。
ということは、そんなボールの音がそれほど気になるわけではないということになります。
ボールをつくような大きな音が気にならないのですから、それよりもっと小さなパソコンの音が気になるわけがありません。
大して気にならないパソコンの音を、さも気にするそぶりで、これまででかい音を立て続けてきたそのわけは、単に私に嫌がらせがしたかっただけでしょう。
何かと私が気に食わなかったからです。(マァ、ここまでくると、いろんな理由があるのでしょうが)
前から、そのような態度は見受けられました。大きな工事の音が響いていた時も、近くで家を建てていた時、その大工が立てる大きな音にも、まったく反応せず妙に静かだったのです。
それまでは静かに仕事をしているのに、そういう人たちがいなくなると、またでかい音を立て始めるのです。(ということは音など立てずとも仕事はできるということです)
だから前からおかしいと思っていたのですが、昨日の若い連中のボール遊びでそれがよく分かりました。
この会社の連中が、これまで出してきた大きな音は、単に私に嫌がらせがしたかっただけであり、大勢で一人の者を、よってたかっていじめている集団いじめだったのであり、仕事でもなんでもなかったのです。(だからでかい音は全部嫌がらせです)
仕事で、でかい音が立てられるのをいいことに、この連中がこれまでやっていたことは、その仕事にかこつけた、周りも巻き込んでの個人に対する集団嫌がらせにすぎなかったのです。
だから、この連中にこれだけ立て続けに災いが起こり始めたのです。それだけの悪いことをこの連中はもう何年も前からしていたからです。
そうして、その災いさえ利用してなお私に嫌がらせをし続けているのです。
この災いはあいつのせいと、それを全部私のせいにしてです。そうして被害者ずらして、だからこういうことをするのも仕方がないと、自分たちのやっている嫌がらせを正当化して周りから同情を買っているのです。
そうなったのは私のせいでもなんでもなく、ただ自分たちが悪かっただけなのにです。
この人たちは、五年もの間、一人の者に対し嫌がらせをし続けているのです。そうしてその嫌がらせの仕方は回りにどれだけ迷惑をかけてもお構いなしです。
そうして、そのような悪事をし続けていたため、起きて来た天罰まで嫌がらせしている者のせいにして、自分たちは被害者ずらして、未だそのような嫌がらせをし続けているのです。
これだけ悪いことをし続けている人たちもそうはいません。だから、その悪さに匹敵する天罰が起こり始めたのです。(その起きている災いがどれだけのものか私には分かりませんが、その災いと同じくらい悪いことをあなた方はしているということです)
原因・結果の法則(善因善果 悪因悪果)に間違いはありません。
自分たちに災いが起きてきた理由は自分たちにあるのです。
(今日は高橋先生が昇天された日です。そんな日に、自分たちの悪事が全部ばらされたのもまた高橋先生のお導きではないかとも思えます。反省する最後のチャンスかもしれませんね)



人目の訪問者です。

最近のメディアでのニュースでは、マタハラすなわちマタニティーハラスメントを耳にすることが多くなりました。命を授かった女性の働き方に対し会社から一方的に精神的な嫌がらせを受けた等により同志が集まり弁護団を引き連れ、訴訟を前提として記者会見を開いていた模様を報道していました。しかし、このニュースを見る限りでは「嫌がらせを受けたので訴えます」と言うだけで、このご婦人方々の授かった命をどう考えているのかが見えてこないので、考えようがありません。正しさの基準が分からないと泥沼になりそうな気がするのは私だけでしょうか。
本当にそうですね。
我ばかり出して愛がありません。これでは生まれてくる子供たちも不幸です。
働かせてもらった会社に感謝するとか、生まれてくる子供のことを考えるなら、そのエネルギーを子供への愛情に注ぐべきであり、決して争ってはならないのです。
何に対しても愛と調和、これを忘れてはいけないのです。