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6月 27 2015

国を潰(つぶ)す思想

10:30 AM ブログ

今日の中日新聞の一面が、昨日のニュースでガンガン流れていた、例の言論弾圧の記事なんですが、あれ本当の話なんでしょうか?

本当の話というより、私的な雑談での話というではないですか。何でそんな話をさも正式に発言したように新聞は書いているのでしょう。

これでは人を陥れているのと同じですね。(何か他人事ではありませんね。私もそれに近いことされていますから。〔笑〕)

いくら与党(自民党)の勉強会とはいえ、私的な雑談の話を正式に話したかのようにテレビや新聞で取り上げて、ボロカスいわれるのもかないません。

そんなことがもし事実であるなら、それは犯罪に近い行為といえるでしょう。

こういうことを平気でする報道陣がいるなら、それこそ報道規制をした方がいいのではないですか?それは正しい報道とはいえず、人を陥れているだけだからです。

マァ、これからは正しい報道をしなければ、その正しくない報道をしているところにも災いが起きてきます。もう少し慎重な報道を心がけていただきたいものです。それがご自分の為でもあるからです。

しかし、報道の自由だの、言論の自由だの、出版の自由だの、何でもかんでも自由、自由といいますが(さも自由が正しいことのようにいいますが)この前のあの元少年Aが出した本、あれなどもやはり出版の自由の範囲内なのでしょうか?

あれも出版の自由の範囲内というなら、被害者遺族のお気持ちはどうなるのでしょう。

私は、その出版の自由よりも、もっと勝るのが被害者遺族のお気持ちであると思うからです。(というより、被害者遺族のお気持ちを一としないといけいないでしょう。それが当たり前のことだと思いますが)

その被害者遺族が出版の差し止めを求めていられるのです。

それなのに、出版社はそれを無視しているのです。こういう自由がまかり通っていてよいのでしょうか?(いけないと思いますよ。こういうことを平気でやっているから災いが起きるのです。そのような行為は間違いであるという気づきの現象です)

先ほどの人を陥れているような記事といい、このような被害者遺族のお気持ちを無視した金儲け第一の出版といい、だからある程度の規制は必要なのではないでしょうか。

何でも自由というほど怖いものはないのです。(そんなことをいっていたら、イスラム国がやっている、人を殺傷するようなテロまで自由という人が出てきかねません。何でも自由というのではなく「ある程度の規制は何でも必要である」といわないといけないのです。極端な発想を持つ人は必ず出てくるからです)

しかし、人を陥れるような記事はともかく、あの「沖縄の新聞は潰さないといけない」といわれたことは本当のようですが(もちろん雑談の中ででしょうが)沖縄の新聞が左翼思想丸出しの新聞なら(私は読んだことがないので分かりませんが、仮にそうだと仮定してです)それは潰した方がいいでしょう。

左翼思想が沖縄に蔓延するなら、それこそ沖縄が潰れるかもしれないからです。

左翼思想(共産思想)の危なさは、これまでにこのブログにくどいほど書いてきましたので(共産思想は国を滅ぼすとです)あえてここでは書きませんが、そのような国が潰れるような思想は持たない方がよいでしょう。

そのような思想は国を潰すだけではなく(当たり前の話ですが)自分自身も潰してしまうからです。

あまりに神の心から離れた思想であるからです。

しかし、その神の心から離れた危ない思想を、なんとアメリカ全体が持ってしまうとは思いませんでした。なんとアメリカは危ないことをしているのでしょう。これではアメリカもいつ潰れるか分かったものではありません。

本当にアメリカは危ない思想と行いをしてしまったものです。その危ない思想と行いとは、あの同性婚の解禁のことです。

あれはまずいでしょう。この前、どこやらの国も同性婚を認めたようなニュースが流れていましたが(どこだったか忘れましたが)アメリカがそれを認めたとなると、世界に及ぶす影響が違います。

アメリカが先に立って間違ったことをしてしまったとなれば、それは天も黙っていないでしょう。これからのアメリカは何が起きるか分かりません。日本以上に怖いですね。(恐)

アメリカの人たちは、ソドムとゴモラの町の話を知らないのでしょうか?キリストが同性婚はよいなどといわれているのでしょうか?

アメリカは聖書を読んでいる人が多いはずなのに、何でこんなことを認めたのでしょう。先ほどの話ではありませんが、これが自由(と平等)の怖さなのです。

何でもかんでも自由という話になると、このような、そういうことを行えば国が滅びると昔の書物に遺されていても、偉大な方がそんなことを認めていなくても、それを無視して、このような間違ったことをしてしまうのです。

だから規制は必ず必要なのであり、昔の書物に学ぶ(歴史に学ぶ)ということも必要なのです。

今の流行りの思想に(単に、いま盛んにいわれるようになったというだけで)簡単に乗っかることが、どれだけ危ないことかお分かりいただけると思います。

私たちは、昔から遺る偉人の言葉、そうして歴史に学ぶということを忘れてはならないのです。

2コメント

2 コメント to “国を潰(つぶ)す思想”

  1. ウナッシー2015/06/27 at 10:14 PM

    この前、会社で後輩から声を掛けられた時に、私の心はざわめき始めたのです。
    自分の心で何かいけない思いでも持ったのかな?と考えた時に心の中から「相手の祝福をするのだ」という思いが湧いてきました。
    これはきっと自分の思いの違いではなく、相手からもらったマイナスの思いなのかな?と思いました。その日の反省で後輩の祝福を致しました。
    振り返ると自分はいつも、悪いだの間違っているだのと自責の念にとらわれていたことを思い出しました。この世は色々な人との関わりの中で過ごすのであり、その全てを自分の事とするのは見当違いであったと振り返るのでありました。

  2. gtskokor2015/06/27 at 10:57 PM

    そうですね。そのような自虐的な考えもいけません。
    正しく反省するということも大事なことでしょう。

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