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6月 29 2015

していることの罪深さ

11:06 AM ブログ

ニュースで流れていましたが、あの台湾の火災事故は凄かったですね。

地獄のようだったといっている人もいるようですが、まさに火炎地獄とは、あのようなものなのではないでしょうか。

放火犯や焼身自殺などした人が、火炎地獄に堕ちるそうですが(だから焼身自殺などした人は、死んでもまだ体が炎に包まれているということです。どれほどの苦しみでしょうか。本当に地獄に堕ちるということは恐ろしいことなのです)こちらも深い地獄に堕ちて行かないといけないような人がたくさんいます。

早く心変わりをされてはどうでしょう。

どこかの会社も、この暑いのに窓を閉め切って仕事をしています。(熱中症になる人がいるのではないかと心配です。だってそれも私のせいになるからです)

しかし、やることは同じようなことをしています。同じことをしているから同じ現象が現れるのです。何でこんな分かりやすいことが分からないのでしょう。本当に不思議です。

この人たちは、やたらこのパソコンの音に感情的になり、でかい音を立ててじゃまをし続けているのですが、このパソコンでブログを書くことで、そのブログを読んだ多くの人が救われているのです。(法を発信し続けているのですから当然そうなります)

ということは、私がこの場所でパソコンをうてばうつだけ、多くの人が救われていくのですから、そのじゃまをしているということは、多くの人を救うことのじゃまをしているということになりますので、その罪は大きいということになります。

その大きな罪を毎日のように積み重ねてきているのです。

そうであるなら、この人たちの罪は、どれほど大きなものとなっているのか分からないということになります。

だから、それに見合った災い(つぐない)が現れてきているのです。

毎日のように災いが起きているようですが、あなたたちが毎日のように行っている罪に比べれば、まだそのつぐないは少ないといえるでしょう。(だから、死後地獄に堕ちるのです。その罪のつぐないの足らない分を地獄で清算するからです。先ほども書きましたが苦しい場所ですよ。地獄は)

あなたたちがじゃまさえしなければ、私はもっと多くの人を救うことが出来ます。

自分たちが、していることの罪の大きさを少しは自覚されてはどうでしょう。あなたたちは多くの人が救われていくのをじゃまし続けているのです。(この人たちは単に私に嫌がらせをしているだけだと思っているようです。その程度のことで、そんな恐ろしいことが起きてくるわけがないでしょう。しかしこれは、私に嫌がらせをしている人、全員にいえることですけどね。だから恐ろしい災いが起きるのです。それだけしていることが罪深いことだからです)

これだけ毎日、人の心を救い続けている私に布施をされるどころか、嫌がらせをしたり、無視したりしているというのですから、本当に日本の人たちはやっていることがデタラメですね。(だからこれほどの現象を現されるのです。そう考えると、やっていることみな大して変わりません。〔苦笑〕)

それにしても日本の人たちは、他国の人たちのように独裁者に支配され、極端な差別を受けているわけでもなければ、考えられないくらいの貧困な生活をしているわけでもないのです。

ずいぶん(そのような国の人たちから見れば)恵まれた生活をしている人が多いはずなのに、そのように恵まれてしまうと、今度は、神に顔さえ向けようとせず人の意見に耳を傾けようともしません。

人は、困れば困るほど神に頼り、恵まれれば恵まれるほど神から遠のいて行くものなのでしょうか?

どちらにしても極端です。苦しいからと、何でもかんでも神に救いを求めるのもいけなければ(それは自力ではないからです)生活が恵まれているからと、神を少しも思わないのもいけない。

人の本当の幸せは中道にあるからです。神を思うのも中道でなければいけないのです。(神は中道という法秩序の中に住まわれているからです)

しかし、そのような貧困で戦争ばかりしている国から見れば日本の人たちは恵まれているのです。

今日食べる物さえおぼつかず、いつ鉄砲の弾が飛んでくるかもしれない、そんな戦場のような場所で穏やかな神の心を悟ることが出来るでしょうか?

この恵まれた場所日本で神の心を悟らなければ、これ以上の悟れる場所はないのです。

そのような恵まれた場所で、神の心を知ろうともせず、自分のことばかりやっていてよいのでしょうか。

このブログを毎日読んでいる人は、それだけ毎日心が救われているのです。

自分が救われるだけでそれでよいのですか?世界には救われていない人がたくさんいるというのにです。

嫌がらせをする人ばかりでなく、ただこのブログを読んでいるだけで私のいうことを少しも聞こうとしない人たちも、もう少しその罪の深さを自覚してください。(この教えが世界に拡がれば世界の人が救われるからです)

そのように、これ以上ないという恵まれた環境で、法を知ったにもかかわらず何もしようとしない、またはじゃまをするというその罪は、本当に深く大きいといわざるをえないのです。

(何度もいいますが、このブログを書くのをじゃましている人たちや私に嫌がらせをしている人たちは、例えば、川に流されそうになっている多くの人たちを、私が助けようとしているのにそれをじゃましている、それと同じことをしているのです。〔無視している人たちは傍観者です〕それは罪にはならないのでしょうか?そのような行為は罪になります。だから、その罪のつぐない〔災い〕を受けているのです。では、その人助けをしている私に協力したらどうでしょうか?当然、それは自分の徳となります。だから私に協力してくださいといっているのです。法を説いているということは、それは即ち人助けをしているということなのです。人助けをしているなら、協力するのは人として当たり前のことなのではないでしょうか。その当たり前のことさえしようとしない人が多いから、日本はこのような災いが次々に起きているのです)

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