7月 11 2015
天に従う
昨日はブログを書かなかったのですが、なぜ、書かなかったのか?
そのようにいわれたからです。今日はやめておいた方がいいとです。
そういう思いが朝からやたら上がってきます。どこかの会社の連中が来たので、そちらの様子をうかがうと案の定、朝から烈火のごとく怒っているようです。(すでにでかい音も立てていましたから)
「ほんと、天のいう通りだな」と思い、早々にブログを書くのを諦めて家を出ました。
どこかの会社の連中も完全に肩透かしをくったようで、切れようにも切れられなかったみたいです。(私が切れる前に家を出て行ってしまったからです。中途半端に出て行くまでなんか嫌がらせをやっていましたが〔笑〕)
そうして今日です。
昨日あれだけ朝から怒っていたのです。一日くらいいなかったところで、何も変わらないだろうと皆さん思われるでしょうが、これが天に従うということなのです。(素直に、その直感に従うと必ずよい方に行くということです。本当に素直さって大事ですね…決して皮肉ではありません。〔笑〕)
どこかの会社、今日は昨日と打って変わって静かなのです。
最初休みかと思いました。こちら側の窓を全部閉めきっていたからです。そうしたらやっているようです。ガンガンやっている音が遠くから聞こえてくるのです。(かなり小さいんですが。〔苦笑〕)
昨日一日でずいぶん恐ろしいことが起きたようです。(一日でこの態度の変わりようです。よほどのことが起きているのでしょう)
それでもまだやっているのです。哀れを通り越し、これほど神に対し、不遜な人々もいません。(神の子の人間とは思えませんね)
もう滅ばされるしかないでしょう。(このままではです)
悪いことはいいません。即刻反省されることです。それほどの神の業が現れているのです。自分たちの不遜な態度を反省する以外、助かる道はないからです。
しかし、自分たちがどれだけ危ない状況であっても、多分この人たちはその自分たちの危なさに気づかないでしょう。
なぜなら、きっと周りも同じような態度をとっているからです。周りにも、この人たちがどれだけ危ない状況にいるのか、それが分かる人がいないと思うからです。(周りも一緒になって「あいつが悪い」と私の悪口をいっているだけだと思うからです)
それだとこの人たちは、最後の一人まで神の業が現れないと気づかない、つまり、滅ぼされないと分からないということになります。
もう少し謙虚になり、私の言葉に耳を傾けたらどうでしょう。私の言葉は神の言葉であるからです。
そのような神の心を伝えているから(その言葉が間違っていないから)奇跡が起きているのです。
昨日もそうでした。出かけて行ったところでまた奇跡が起きたのです。
またそのことはゆっくり書きますが、私以外の人で、これほどの奇跡が起きている人は一人もいないのです。
どれだけいい学校を出ている頭のいい人でも、また、どれだけたくさんの体験をしているお年寄りでも、私のような奇跡が起きている人はいないのです。
ということは、その人たちは、その考えのどこかに間違いがあるということです。
間違いがあるから奇跡が起きないのです。それだけ心が汚れているから奇跡が起きないのです。
そんな心の汚れている、間違っている人の言葉を信じていて幸せになれるでしょうか?
よく考えてみてください。そのような人たちは口だけなのです。しかし、私は口だけではありません。今でも奇跡が起き続けているのです。これ以上の正しいという証拠はないのではないでしょうか。
現在に至るも、釈尊やキリストと同じ奇跡が起き続けているというのですから。(釈尊やキリストは、他の人よりも心がきれいで、いわれていることに間違いがなかったから神の奇跡が起き続けたのです)
何度もいいますが、私は口だけではありません。正しいという証明である奇跡が起き続けているのです。(何の奇跡も起きていない人たちが、このブログを書くのを一生懸命じゃましています。〔この周りは、あの会社だけではありません。そのような人が多いのです〕あなたたちは何の奇跡も起きていないのです。〔ということは口だけということです〕やっていて恥ずかしくありませんか?このブログを書くことで多くの人の心が救われるというのにです。自分たちの方が間違っているという現象も現れ続けているのにです。〔そのせいで災いもよく現れています。それを全部、私のせいにしているのです〕)
災いが起き続けているということは、間違ったことをし続けている証拠なのです。
私は神の言葉を伝えています。いつまで私の言葉を無視されるのですか?
(また、こんなブログになってしまいましたが、とにかく私の周りはいろいろ起きるのです。〔なにせ、神の業が現れまくっていますから〕そういう周りの人たちをほっとくわけにもいかず、どうしてもそちらが優先になってしまいますが、これも生みの苦しみで仕方がないことでしょう。みな、本当の神を知らないからです。とにかく法を知って実践すればするだけ神の業が現れてきます。これほどのよい〔心にですが〕勉強もないのではないでしょうか)
追伸…あの新国立競技場、聞けば聞くほどもの凄いですね。(最近毎日あのニュースです)
それはみなさん心配でしょう。あのままでは巨大な負の遺産を残すことは目に見えているからです。(それは私も同じですが)
だから、オリンピックなどしなければよかったのにと思いますが(私は前にオリンピックに否定的なブログを書いています)今さらそれをいっても仕方ないでしょう。
他国でも、そのような話はよく聞きます。(そのような豪華なスポーツ施設ばかりに金を使い国民のことを考えていないとです)
国の威信やら工期が間に合わないやらいう前に、国民のためになるかならないか、それを第一に考えるべきではないでしょうか。(たしか安保法案はそれが一番の目的ですもんね)
国民のことを一とする、その発想で話し合われたらどうでしょう。そうすれば天も味方してくれると思うからです。



人目の訪問者です。

今朝方に嬉しい⁉事が有りました。夢です、例え夢とはいっても辛く悲しくて怖い、そんな夢より美しく優雅で誇らしい夢の方が気持ちが良いものです。
どんな夢だったのか、それは大きく見たこともない可憐な花のようなものがついた大きな木。その木と言えば自然な樹型を見事に育んだ木。その木を自宅の庭に2本、庭師が運んで植えていたのです。夢の中とはいえ私は四方から景観を見て「さすがにプロ、どこから見ても良い眺め」とうなずいていました。夢占いですと、木は花や実のりの豊かさは繁栄の象徴とされています。さて、真意は定かでは有りませんが、この心地良さを感謝に変えて一日を過ごそうと思います。
それはまた縁起のよい夢を観られたものです。
多分、吉兆でしょう。これからウナッシーさんはドンドン繁栄されるのかもしれませんね。
法を勉強しているのですから、そうなるのが当たり前なんですけどね。(笑)