>>ブログトップへ

8月 05 2015

自業自得の本当の意味

11:13 AM ブログ

予想通り誰からもコメントをいただけません。では、昨日書いたことは正しいのでしょう。

このブログを読み、ずいぶん昨日は怒っているようでしたが、今日はあまり元気がありません。(この暑いのにこちら側の窓は閉めっぱなしですし)また昨日何か起きたようです。(あんな態度を取るからです)

悪いことをしているのはあなたたちの方なのです。起きている現象でそれは分かります。外面よりも、そのような起きている現象こそ正しいことを物語っているからです。

釈尊は、人一人殺している人よりも、実際には人を殺してはいないが心の中で大勢の人を殺している人の方が(はるかに)悪い人であるといわれているのです。

心に思うことだけでも悪いことを思えば、どれだけ大きな悪となるのか、それをもっと自覚すべきなのです。

なぜ、心で思うだけでもいけないのか?

それは、心で思うということは、それを行うということの前提に立っているからです。

そのあとそれをしようがしまいが、それをしようとしたことには変わりありません。それが悪いことであるなら、その悪いことを計画しているのですから、それは悪いことをしたのと同じことになるのです。(それはこの世でも同じですよね。例えば、銀行強盗など計画して、その計画がばれただけでも捕まります。それと同じです)

だから、表面上はいつもニコニコ笑っていたとしても、心の中では「あいつはうっとうしいから病気になればいい」とか「死ねばいい」とか常に思っている人がいたとしたら、その人はこの世では善人といわれますが、実際はどれだけ悪人か分からないということです。

そのような思いは、多くの人を殺し、病気にしたのと同じことだからです。

そのような人は死ねば深い地獄に堕ちるのです。

そのような人でもそうなのです。まして、態度からして怒りまくり、心の中では「あいつは死ねばいい」とか「病気にでもなればいいのに」とか思いながら、物を叩き付けでかい音を立てながら、やけくそのような仕事をし続けている人たちがいたとしたら、そのような人たちは、たとえ悪いことをしなくても実際は大悪人ということになります。(それだけ物を叩き付けてでかい音を立てていたら、周りは大迷惑しますし、お客さんにも傷物を売っているということになります。〔叩き付けた物を売るのですから〕それだけでも十分悪いことをしているとは思いますけどね)

では、そのような人たちに天罰が下っても何も不思議ではないように思いますが、そこはどうなんでしょうか?

このような大悪人に、みな同情しているようですが、しかし、実際はこのような人たちはずいぶん悪いことをしているのです。(心の中だけでもそうですし、実際に周りに迷惑をかけ続け、お客さんには不良品を売っているブラック企業なのです)

悪いことが起きる人たちは、必ず悪いことをしているのです。まして、考えられないような悪いことが起きているのであれば、その人たちは相当の悪者であるということです。

それは確かなことであり、それが実際に行いに出るのか出ないのかは分かりませんが、その心を観るなら、このようなことが起きたのは自業自得であるとすぐに分かるのです。(そのような人たちの心が観られるなら、それはそれはひどい心をしているからです)

だから裁かれているのです。(この裁くということを勘違いしている人がいますが、これは何も神が裁くわけでも、まして人が裁くわけでもありません。このような人たちは自分〔の良心〕で自分を裁くのです。つまり、自分の良心が自分の行いの悪さに耐えきれなくなり、そうして病気などの現象を現すのであり、決して、人や神がそれをするのではないということです。だから自業自得であるといっているのです。心の世界を知るなら、自分に起きてくることはすべて自分の問題であると分かるのです)

自分たちに起きてきた悪いことを人のせいにしていることが、いかに愚かなことかお分かりいただけるのではないでしょうか。

人も神も関係ないのです。自分のやっている悪事が自分を滅ぼすからです。

その悪事を今日も朝から一生懸命やり続けています。そうして起きてきた悪いことを私のせいにいくらしたところで、それはお門違い以外の何ものでもありません。

悪いことをやめたらどうでしょう。そうしたら、その悪いことは起きなくなるからです。

(そのような悪い人たちはともかく、多くの人たちの心がもし観られるなら、私のことをずいぶん怒っている人もいますが〔私が人を病気にしているとです〕私以上の凄いことをやっている人も案外多いのではないでしょうか。〔心の中では人を殺しまくったり、物を取りまくったり、あるいは、きれいな女性に手を出しまくったりしている人も多いのではないですか?〕それも心の世界では犯罪なのです。では、私以上の悪い人はいくらでもいるのではないでしょうか?〔というか私は悪いことをしていないんですが…〕それどころか、私に怒ることが出来る人が果たしてどれくらいいるのでしょう。キリストも、心の中で姦淫を行った者は実際にそれを行ったのと同じである、といわれています。外見だけの行いよりも、その人の心をもっとよく観ることです。そうしなければ、その人が本当の善人なのか悪人なのかは分からないからです)

追伸…また、自民党の議員のツイッターか何かが問題になっているようですが、それほど問題になるようなことでしょうか?(本当に言論封殺が好きですね)

現に、あの学生のデモなど日本の国内事情をいっているだけで、日本の周辺事態のことなど一言もいわないのです。逆にあのような団体に一言いうのもまた国会議員の仕事なのではないですか?

それにあのようなデモに反対している人たちもいるのです。(とりあえず私はそうです)そのような声を伝えるのもまた国会議員の役目であると思うし、それが少数意見にせよ、いつもはその少数意見も大事にしないといけないといっている人たちが、今回は多くの国民の意見を聞けですか。(それに言論の自由を守れともいっているのに言論封殺ですか〔笑〕)

ずいぶんいうことが場面場面で変わるのですね。(笑)

民衆迎合ばかりの国会議員では、それこそ日本も終わってしまいます。少数意見を伝える政治家も必要であると思います。(私はその少数意見の方ですし)

それに、これまでのようにアメリカの笠の下で安穏としていられる時代も終わりつつあるのです。そういう現実はもっと知らないといけないのではないですか?(なんで、そういう現実は認めようとしないのでしょう)

憲法を守っているだけでは日本は守れません。逆にそのことをあのような学生たちに教えないといけないのではないでしょうか。(それなのにマスコミの皆さんから学者の皆さんまで、その学生たちと同じ意見です。あまりに現実無視なのではないでしょうか)

中国の脅威論は煽っているわけではなく、実際にあるのです。(北朝鮮の核問題もです)国内の事情をまったく無視しろとはいいませんが、その国内事情と同じくらい、周辺事態の事情も議論されるべきではないでしょうか。(あまりにいっていることが偏っていると思います)

2コメント

2 コメント to “自業自得の本当の意味”

  1. ウナッシー2015/08/06 at 7:42 AM

    今日も私は命を頂いたのである。この感謝に応えるべく、今の私にできることを精一杯やりきるよう努めて参ります。いつも神に感謝の心を抱きながら努めて参ります。

  2. gtskokor2015/08/06 at 9:06 AM

    頑張ってください。

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。