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8月 14 2015

集中より分配

10:52 AM ブログ

中国の天津市で大爆発が起きたようですね。(危険化学物質の倉庫だそうですが)

もの凄い爆発でしたが、日本も世が世なら大爆発を起こしていても不思議ではありませんね。大会社ばかりがこれだけ儲けていてはです。(昔なら、そんな儲け過ぎの会社は悪徳商人、強欲商人などといわれ暴動とか一揆とかが起きていたでしょう)

別に儲けることは悪いことではありませんが、儲け過ぎはまずいでしょう。(そこも中道です)儲け過ぎているということは、どこかにそのしわ寄せがいっているということになります。

そのしわ寄せ分を大会社が儲けているに過ぎないからです。

会社が儲けるには売り先(お客さん)か、仕入先(下請け企業)か、従業員のどこかに負担をかけないと儲けることは出来ません。

では、どこに負担をかけているのでしょうか?

負担ではなく、今は企業努力といううまい言葉がありますが、いいものをつくったのだから高く売ってもいいとは必ずしもいえないでしょう。いいものを普通の価格で売ってもらえるならお客さんは助かるからです。

いいものを高く売るなら、それはお客さんからよけいな利益を取っているのです。

企業努力で無駄をなくし、それで利益を上げているというのであれば、それはその分従業員に何らかの負担はかかっているはずです。

では、その従業員への負担分を会社が儲けていることになるし、下請け企業の仕入れ値を下げるというのでは、もちろん下請けから利益を取っているということになります。

結局、会社がよけいに儲けるには、どこかの利益(売り先か仕入先か従業員)を会社がよけいに取っているだけなのですから、その利益の多少の還元は必要ではないかと私はいっているのです。

現在は利益を上げる会社がよい会社のようにいわれます。たしかに赤字を出しているようでは話になりませんが、利益を上げすぎている会社はどうなんでしょう。(何度もいいますが、そんな会社には昔なら暴動が起きました)

例えば現在の日本など、地方と大都市の経済格差がドンドン広がっているといわれているのです。(だから地方で、赤字を出している会社はたくさんあるということです)

そんな時でも、過去の最高益を更新するだの何だのいわれている会社は、凄いといわれるのですが、たしかに、その会社に関連する企業が皆黒字であるなら、その会社は凄いと思いますが、自分たちのグループ企業だけではなく、その下請けはどうなんでしょう。

またその下請けの下請けはどうなんでしょう。

その下の下の下の下請けまで利益を上げているというのなら、その会社は凄いということになりますが、自分たちのグループ企業だけは凄い利益であるが、その下請けからは利益がガクンと落ちるとか、下請けの下請けになると、もう赤字であるとかなっているのなら、その会社は凄いとはいわないでしょう。

それは強欲というのです。(先ほどもいいましたが、そのような会社は多くの下請け会社から余分な利益を取っているに過ぎないからです)

もちろんこれは例え話ですが、大会社は人件費やら研究費やらたくさんの経費がかかりますので、儲けてもらわねばいけないでしょう。しかし、そこも中道であり、儲けすぎているのであれば(その基準が難しいのですが)その儲け過ぎているお金は、やはり分配するべきなのです。

よいものをつくったから高く売ってもよい、高い給料を払っているのだからよく働いてもらうのが当たり前、たくさん仕事を出しているのだから安くするのが当たり前、ではなく、せめてそのような企業努力で必要以上に儲けた時は、そのような縁ある人たちに儲けすぎたお金を分配する、還元する、そのような愛の心を忘れてはならないのです。

特に大企業になればなるほど、それだけ多くの人のお世話になっているのです。(いろいろな人が協力してくれたから、それだけの大企業になれたのですから)

では、そうしてくれたお客様、従業員、仕入れ企業に会社側が感謝するのは、それこそ当たり前なのではないでしょうか。その人たちのお蔭で、それだけ大きな企業になれたからです。

その感謝の心があまりに足らないのではないでしょうか。

大会社になればなるだけ傲慢になり、王様のように振る舞う(マァ、お客さんに対しては別でしょうが)それでは子供と変わりません。(現に私は、ある大会社の下請けが次々に潰れたという話を聞いたことがあります。その会社の仕事があまりに安かったからです。誤解のないようにいっておきますが、その大会社とはこの辺りの会社ではありません)

大会社になればなるほど、謙虚さと愛が必要なのではないでしょうか。そのような大会社になるまでに、どれだけ多くの愛を、その大会社の人たちは多くの人たちからもらっているか分からないからです。

だから、当然そのお返しは必要であるのです。

どちらにしても、あまりに儲けすぎているところはいらぬ恨みを買い、最後には滅びてしまいます。(驕る平家は久しからずです)

大会社がもう少し愛を出されてはどうでしょう。そうすれば、これだけ格差がつくこともなく、その愛がまた自らを助けることもあるからです。

集中より分配、これが神の心なのです。

(そのような愛も偏った愛ではいけません。〔お客様だけとか、従業員だけとかです〕そのような偏った愛は本当の愛とはいえないからです。本当の愛は公平であるからです。誰に対しても同じように愛を出さないといけないのです。〔だから当然、下請けにも愛を出さないといけないということです〕)

追伸…いよいよ本日安倍総理が七十年談話を出されますが、元総理が韓国でバカなことをしています。(間違いで総理になった人は本当に何をするか分かりません。恥さらし以外の何ものでもありませんね)

元総理があれだけ他国でバカなことをしているのです。

せめて現総理は世界に笑われないよう、しっかりした談話を出していただきたいと、切に願います。

2コメント

2 コメント to “集中より分配”

  1. ウナッシー2015/08/15 at 8:43 AM

    外に出掛けていると色々な方にお世話になるものですね。車に乗りガソリンの補給が必要となればガソリンスタンドの店員さん、観光地で見学すればガイドさん、お土産屋や食事処とか途中立ち寄るコンビニの店員さん等、様々な方々にお世話になるものです。ましてや観光地となるとリピーターを呼び込むため地域一帯が連携しているかのような錯覚さえする位に丁寧な対応をしてくれます。接客業は印象が第一で、その場の雰囲気が決まるものと思いました。いわゆるサービスに対し支払うコストが見合っているのか、しかしそんな観点で物事を測るとなんだか何をしても何を見ても楽しめないものと思います。何気に耳にする言葉が、例えば食事中に、見た目より美味しくないだとか料理遅くない?とか言っている。観光地を行くと、こんにちはとかいらっしゃいと言って声掛けをしてくれるのに反応しない人。全ての働く方は糧を得るために身を尽くしているのでありそれを得るために頭を下げて、一方働いて得た糧を使い観光をするお客さん達が行き交う観光地。そんな事を思って振り返ると、袖触れ合うのも何かの縁と言いますが、出会う方がに対しお疲れ様です有り難うという気持ちになっている自分に気が付きました。お金を払うから、して当たり前、やってもらって当たり前等とは道理にかなわんと思う。受ける側もする側もまず感謝がなければ楽しめないと、改めて勉強になりました。

  2. gtskokor2015/08/15 at 11:34 AM

    法を知っている人は、知らない人とすれ違う時でも、少し頭を下げながら行くくらいの謙虚な気持ちは必要でしょう。
    何に対しても感謝や謙虚な気持ちは大事なことでしょうね。(そういう心がない人、本当に多いですね)

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