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9月 27 2015

神に対する無知さ

11:09 AM ブログ

あの会社、本当にやばそうです。

昨日は午後の三時ごろ家を出て、夕方に帰って来たんですが連中の怒りようは尋常じゃなかったですね。(烈火のごとく怒っていました)午前中にも何か起き、それからまた何か起きたんでしょうか?もう恐ろしい現象が止まらなくなっているようです。

それに運転手連中も明らかに変です。

ブシュブシュもずいぶん減りました。近くを通るトラックは意地でやって行きますが、顔を見るとみな引きつっています。前のようにヘラヘラ笑ってやって行く人など一人もいません。

それにずいぶんブシュブシュに元気がありません。こちらの会社の連中も嫌がらせを未だ続けていますが、あまりに元気がないのです。

これだけやっていることが似ているのです。同じようなことが起きているのではないですか?

だとしたら、かなり危ない状況なのですが(分かりませんか?この危ない状況が)もし、同じようなことが起きているのであれば(残念ではありますが)私に詫びを入れないと、その現象は収まりません。意地を張らず心から詫びられたらどうでしょう。悪いのは皆さん方であるからです。

認めたくはないのでしょうが、一方的に嫌がらせをし続けたのは皆さん方の方なのです。

この事実は変わりません。少なくとも詫びを入れるのは当然のことなのではないでしょうか。どう考えても一方的な嫌がらせはしている方が悪いからです。

それは近所の人たちも同じなんでしょうが、もうその天罰は(どう考えても天罰です。悪いのはそちらの方なんですから)あちこちで起き出したようです。

どうですか?自分に起きる前に反省され、この辺りで何が起きているのか正直に公表されたら。

その起きていることを皆さんが公表されたら(今はもうネットがあるのですから何人かの人が公表したら、その噂は一変に拡がります)この名古屋は多くの人に注目されるでしょう。

日本は東京一極集中だけではなく、大阪の都構想だけではなく、名古屋にもこれだけのことが起きているとです。

あまり、こういう現象を話題にするのはよくないのかもしれませんが、誰か何か始めないと、このままでは名古屋のより多くの人に神の業が現れることになると思うからです。

結局、今のままだとどれだけ神の業が現れても、それでも誰も詫びを入れようとしない、そういう状況が続くと思うからです。

あまりに神の心から遠い人ばかりであるため(それは即ち我が強い人ばかりであるため)神の業がどれだけ多くの人に現れても(天罰)それを神の業と認めようとしないのです。

何度も書いていますが、それを天罰と認めてしまうと自分が悪いと認めないといけないからです。

神の心から遠ければ遠いほど我は強くなります。それに唯物無神論の影響で多くの人は神や天罰を認めていません。(そんなものはないと思っています)

だから、よけい頑なになるのです。(ないものなど認められるか、とです)

神や天罰を認めないため、たった一人の者がそれを行っていると勘違いしているのです。

ここまで来ると(現象が身近に次々に現れている人たちなど)もう自分が悪いと分かっていても、今さら謝ることなど出来るかと、ただ意地になっているだけかもしれませんが、それがどれだけ危ない行為か、神の心から遠い人ばかりなので、その危なさが分からないのです。

昔のように神の心に近い人たちが多いのなら、もう多くの人がとっくに私に詫びを入れに来たでしょう。神の恐ろしさを知っているからです。

しかし、現代の人たちは神を認めないのですから神の恐ろしさを知るわけがありません。だから不幸がより大きくなるのです。神を恐れないからです。(だから神の業もそれほど恐れないのです。本当に神の恐ろしさが分かっているのなら今ごろ名古屋は大パニックです)

では今現在、名古屋に何が起きているのか、それを公にした方がよいのです。

その方が多くの人に神の恐ろしさが理解できるからです。

また、その神の恐ろしさを多くの人が理解出来なければ(そんな傲慢な人たちばかりでは)結局日本は潰されるのです。(もうそれが嘘ではないと、このブログを前から読んでいる人たちは理解出来るはずです)

だから最近は、わざと怖い内容のブログばかり書いているのですが(最近多いですよね。怖い内容のブログが)それでもまだ神の恐ろしさが理解出来ないようです。

周りの人たちの態度があまり変わらないからです。(他の地域の人たちもこの辺りの人たちもです。この辺りの人たちは多少は変わりましたかね。多少嫌がらせが減りましたから。〔苦笑〕)

しかし、この程度ではダメなのです。現にこの辺りの災いは止まるどころか増えているからです。

私一人ではもうどうしようもないのです。この辺りの天罰はこれでは止まらないからです。多くの人がもっと大きく心を変えないと止められないのです。

私なりには手を尽くしているつもりですが(ブログだけではなく辻説法でも「癌になっても知らないぞ」と脅しを入れたり、ひどい嫌がらせをして来た人を徹底的に祈ったりしているんですが…)それでも多くの人は心を変えようとしないのです。

もう私一人が何をやっても、状況を変えることは(多くの人の心を変えることは)出来ないのです。

そうであるなら、少々非常識なことでもやらないといけないでしょう。何でもしないと、神の業を止めることは出来ないからです。

だから、この辺りで起きていることをネットで拡げたらどうですか?といっているのです。

あるいはそういうことが拡がれば、反省する人も出てくるかもしれないからです。(神の業をよく知って、それに恐れおののいてです)

現代の多くの人はあまりに神をなめているのです。(神が理解できないため、知らず知らずのうちにそのような行為をしてしまっているのですが)

どれだけ悪いことが起きても責任転嫁して反省しようとしません。(この辺りの人たちはそれプラス反逆まで入っています。私への嫌がらせの行為です)それではどれだけ恐ろしい現象が現されても仕方ないでしょう。

あまりに神に対し無知であるからです。

今のような行為はいけないのです。自分たちに悪いことが起きたら、まず自分たちが反省しないといけないのです。しかしいつまでたっても誰も反省しようとしません。

特にこの辺りは猶予がありません。誰がいつ不治の病を発症してもおかしくはないのです。(それだけの罪をすでに負っているということです。どれだけ多くの人が私に対し嫌がらせをしたでしょう)

私は皆さんを不幸にするためにいるのではなく、救うためにいるのです。

私が、このブログを書くのは多くの人を救うために書いているのです。現にこのブログを読んで多くの人の心は救われたはずです。

それに、私がこのブログを書いていなかった時の天変地変は今より凄かったのではないですか?(一変に天気は悪くなる、関東、東北豪雨は起こる、地震は多発する、火山の噴火は起こるとです)

では、私がこのブログを書かなくなったら日本はどうなると思いますか?

私がこのブログを書いているから(法の流布を行っているから)日本はこの程度で済んでいるのです。(それはあの台風21号が大きくコースを変えたことでも、その事実が分かると思います)

私はこれまで多くの人を救っているのです。それを不幸にしていると勘違いしている人も多いのですが、それは自分たちがあまりに神から離れてしまっているからです。だから救われるという意味が理解出来ないのです。神の心が分からないからです。

本当の人の救いとは心を救うことをいうのです。肉体ではありません。しかし、現代の人たちは肉体しか見ていないのです。

もちろん肉体も心も両方救わないと、本当に救われたことにならないのかもしれませんが、その両方救われたいのであれば、まず自分たちが神のことをよく理解しないといけないのです。

そういう理解をまったくしようとせず(無神論のままで)何もかも教えろではあまりに都合がいいでしょう。

しかし、私はその都合のよい思いにも応えようとしています。(毎日ブログを書いているのが、そのよい証拠です。日曜日もないのです)

私は神に対し、何も理解しようとしない人たちに毎日のように文字で伝え(ブログ)言葉で伝え(辻説法)現象を現してるのです。

それで、どれだけ多くの人たちの命と心が救われているのかお分かりでしょうか?(何度もいいますが、私がいなかったら今頃日本はありません)

多くの人々はまったく逆の思いを持っているのです。あまりに自分たちが神に無知であるからです。(だから神の心がまるで理解できないのです)

これだけの現象が現れてきたのです。責任転嫁しているばかりでなく、少しは神の心を理解する、そういう努力もされてはどうでしょう。

私など、このブログを書いている最中でも、じゃまを(嫌がらせを)され続けているからです。

(嫌がらせはされるわ、悪者に仕立てあげられるわ、一銭ももらえないわと何もいいことありません。それでも私はブログを書き続けているのです。そうしないともっと悪いことがこの日本に起きてくるからです。このブログを読んでいる人と私では、あまりに考えが違いすぎますね。〔苦笑〕)

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