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10月 03 2015

11:06 AM ブログ

今日も朝からハイテンションです。(昨夜もバタバタしていましたから)

一昨日の話です。夜うるさかったので、どこかの会社の社長と話をしていたと書いたのですが、その時のことです。

「なんであんな怒ったような態度で仕事をしているのですか。何か起きてるんじゃないの社長」と私が聞きました。

すると社長は「一切何も起きてませんよ」と答えます。そうして「周りとは出来るだけうまくやりたいから、静かにやります」というのですが、いっているだけでやっていることはまるで改まらないのです。

そういう話をしていたら、社長の奥さんが来ました。

「何かうるさいみたいで…」みたいなことをいっていますが悪びれた様子はありません。まるで仕事をしているのだから音が出るのは当たり前みたいな口調で「この仕事は音が出るから」とか「音がしないようにはやっている」みたいなことをいっています。

全然悪いという態度は見られません。

それで私が「物を叩き付けるような音が聞こえるけど、わざとでかい音を立てているんじゃないの」と聞くと「それは絶対ない、わざと大きな音を立てたことなど一度もない」としれっといっているのです。

あれだけでかい音を平気で立てていてです。(町中の人がそれは分かっていると思いますが…)

私は呆れてしまいました。この人、周りに迷惑をかけていると全然思っていないようです。

それで私が「神に誓って、わざとでかい音を立てていないといえますか?」と聞きました。すると「神に誓っていえます」とこの人、また平気で答えていました。

社長といい、社長の奥さんといい、平気で嘘をつくのです。(私は社長にも聞いていました。「神に誓って何も起きていないのですね」とです。すると「一切何も起きていない」と社長は答えていました)

私は「分かりました。でも、神にまで誓われたのです。嘘をいっているのなら罰が当たるかもしれませんよ」といっておきました。

そうしたら昨日、その罰が当たったようです。それは今日のハイテンションさでよく分かります。(昨日は、夜だけでなく昼前後にも何か起きていたようですから)

嘘などついてはいけないことは子供でも知っています。そういう悪いことを平気でしているのですから、それは罰も当たるでしょう。(それをみなこちらのせいにして怒っています。そこでまた罪をつくりますね)

このように嘘ばかりついて罰が当たっている哀れな人たちもいますが、その嘘に騙され、やはり罰が当っている哀れな人たちもいます。

嘘をつくのもいけませんが、嘘に騙されるのもまたいけないのです。

嘘に騙されている人はこの辺りにはたくさんいます。だから罰がたくさん当たるのです。(それもまた私のせいになっていますが)

嘘に騙されていると思いますよ。その何でもかんでも私のせいにしているところがです。

私が祈って悪いことをしているだの、人を病気にしているだの、嘘以外の何ものでもないからです。

その大嘘をそのまま信じているのですから、その人も悪人なのです。(善人なら、そんな人に濡れ衣を着せるような大嘘は信じないからです)

そんな話は濡れ衣以外の何ものでもありません。私が祈ったからその人は病気になったんですか?そんな証拠はどこにありますか?

証拠もないのに、その人を犯人に仕立て上げているのですから、それは濡れ衣以外の何ものでもないのです。(結局、私が悪いという証拠を見せてくれた人は一人もいませんでした)

それに私は、そんな人を病気にする祈りなど一度もしていないのです。

何で、病気になる祈りなどしていないのに、その人が病気になったことが私の祈りのせいになるのでしょう。

もし、私が祈ってその人が病気になったのだとしたら(私は病気になる祈りなどしていないのです。その人を正しくお導きくださいと天に祈っているだけなのですから)それはその人自身のせいなのではないのですか?

その人の行いが悪いため、そのような現象が現れたのです。私の祈りはそのきっかけにすぎません。

もし、私がそのような祈りをしなかったら、その人は、その自分の悪いところを改めようとはしないのです。

では、悪いことをしているのを、そのまま放置することはよいことなのでしょうか?

悪いところを悪いと教えてあげるのは悪いことなのでしょうか?

どちらにしても、その人の行いが悪いために、そのような(悪い)現象が現れたのですから、それは自分自身のせいなのではないでしょうか。

私は悪いことをされたから、その人がそういう悪いことをしないように祈っただけです。何で、自分たちのその悪い行いを飛び越して(まったくそんな祈りなどしていない)私の祈りで病気になっているなどといわれるのでしょう。それは責任転嫁以外の何ものでもないのではないでしょうか。(いってはいけませんが、その人は私にだけそのような悪いことをしたのではありません。普段からそのような〔嫌がらせや悪口などの〕悪いことをしているのです。だから、そのような悪い現象が現れるのであって〔それだけその人の心が汚れているということです。それは大人子供関係なくです〕その時だけの行いで悪いことが起きるわけではありません。その悪いことが起きた人の心を知らないといけないのです)

結局、これまでこういうことが起きなかった。だから、それを人のせいにしているだけなのですが、そうではないのです。

実際は前からこういうことは起きていたのです。それに気がつかなかった、それだけなのです。

だって昔話などによく出てくるでしょう。悪いことをしていた人に悪いことが起きたという話はです。

しかし、現代の人はそれをただの作り話と思いこんでいるのですが、実際は昔からこんなことは起きていたのです。(大なり小なりです)

それが顕著に現れだした、それだけのことなのです。

それと悪いことをしている人で罰が当たらない人もいます。それでそういうことは起こらないと思いこんでいる人もいますが、そうではなく罰は必ず当たるのです。

ただそれが生きている間か、死んでからかは分からないのです。その人の使命と役割が違うからです。(少々、人に迷惑をかけても、それでもこの世で生かされるという魂の勉強をする人はいます。そのような人の周りで生きる人たちもまた心の勉強になるからです)

それに我が強い人は(「憎まれっ子世にはばかる」という言葉もあるくらいですから)なかなか、その罰も現れません。(我が強いためよいことも悪いことも心が受け付けないのです)

そのように人によって現れ方が違うので、それで罰など当たらないと思いこんでいる人たちが多いのですが、罰は昔から当たっているのであり、その罰が顕著に現れだしただけなのです。

その自分の心と行いが悪いため現れた罰を、全部私のせいにして、そうして私に嫌がらせを続けているのです。自分をまったく省(かえり)みることなくです。

そういうことをしていたら、その人に天罰は当たるのです。(当たり前のことです)それが次々に当たりだしているだけで(何度もいいますが、そのような時代になったからです)このサイレンなど私のせいでも何でもなく、自分たちの心と行いが悪いせいなのです。

しかし、そのことが分からず、悪いことは全部私のせいという嘘に騙され、その嘘を信じて私の悪口や嫌がらせをする人が続出。そのせいで天罰も続出しているというのが、今のこの辺りの現状であるのです。

たった一人の者がこれだけのことをやれますか?

あまりに常識からかけ離れた嘘だと思いますが(このサイレンなど全国的に広がりつつあるようですが、そうするとそれも私のせいですか?…まったく凄まじいですね。凄まじい責任転嫁です)何でそんな大嘘話を皆信じるのでしょう?漫画でもそんな悪魔出てきませんよ。

では、どうしてそんな悪い者に鳥や魚などのたくさんの動物たちが寄ってくるのですか?(たったこれだけの質問に答えられた人が一人もいません)

そうして、そのような悪い者のいうことを聞いている人たちに(少数ではありますが、そのような人もいますので)奇跡が起きているのでしょう。

皆さんが信じていることと、その悪者の私に起きていることが逆のような気がしますが、そこはどのように考えるのですか?

昔話を思いだしてください。悪い人たちに罰が当たるという話はいくらでもありました。その話はおとぎ話でもなんでもなく本当の話であったのです。(悪い人とは行いが悪い人だけではありません。心が悪い人も悪い人なのです)

そうして、釈尊やキリストを思いだしてください。あのような方々に災いが起きたでしょうか?

釈尊やキリストに災いは起きませんでした。奇跡しか起きていないのです。釈尊やキリストは心がきれいであったからです。心が正しかったからです。

心がきれいで正しい人には奇跡が起き、心が悪い人(それは即ち正しくない人)には災いが起きる、これがこの世の道理なのです。

それをごまかすため多くの人たちは、責任転嫁して悪いことをみな私のせいにしているだけなのです。

ここに書いていることが本当で、回りから聞く話は嘘がたくさん混じっているのです。

だから私のいうことを聞く人には奇跡が起きているのです。本当の正しい話を素直に聞いているからです。

嘘はついてもいけいないし、その嘘に騙されてもいけません。

嘘をつくのも悪いことなら、その嘘に騙されるのも悪いことなのです。

嘘に騙されていませんか?

起きている現実をよく見てください。

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