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12月 19 2015

神を思う

11:18 AM ブログ

今日も朝からでかい音を立てているバカがいましたね。(七時頃です)なに朝から興奮しているんでしょう。

昨日もどこかの会社はやたら感情的に怒っていたし、夜などわざわざ家の前にトラックが来て嫌がらせをしていきました。(ガタガタ音を立ててです。何とかヤマトの連中です。私が「誰か癌でもなったのか?」と家の中から声をかけると、ドアを慌てて閉めて逃げていきました。何やってんでしょうか?)

何でもかんでも、悪いことを私のせいにして怒っている人がありますが(というか、そういう人ばかりなんですが)お門違いもいいとこです。

私に祈られて病気になったという人がもしいたのであれば、それは先に嫌がらせを私にしているからであるし(それなら病気になったのは、その嫌がらせが原因でしょう)私が祈ってもいないのに病気になった人があって、それも私のせいにしているのであれば、何で私にかかわりがない人が病気になって、それが私のせいになるのでしょう。(それは自分のせい以外の何ものでもないでしょう)

もう少し自分たちの責任も考えてはどうでしょう。何度も書いていますが、皆さんはすでに大変な罪を負っているからです。

だいたい、これだけのことが起きてきても、それでもまだ神に手を合わそうとも、神に頭を下げようともしないのです。

しかし、金儲けだけはしています。(そうですよね、こういうことが起きたからと、仕事を休む人はいません)

大丈夫ですか?ずいぶん恐ろしい現象があちこちに現れてきたというのに、それを人のせいにして怒っているだけで、少しも神を思おうとせずにいてです。(しかし、金儲けのことだけは思っています。〔苦笑〕)

こういう態度を見ても分かります。どれだけ不信心であるのか、どれだけ罰当たりなのか、ということがです。

これが悪いことであるのです。

これほどの神の業が現れているのに、毛ほども神を思おうとしないのです。しかし、金儲けは常に思っています。これほど神を冒涜した行為もないのです。(神の業がこれほど現れているということは、もっと神を思わなければいけないと天が教えているからです)

これまでの日本の人々は、少しも神を思おうとしませんでした。(無神論者)また神を思っていると思っている人たちでも、それは間違った信仰をしているのですから、実際は本当の神を思ってはいなかったのです。

そうして金儲けばかりやっています。(生活のためとかいいながらです。しかし、神を思うことは誰でも出来ます。その神を思うということを日本の人たちはしないのです。〔無神論者ですから〕金〔欲望〕を一としているのです。これは大きな間違いなのです)

そういう人たちばかりであったから、神が天罰を下されているのに、何でその天罰を私のせいにしているのでしょう。それだけ悪いことをずっと続けていてです。

日本の人たちは、単に自分たちが悪いことをしている自覚がないだけであり、神に対し不遜な態度を取り続けているのです。未だにです。

これだけ恐ろしい現象があちこちに現れだしたのに、それでも神に手を合わせようともしない、頭を下げようともしない、それでいて金儲けだけはしている、そのような態度が神への不遜を現しているです。

それに本当の神の教えが出現したのを知っていても、それをやろうともしない、そればかりか、その教えを潰そうとしているのですから(その法を説いている者によってたかって嫌がらせをしてです)自分たちが潰されても文句はいえないでしょう。

それほどの神への大きな罪を日本の人々はすでに負っているからです。

一体どれだけ罪を重ねれば分かるのですか?自分たちが悪いとです。

金儲けを一として、神の奇跡が現れていても見向きもしない、それは罪となるのです。そればかりか、その奇跡を毛嫌いし潰そうとしています。どれだけ恐ろしいことをしているのですか?

だからこれだけ恐ろしい現象を現されるのです。自分たちがそれ以上の罪を重ねているからです。

誰も私に協力しなくていいのですか?

奇跡が次々に起きているのは私だけなのです。そうして、私のいうことを少しでも聞いた人たちにも同じように奇跡が現れています。

これほど起きてくることに差があるのに、それでも悪いことはみな私のせいなのですか?

しかし、災いが起きている人は、みな私のいうことを聞かない人ばかりなのです。

この違いはどのように説明されるのですか?

このように考えるのであれば、誰も私のいうことを聞かなくなったら、災いしか起きなくなると思うのですが、それでも私のいうことを聞かなくてもいいのでしょうか?(これだけはっきり結果が出ているのにです)

これほどのことが起き出したのです。(命に関わるようなことを神から起こされているのですよ)もう少し真剣に今のこの恐ろしい状況を考えたらどうですか。人のせいばかりにしていないでです。

これまで神を少しも思おうとしなかった、自分たちが悪いのです。だから、このような天罰が次々に下されているのです。いま起きている恐ろしい現象は私のせいではありません。(天罰の意味お分かりですか?)

少し、私のいうことを聞いて(本物の)神に手を合わせるなり、祈るなりしてみなさい、そうすれば奇跡も体験できるからです。

どちらにしても、自分が悪いという謙虚な心を持たないと、そのような考えも出て来ないでしょう。その「お前のいうことなど聞けるか」という傲慢な心もなんとかならないのでしょうか。

そのような傲慢な心も、自分を危うくしているからです。(このような傲慢な心を大人から子供まで持っています。だから、大人や子供に関わらず神の業が現れているのです。その心が悪いからです)

とにかく、そのような神を思おうとしない不遜で傲慢な心、責任転嫁(それも超がつくです)こういう心を持っていると、もう何が起きるか分からない時代になりました。

そのような心を変えないと、自分が危ないのです。

では変えてはどうでしょう。どこまでも意地を張り続けるのであれば、最後には癌になるということも現実に起きて来るからです。

昨日少し書きましたが考えてみてください。このような現象は人間にしか起きていないのです。

そこらの鳥や魚が大量死するなどということはありません。(たまに魚が酸欠で大量死するということはありますが、それは大雨とか、おかしな排水を流したとか、何か理由があります)

水族館の動物たちも、動物園の動物たちも、癌が多発するなどということは起きていません。(それは植物も同じですけどね)

このような恐ろしい現象が起きているのは、人間だけなのです。

なぜ今、人間だけに恐ろしい現象が現れているのでしょうか?

簡単な話です。

動物たちは常に神を思っているからです。

そうして人間は本当の神を思おうとしないからです。

(だから、動物たちはみな私のことを知っているのです。神の心を理解しているからです。私を知らないのは〔神の心を理解出来ない〕人間たちだけなのです)

追伸…本当に人の可愛げのなさとは裏腹に動物たちは可愛いですね。(神のことをよく知っていますから)

この前の動物園でも、そのような可愛らしいことはたくさん起きました。また、それも書かないといけませんね。

その可愛らしいといえばです。この前テレビで、可愛らしい子たちばかりが集まって歌のコラボをしていました。

あのようないろいろなグループのコラボもたまにはいいものです。(あれだけのグループが集まったのも前代未聞とかいっていましたが、何でも調和することはいいことです)

そのような子たちは外見同様、心まできれいになってほしいと切に願っていますが、男のグループ(といっても二人で歌っている人たちですが)の曲で「君という名の翼」という歌がありますが、あの曲はわりと好きですね。私は。

その反面、同じように二人で歌っている人たちの歌で「どんな君でも愛している」という歌詞がありますが、あの部分は嫌いですね。

何か進歩がないように感じられてです。

だって、心がきれいであるなら、外見がどうなろうと、それは愛しもするんでしょうが、心がちっともよくならなくて、それでも愛しているとはならないからです。

心が素直できれいであれば、どんな君でも愛しますが、心がひねくれていて、汚いのであれば、それを直さない限り愛せないでしょう。仮にどれだけ外見がよくてもです。(そんな心の女と一緒になるなら男が不幸です)

そういう意味で「どんな君でも愛している」ということにはならないのであって「心が素直できれいになるなら、どんな君でも愛している」という風にならないといけないのです。

この世にはいろいろな心の勉強の仕方があります。

どうしても心を変えないのであれば、それは離れた方が、お互いのためになることもあり、また一緒にいてその心を直すという方法もありますが、それは個々でやり方が違うのであって、それは見極めないといけないのです。

とにかく私たちは進歩しないといけません。

心が同じところにいるのもまた悪なのです。

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