12月 26 2015
法灯(ほうとう)
一昨日に引き続き、昨日も何か異様でしたね。
どこかの会社が朝からやたら怒ってうるさかったのですが、昼前くらいからでしょうか、急に静かになり、それからうるさくなくなったのです。
あそこの会社があれほど態度を変えるのです。よほどのことが起きたのでしょうが、今日はまた朝から同じようにガンとかドンとかやっています。
起きたことをすぐに忘れてしまうようです。(苦笑)
いい加減にしないと取り返しのつかないことになります。(もうなっていますか?)本当に学習するということを知らない人たちです。
クリスマスイブとクリスマスに異様なことが起きるなど、天のキリストが怒っている証拠でしょう。
早くキリストの心を知ってもらいたいものです。
この辺りの人たちも怒ってばかりいないで、歌でも聞いて心を和ましたらどうでしょう。そういう歌番組もやっているからです。
昨日も、そのような歌番組をやっていましたが、相変わらず白黒テレビを観ているような感じでした。(笑)
この前テレビで、来年は、多くの人が同じ色の服を着るのが流行るといっていましたが、テレビに出ている人たちが、同じような色の服ばかり着ているのですから、それはそういうことも流行るでしょう。
それだけテレビに出ている人たちの影響は大きいということです。
そういうことより、法を流行らしてもらいたいですね。
そういう法らしき歌を歌っているグループもありますが(あなたたち私と同じ能力を持っているそうですね。だから、そういう名前にしたんですか?)もっとそういう歌詞の歌が増えるといいと思います。
そうなれば、知らない間に多くの人々の心の中に法の種がまかれることになるからです。
それに歌手の人たちの心が変わってくると、その歌っている歌詞が、聞いている人たちの心深くに入るばかりか、その場所に奇跡が起きるようになります。
歌っている場所で奇跡が起きればファンはもっと増えるでしょう。だから、どういう人たちが法を勉強しても損はないということです。(例えば、嵐という名のグループが嵐という歌を歌っていたら、本当に嵐が来たなどとなったら奇跡でしょう。〔かえってやばいですか。そういうことが起きたら〕もう、そうなったら変な演出をするより話題になります。〔笑〕)
誰でも同じなのです。役者が法を勉強したら、売れなかった人が急に仕事がきだすとか、撮影が予想以上にうまくいくとか、雨の場面を撮影したいと思ったら本当に雨が降りだすとか、実際にそういうことが起きるのです。(それはこのブログを読んでもらえれば分かると思います。そういう奇跡など、私や私のいうことを聞いた人たちには普通に起きています)
この法を勉強するということは、当たり前のように奇跡が起きることなのであって(要は異常に運がよくなるということです)本当であれば、そのような人生が当たり前なのです。
今のような人生が運が悪すぎるのです。(特に現在は運が悪い人が多いのですが)
高橋先生は「法を知らない人は、自分の運勢の中から下の間を行ったり来たりしているだけです」といっていられました。
それが事実であるということは、最近のスポーツ選手に奇跡が現れたことでもよく分かります。
最近、何人かのスポーツ選手が法を知って実践されたのだと思います。(その実践の仕方をここに書いておきましたので)だから、奇跡が起きたのです。
その奇跡が起きるということが、上の運勢ということなのです。(あのスケートの選手も三度は続かないだろうと思っていましたが、それでも百点超えですか。凄いですね。法を大して知らないのにそれです。では、しっかり法を知って実践したらどうなるのでしょう)
こういうことを知るのであれば、普段の生活で奇跡など起きないのですから、そのような運勢は中から下だということも分かります。
しかし、法を知って実践するなら、上の運勢(奇跡が起きる生活)が得られるのです。
現に、ウナッシーさんも奇跡が起きて、何かに導かれる生活を続けていられます。ウナッシーさんは普通の会社で働いている人なのですから、そういう人にも奇跡は現れるのです。
この法を知って実践することが、いかに大事かよく分かります。
「法を知らないということは、真っ暗な夜道を灯りなしで歩いているのと同じです」と高橋先生はいっていられました。
これまでの夜道は、まだ平坦であったから、無事に歩いていける人も多かったのですが、これからの夜道は平坦ではなくなります。
かなり険しい道に変わって行くのですが、それでもまだ灯りなしで歩いて行かれるのですか?(ずいぶん崖から落ちて行く人が多いようですが)
伝教大使が「法灯を絶やさず行け」といわれた意味を、もう少し理解されてはどうでしょうか。



人目の訪問者です。

今日は神への感謝をしていると気付きを頂きました。日々の中で自分なりに感謝をしている訳ですが何か今日は腑に落ちないのです。この前のコメントで書いては消し書いては消し結局書かず仕舞いだった事をがあったのですが、まさに似たような感じでした。そこで色々と言葉を探していました。そして2~3度同じ言葉が浮かんでくると、飾らない自分の本心と分かったのです。すると心に浮かんできたのは嬉しい時は「嬉しい」、有り難い時は「有り難う御座います」と素直な言葉で感謝をすれば良いというものでした。神に対し少しでも自分を良く見せる必要はなかったのだ、と反省致しました。
そういう素直な心は大事なことです。忘れないでいてください。