12月 28 2015
本当の信仰で起きる奇跡
北日本は大荒れの天気となっているようです。
北海道は相変わらずの荒れた天気なんですが、その荒れて大雪が降っている北海道の札幌で行われているスケートは、そのような天気とは逆に熱い戦いが行われたようです。
そうして奇跡的なことも起きたようです。
昨日私は、あんなブログを書いた手前、あの選手を祈りました。そうしたら不思議なことが起きたのです。
不思議なことが起きませんでしたっけ?起きていると思いますよ。
またあれだけミスをしながら、予想以上に点がよかったことや(今季の自己最高らしいではないですか。あれだけミスをして今季最高っておかしくないですか?)あの選手の後にすべった選手が、自分のする演技を全部行わず途中抜かしてしまったことなど(これでずいぶんあの選手が有利になりました)不思議なことがいくつか起きました。
そういう幸運が重なって、あの選手も世界選手権の代表に選ばれたのです。(もし、このようなことが起きずに調子を崩したままだったら、世界選手権の代表は危なかったのではないでしょうか)
こういう不思議なことが起きたということは、私の祈りが聞かれた証拠であり、あの選手が反省した証拠でもあるのです。だから、そのような奇跡が起きたのです。
あまり私はスケートをしっかり観たことがないのですが、それでも「あれ、ミスをした割には(前にすべった選手たちと比べて)点数がいいな」と思いましたし、次の選手が犯した演技の間違いも「自分の演技を間違えて、途中の演技を抜くなんてことがあり得るのか」とも思いました。
このような大会(全日本選手権)に出てくる選手なんですから、自分がする演技は、それこそ寝ぼけていても間違えないくらい、練習してきていると思うからです。
そういう不思議なことが昨日起きたのですから、これは祈りが聞かれているなと、あまりスケートを観たことがない私でも思ったのです。
しかし、今回のスケートの大会など、まさに法の証明以外の何ものでもなかったのではないでしょうか。
このようなこと以外でも、全体的に高得点の選手が続出しました。
一人、二人の選手が自己最高の得点を出したというのなら、それは練習の賜物であろうといえるのでしょうが、今回の大会は自己最高の得点を出した選手がたくさんいたのです。
これはいくら何でも、ただの練習の賜物というには無理があるのではないでしょうか。それ以外の何かをしたから、今大会の多くの選手たちは自己最高得点を出すことが出来た、そう考える方が自然なのではないでしょうか。
明らかに起きていることが不自然であるからです。
だから、神に感謝し、氷に感謝して滑るということが(それが即ち法の実践です)どれだけよいことかお分かりいただけたのではないかと思うのです。
いくら国内トップクラスの選手といえどもです。(ということは、世界でもトップクラスということですよね。特にこのスケート競技はレベルが高いそうですから)
世界のトップクラスの選手といえども、法を少し実践するだけでよいことが起きるのです。では、他の人たちはどうなるのでしょう。
他の人もへったくれもありません。どういう人であろうと、この法を実践するならよいこと(奇跡的なこと)が起きるのです。
その証明を(特別スケートだけではありませんが)多くのスポーツ選手がしてくれているということです。
それなのに何で、これほどの教えを多くの人が無視しているのですか?逆らっているのでしょう。(これだけ奇跡が起きる教えに逆らえばどうなるのか?それも想像できると思いますが……予想以上の恐ろしいことが起きています)
やっていることの大きな(大きなです)間違いがお分かりいただけるのではないでしょうか。
されてはどうでしょう。そうすれば、必ずお蔭があるからです。(だからといってお蔭をあてにしてされてもいけませんが)
今年ももう終わりです。年が明ければ、初詣に行く人も多いでしょう。
しかし、初詣に行って「今年はよいことがありますように」と祈っても、その祈りはまず聞かれることはありません。
それなら、年が明けたら初詣になど行かなくてもいいですから、この教えを勉強しようと誓われ、法を説いている私に寄付などされてはどうでしょう。
その初詣に行かない分のお賽銭や交通費など浮くと思うからです。
その浮いた分を、本当の信仰に使われるのであればよいことがあること請け合いであるからです。
偽の教えを説いている坊さんなどに、いくら寄付しても奇跡など起きませんが、正しい教えを説いている私に寄付するのであれば、それは正しい信仰と天も認めてくださるのですから、それで、その心に応じて、本当の奇跡が現れて来るのです。
これまでは縁起がいいと思って、初詣やお寺や神社に行って、お賽銭を上げてお参りしたりしているのですが、実はそのようなことは何の意味もなくご利益もなかったのです。(実際なかったですよね。ご利益も何も)
そのようなことは本当の信仰ではなかったからです。
しかし、本当の信仰を(少しではありますが)行っている人たちには続々と奇跡が起きているのです。
本当の信仰とは、そのように自分の心と行いをよい方に変えるものであるからです。
いつまで、昔からいわれているだけのただの習慣を続けているのでしょう。パワースポットなどといわれ、行くと何か感じるなどといっていても、それは気休めでしかないのです。(それか、そのような場所で感じているものは地獄霊からの波動なのです。霊域のよいところなど日本にはほとんどないからです)
そんなところに行っても所詮は何の奇跡も起きないのです。(それどころか、災いが起きます。そういう場所は〔パワースポットとか、お寺や神社は〕霊域が非常に悪いところが多いからです。地獄霊や動物霊の巣となっているところも多いからです)では、何のために行くのですか?(そんなところに行っても危ないだけです)
そのような特別な場所にわざわざ行かなくても、自分がいるその場所で奇跡などいくらでも起きるのです。
本当の信仰とはそのようなものであるからです。
信仰は場所でするものではなく、自分の心と行いを変えることによってするものなのです。
いつまで間違った信仰をし続けるのですか?
正しい信仰を行った人には、これほどの奇跡が現れているというのにです。
追伸…もし、今回のスケートをしていた人たちの心がもっと変わっているのなら、あの北海道の荒れた天気も収まるのです。
心のきれいな人たちが何十人もその場所に行くのなら、そのような大きな奇跡も現れるからです。しかし、まだそこまで心を変えられる人はいません。
だから、自分の成績がよくなる程度の小さな奇跡しか現れていませんが、もっともっと、自分の心を磨く人がたくさん出て来るのなら、そのような大きな奇跡も起きるようになるのです。
どうですか、スケートでよい成績を出すだけではなく、多くの人まで救える、そのような人になったら。
そういう人こそ、神から最も喜ばれる人であるからです。



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