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1月 07 2016

本当の信仰

11:06 AM ブログ

昨日は庄内川に行ったんですが、冬は鳥たち以外、みな元気がありません。(魚もほとんど跳ねないし、カニなど顔も見せませんから。カニも冬眠するんでしょうか?)

多少の寂しさはありますが鳥たちは相変わらず元気です。そこは元気をもらえますね。

その庄内川の帰りのことです。

私が庄内川から帰ろうとすると、後ろからピタピタ足音がしてきました。夕方五時半頃だったのでもう回りは真っ暗です。

真っ暗な中、足音だけがピタピタ近づいて来るのです。(今日はホラー映画風ですね。〔笑〕)

「出たな地獄霊」と思い、振り向きざまにおもいっきり祈ったんですが、後ろからピタピタ足音を立てて走ってきたのはただの爺さんでした。(笑)

しかし、この爺さん妖気が漂っています。(オイオイ)

何かこの爺さん変なのです。私の後ろからやたら音を立ててきます。それで私が「爺ちゃん嫌がらせか、もう先も短いんだから地獄に堕ちるぜ」みたいな話をしながら、庄内川から出てきました。

そうして、歩いて帰りかけたのですが、しばらく歩いて後ろを振り返ると、なんとこの爺ちゃん、私の後をついてくるのです。

「何だこの爺ちゃん、嫌がらせする気満々じゃないか」と思い(どうりで妖気が漂っていたはずです)そこで立ち止まって辻説法を始めました。

この爺ちゃん私の方に歩いてきて「ハァ、何か」みたいなことをいってくるのですが、私は「独り言、独り言」といって、その爺ちゃんと話そうとはせず辻説法を続けました。(話したところで、どうせまともな受け答えはしないでしょうから)

先に行かせて、歩いて行く爺ちゃんの後ろをついて行きながら辻説法を続けました。

すると、最初は前を向いて、足を引きずりながら歩いていた爺ちゃんが(先に歩いていても、まだ嫌がらせは続けていました)段々、足を引きずるのをやめ、下を向いて歩いて行くようになりました。

少しは、私の辻説法がきいたようですが、その庄内川の帰り道、その爺ちゃんだけでなく、他にもやたら怒っている爺ちゃんがいました。(私が通るとガンガン音を立てるです)

何で爺ちゃんがこんなに怒っているんだろうと、最初は不思議でしたが、どうも昨日(一昨日もそうですが)書いたブログが原因だったようです。

あのようなブログを書けば年寄りは怒るだろうなと思ったからです。

これまでの信仰を真っ向から否定しているのです。

初詣にしても、お経を上げることにしても、仏像を拝むことにしても、そんなものはまったく意味がないと全否定しているのです。

それは年寄りは怒るでしょう。では、これまでやってきた信仰とは何だったのかと思ってです。

これまで頼ってきた神仏を、最後の最後で失ってしまうのですから、さぞショックでしょう。お察ししますが、しかし、怒ることではありません。

喜ばないといけないのです。逆によかったからです。

よかったのではないですか、死ぬ前にそのようなことが分かってです。間違った信仰を正しいと信じて死んで行けば、確実に地獄行きだったのです。

それが寸前のところで、その間違いに気づいたのです。(ギリギリセーフです)

これほどよかったことはないではないですか。間違わないですむからです。

お経を上げることも、仏像を拝むことも、仏壇に線香を上げ祈ることも、お寺や神社にお参りに行くことも、そのようなことは信仰ではなかったのです。

そのようなことをやるのは別にかまいませんが、やっても全然意味がないということを知るべきでしょう。

現に、そんなことをいくら続けても、何の奇跡も起きないからです。

それが、そういうことをしていても何の意味もないという何よりの証拠なのです。

はっきり書いておいた方がいいでしょう。特に年寄りは時間がありません。今はっきり分からせないと、ズルズル間違った信仰を続け、結局、死んで深い地獄に堕ちるということにもなりかねないからです。

私に起きている奇跡、そうして、私のいうことを聞いた人に起きている奇跡、それが証拠です。

私の説いている法こそ、正しい教えであり、それを実践することこそ本当の信仰であるのです。

これまでのようなエセ信仰を続けるのは自由ですが、そのようなエセ信仰を(エセ、エセって、完全に年寄りにケンカ売ってますね)続けながらでもいいですので、これまでの人生をもう一度振り返り、よく反省してみることです。

そのような反省が、死んだ後に自分自身を救うことになるからです。(生きている間でも救われると思いますよ。反省すれば性格が変わりますから)

何度も書きますが、これまでやってきた信仰と名のつくものは正しいものではありません。そんなこといくら続けても救われないのです。

お経を上げたり、仏像を拝んで(偶像崇拝)いる暇があるなら、これまでの人生をよく反省してみることです。

そのような反省を続け自分の心をきれいにしていくことこそ、本当の信仰であるからです。

(年寄りは、よほどの刺激を与えないと考えを変えません。〔何せ我が強いですから〕だから、これから間違いは間違いとはっきり書いておきます。年寄りは時間がない人が多いと思うからです。それは特別、年寄りだけではないかもしれません。現在の日本には、これだけ多くの天罰が下っているからです)

追伸…北朝鮮が水爆実験を行ったということで世界中が大騒ぎですね。

専門家が出てきて、あれこれ深読みしていますが、それほど深く考えてのことでしょうか?

あの若い指導者が後先考えず、いまだけ見て(半分)思い付きでやっているんではないでしょうか。

独裁が強くなればなるほど、視野は狭くなるからです。(だってどう考えても、今そんなことして北朝鮮が得になることなどないでしょう)

実験したのが水爆ではないのではないかとか、いろいろいわれていますが、どちらにしても北朝鮮がやばい爆弾を持っているのは確かなようです。

さて、どうしますかね。日本を含めた国際社会は。

視野の狭い独裁者が、やばい爆弾を持っていることほど危ない状況はありません。やけくそになりいつそれをぶっ放すか分からないからです。

どうされますか?人間だけで大丈夫なんでしょうか?もし、やり方を間違えたら地球が壊れるかもしれませんよ。何せ相手は原爆の数十倍、数百倍の水爆なんですから。

こういう時は神に頼るのが一番です。(それが一番安全な方法なのです)

国際社会で対策を練り、北朝鮮に圧力をかけるのは当然しなければいけませんが、そこで神に祈らないと、北朝鮮は何をするか分からないのです。(神の導きもなくそれをやると、どう転ぶか分からないのです。最悪核戦争になるかもしれません)

このようなことも神の導きかもしれません。最悪の事態を回避するためにも、北朝鮮の横にある日本で、本当の神の教えを拡げなければいけないのです。

もし、ここで日本に神の教えが拡がるなら、その神の光は北朝鮮にも届くからです。(そうすると神が北朝鮮を導いてくださるということです)

私一人がいくら祈っても、北朝鮮を動かすほどの光は放てませんが、もし、日本の多くの人が法に目覚め祈るなら(日本だけではなく、どこの国でもいいんですが)北朝鮮を動かすほどの神の光を放つことが出来るのです。

その光が届けば北朝鮮は正しく神に導かれることになります。

多くの人の正しい祈りが、北朝鮮を正しく導くのです。

核戦争を起こしたいのですか?

日本の人々が法に目覚めるなら、世界を救うことが出来るのです。(ということは、今のままだと非常にやばいということです)

2コメント

2 コメント to “本当の信仰”

  1. ウナッシー2016/01/07 at 12:42 PM

    今年はまだ始まったばかりですが、正月から子供は学校の勉強をしていました。
    まだ小学生なので家内に言われやっていました。私はこれまで時間がある時には子供の勉強をみてきましたが、何せ勉強嫌いだったのであまり教え方が上手くないのです。特に理数系はダメですね。そんな事を知ってか今思えば最近は子供も私には勉強の事を聞くことは有りませんでした。でも年明けそうそう違ったのです。正月から勉強をしていた子供が聞いてきたのです。まだ小学生位なら自分も学ぶつもりでと思い立ちました。すると不思議と解答迄の道筋がポッと浮かんできて自分でも納得のいく説明ができたのです。それから毎日子供は勉強し、分からないことを見てはまたポッと解答迄の道筋が浮かぶ、そんな正月の出来事が有りました。家内からは分かりやすいと言われ昨日もまた面倒を見ました。不思議といえば不思議なことです。小学校で教えている通りの教え方でないと正解の印しがもらえないからと本を見ては教えていた上の子が小学校だった時のことを思い出しました。

  2. gtskokor2016/01/07 at 1:54 PM

    心の内なる守護、指導霊の導きでしょう。
    法を実践すればするだけ、そのような導きはもらえるようになります。
    その調子で頑張ってください。

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