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1月 12 2016

本当の神の教えを知ることの大事さ

11:00 AM ブログ

今日は妙に静かですが(多少はやっていますが、多少は仕方ないでしょう)静かなうちに書いてしまいましょう。(笑)

昨日の続きをもう少し書きますが、もう間違った信仰などしていても救われないのです。では、間違った信仰などやめるべきではないのでしょうか。(日本だけではなく世界もです)

間違った信仰など続けていても、なんの奇跡も起きないばかりか災いしか起きないのです。(そういう時代になったからです)それでは百害あって一利なしでしょう。

やめた方がいいと思います。そんな信仰などです。(何百年、何千年続いている信仰にせよです。間違いは間違いだからです)

すでに本当の神の教えは現れています。(神の奇跡もたくさん現れています)

では、そちらを信仰するのが、神の子として本当の人の道であると思います。

サウジやイランの件にせよ、IS問題にせよです。正しい教えが拡がるなら、このような問題は解決に向かうのです。

このような問題は、すべて間違った教えが招いた災いでしかないからです。

間違った教えを信じているからこのような不幸が起きるのです。正しい教えを信じるなら、このような災いは起きません。

では、正しい教えを信じてはどうでしょう。多くの人たちがこの教えを信じるならば、このような問題も奇跡的な解決の道がついてくるからです。(神が導いてくださるからです)

日本に本当の神の教えが出現したのですから、もうそれに倣えばいいのです。そうすれば世界中で奇跡が起きるからです。

また、災いが起きたとしても、それは天が起こすことであり(現在の間違った信仰のように人が起こすことではありません)天が起こすのであれば、それは気づきの現象なのであって、気づきの現象であるならば、自分が気づくのであれば、その現象は奇跡に変わります。

すべて自分の気づき次第なのですから、これだけ心が向上することもないわけです。

今のように、自分たちの意見と違うからとテロや戦争を起こすことが正しいことでしょうか?

正しくはないと分かっている人も多いのでしょうが、しかし、これまでは、そのようなことが正しくはないと分かってはいても、そうせざるを得なかった部分もあったのです。

間違った教えに支配されている部分があったからです。(戦争を聖戦などと称してです)

しかし、そのような教えは間違いであったと多くの人が自覚できるのであれば、そのような間違った教えに支配されることはなくなります。

そうであるなら、テロも宗教戦争もなくなるのではないでしょうか。現在の不幸の多くが、そのような間違った宗教観から起こされていることであるからです。(あるいは、その宗教観につけこんで起こされていることであるからです)

本当の神の教えを知るなら、これらの問題はすべて解決の方向に進んでいきます。

なぜなら、本当の神の教えには聖戦などという言葉はなく(とにかく争うという思いはないのです)あるのは愛と慈悲と調和、それだけだからです。

これまでの行いを悔い改め、その愛と慈悲と調和を実践するなら、すぐにでも奇跡が起きるのです。

これほど分かりやすく、有難い(奇跡が次々に起きるのですから)教えもないのではないでしょうか。

そればかりではありません。この教えを実践するなら、神の教えからもっとも縁遠い、共産主義の国々まで救うことが出来るのです。

このような国々が仮に攻撃してきたとしても、本当の神の教えを実践している人たちにはその攻撃が効かないのです。

神の教えを実践している人たちには、神の光が降り注ぎ、その神の光が自分からも現れて、それが防護壁となって、爆弾や銃弾が当たることはないからです。(それは園頭先生が実証されています。園頭先生は、銃弾や爆弾が降り注ぐ戦場で禅定され、まったく無傷であったという奇跡の体験を二度もされています)

もし戦場で、そのような奇跡が起きたら(共産国の戦闘員は銃弾に当たりバタバタ倒れていくのに、相手国側の戦闘員は一人も倒れなかったらです)共産国の人々はどのように思うでしょう。

マァ、ここまでなることはないのですが(片方の国が法を実践しているのなら、戦争にならないように天から導かれていくからです。神の心に争いはないからです)もし、最悪の事態になったとしても、このような奇跡が起き、本当の神の教えを実践している国としていない国の差が大きく現れるということです。(では、北朝鮮のような国が仮に核爆弾を発射したとしても、法を実践している人たちが多い国には、その核爆弾が当たることはないということです。一人一人から現れる神の光が防護壁〔バリアー〕となって、その核爆弾を防ぐからです)

それほどの差が現れるなら、神を認めない共産国家であろうと、神を認めざるを得ないのです。

悪い例(戦争のです)を一つ上げましたが、法を実践するのであれば、神からどれだけ縁遠い国であろうと、何をやるにしても、それほど大きな差が現れて、そのような神を認めない国でも神を認めざるを得なくなるということです。(何せ、日本のような唯物無神論の国でさえ、神を認め始めています。これくらい説得力のある話もないでしょう)

本当の神の教えとは、それほどそつなく人々を救うのです。

本当の神の教えはすべての人を救う教えなのですから、それが当たり前といえば、当たり前なのですが、なぜ、これほどの教えを世界の人々がやろうとしないのか不思議でなりません。

正しい教えは実践すれば必ず奇跡が起きるのです。

ずっと同じことをしていても何も起きない、そんな教えはすべて偽物なのです。間違った教え以外の何ものでもないのです。

それは日本でやっているお経を上げたり、仏像を拝んだりすることばかりでなく(特別、日本だけがこういうことをやっているわけではありませんが)日に何度も祈りをしたり、断食したり、食べ物をあれは食えない、これも食えないなどといって、それが正しい信仰と思っている人たちも同じなのです。(信仰とはそんな堅苦しいものではありません)

そういうことをしていて何か奇跡が起きたのですか?また、そういうことをしない人たちに災いが起きているのでしょうか?(本当に正しい教えであるなら、奇跡が起きることは当然ですが、それをしない人たちには天罰が下るのが本当なのではないのですか?)

そのどちらも起きていません。では、その教えは正しいのでしょうか?

この私が正しいと主張する教えは、それを実践するなら奇跡も頻繁に起きますし、また、その教えの流布をじゃましている人たちには、ちゃんと天罰が下っているのです。

行えば奇跡が起き、じゃますれば災いが起きる。

このような現象が現れていることこそ、本当の神の教えであるという何よりの証拠なのではないでしょうか。

日本に本当の神の教えが現れています。

やらない手はないのではないでしょうか。

追伸…いよいよ他国の宗教まで批判することになりました。(日本だけ相手にしていても仕方ないでしょう。ほとんどの人が動こうとしないからです)

正しい教えが日本にあるのに、それを他国の人にもアピールしないのはもったいないと思ってです。(翻訳機能もついていますし、他国の人の方が信仰に熱心な人が多いですし)

間違った教えと分かっているのに、それを続けるのですか?

どれだけ、その教えが長く続いていようが間違いは間違いなのです。

そういう間違った教えを、実践していることほど無駄なことはないと思います。(またこれからは、そのような間違った教えを続けていては危険なのです。そういう人たちにも天罰が下るからです)

気づいた人から立ち上がってください。他の国は日本と違って信仰深い人がたくさんいると思うからです。

本当に神を愛するなら、本当の神の教えを学ぶべきなのです。

(下手にイスラム教など批判するとやばいんですが、しかし、私を暗殺でもしたら〔別にこちらは、それならそれで天上界に帰るだけですから〕本当の神の教えが分からなくなります。それはもったいないですよね。〔笑〕)

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