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1月 13 2016

世界を救う教え

10:44 AM ブログ

トルコのイスタンブールでまたテロが起きたそうですね。

イスラム教の間違いは誰かがいわないといけないでしょう。(みな、間違っていると分かっているのですから)

しかし、それをはっきりいえるのは、本当の神の教えを説いている私しかいないと思います。だからはっきりいっておきます。

「イスラム教は間違っている」とです。

何も間違っている教えはイスラム教だけではありませんが、イスラム教は、その間違い方があまりにひどいのです。(だから、今日に至るまで、これだけ多くの死人やけが人が出ているのでしょう)

だからこそイスラム教は、特にその大きな間違いを自覚しないといけないのです。

聖戦などと称してテロや戦争など行っている人たちは、確実に地獄に堕ちるのです。

そのような行いは完全に間違っているからです。

神の心は愛と調和なのです。では、その最も対極にある、憎しみと争いがなぜ正しいことなのですか?

イスラムの開祖がいようが誰がいようが間違いは間違いなのです。

そのような神の心から最も離れた行為はすぐにでもやめるべきでしょう。それが一番自分の為であるからです。

誰のためでもありません。そのような行為は自分が一番損をするのです。

そのようなテロで命を落としたり、けがをしたりして苦しむ人々の何倍、何十倍もの苦しみを、そのような行為を行った人は後に(地獄で)味わうことになるからです。

聖戦などと称して、戦争やテロを行った者は、みな深い地獄で苦しい修行をしなければいけないし、その指導者は、それ以上の苦しみを(そのようなテロを行った人よりも長く)地獄で体験しないといけないのです。

そのような順序を自らつくっているからです。(神の心とは対極の行いをしているのですから、このような人たちが死んで、神がいられる天上界に行けるわけがありません。当然ではありますが地獄に堕ちるのです)

まさに想像を絶する苦しみを、そのような人たちはこれから体験することになるのです。一刻も早くそのような行為はやめるべきでしょう。

そうしないと取り返しがつかないことになるからです。(長く地獄で苦しむことになりますが、それでもよろしいのですか?)

嘘ではありません。私はここに嘘など書いていないから奇跡が次々に起きているのです。

これ以上のここに書いたことの正しさの証明はないのではないでしょうか。

すでにもう本当の神の教えが出現しているのです。なぜ、そちらを信じようとしないのですか?

その教えを信じるならば、次々に奇跡が現れるというのにです。

この教えを勉強するなら、これまでの様々な苦しみや悲しみも乗り越えることが出来るのです。

なぜなら、そのような体験はすべて、自分の心の向上のためにするべき体験であったと分かるからです。

そうして、この教えを実践するなら、次々に周りに奇跡が現れてくるのです。

そのような神の奇跡を体験するのであれば、本当に神は一人一人の身近にいてくださるということを実感できるのです。

神は遠い世界にいられるのではなく、自分自身の心の中にいると分かるからです。

そうして、この教えを勉強し続け、実践し続けることが出来るのなら、最後は調和と安らぎのうちに天上界へと往くことが出来るのです。

本当の天国に死後往けるのです。それは、この教えを実践し続ければ分かることなのです。

この教えを実践し続けるのであれば、その時、その時に応じて、様々な導きをいただけるのです。

その導きは、心の奥から思いが浮かんで来ることもあれば、ふと気づくこともあり、また周りで何か起きることで気づくこともあり、いろいろな順序がありますが、その導きに従うと不思議に事がうまく運ぶのです。

それが神の導き、天の導きであるからです。

そうして、その導きは、自分の死期さえ教えてくれるのです。

自分の死期が近くなると、天上界から自分の守護、指導霊が、頻繁に自分のところにやってきます。(人は死が近くなるとあの世と同通するようになるようです。それは法を知らない人でも同じです。死ぬ間際になると、よく誰もいないところを見て「あそこに人が立っている」とか「あんたの横に立っている人は誰?」とか、いいだす人が多いそうです。それは、あの世の人〔多分、その人の守護、指導霊だと思いますが〕を霊視しているのです。死が近くなると、あの世の人が観えるようになるようです。それは、死んでいく人にあの世の存在を知らせているのと、あの世の人になれさせている、その二つの理由があるようです)

そうして、その守護、指導霊たちが「何月何日にお前は死ぬことになる。それまでにやることをやっておけ」と教えてくれます。

自分の死が近くなり、その死ぬ日を教えてもらえるのなら、自分の身の回りのものは自分で処理が出来ますし、お世話になった人たちにはちゃんと挨拶も出来ます。

自分もしっかり準備が出来て(心と物質面の両方でです)回りも慌てることなく、誰にも迷惑をかけずに死ぬことが出来るのですから、最後の最後までこれ以上よいこともないわけです。(実際、高橋先生が指導されていた頃のGLAでは、そのようなことが起きたそうです。「私は何月何日にあちらに帰る〔死ぬ〕ことになりました。いろいろお世話になりました」と挨拶され、そのいった通りの日に亡くなられた人がいたそうです)

そこまで守護、指導霊に教えてもらえるのなら、当然、死後は天上界に往くことになるでしょう。心がそれだけ調和されているから、そのような導きがもらえるからです。

この教えを勉強するのであれば、正しい道に導かれ、奇跡が起きるだけではなく、自分が亡くなる日まで分かり、亡くなった後は確実に天上界に往くことが出来るのです。

最初から最後まで、これ以上ないという道がついて行くのですから、これ以上の教えはないのではないでしょうか。

また、本当の神の教えとは、そのようなものであると思われないでしょうか。

最初もよくて、途中もよく、終わりまでよい、これが本当の神の教えなのです。

これほどの教えがすでに日本に出現しているのです。それなのになぜ、間違った教えを続けるのですか?

正しい教えとはこのようなものなのです。

自分たちの間違った信仰と比べてみてください。そうして自分たちの間違いを早く自覚してください。

多くの人が悔い改め、この教えを勉強されるのであれば、キリストがいわれた『神の国』は、すぐにでも現れることになるのです。

2コメント

2 コメント to “世界を救う教え”

  1. ウナッシー2016/01/13 at 12:47 PM

    昨日嬉しい事がありました。心が悦びに満ちた感覚を感じる事が出来たのです。
    それは、仕事の計画が遅れ残業をやることになって、それでチームで共に働いている非正規の方と残業をしました。この非正規の方は普段は定時間で切り上げてもらっているのですが状況を鑑みてお願いしたのです。それで残業をしながら帰宅のことを考えていたら、この非正規の方徒歩で出勤している上にその通勤途上は街灯もなくとても安心できるものではないことを思い出しました。そこで「帰りに送ろうか」と声をかけたところ助かりますと返事が返ってきたのでした。
    実はこの非正規の方女性で独身暮らしで借家住まいなのです。なので相手のことを考えて一度は思いを打ち消しましたが再度浮かんできたのでした。でも本当に女性の独り歩きは物騒なものですので尋ねたのです。これが今までに味わったことのない心のざわめきがあったのです。それでその夜じっと心を見てみたのです。すると真に心からの安心を想ったその心に合点してくれたこと、またその想いを遂行できた事が悦びとなって心がざわめいた事が分かりました。それは性別を越えた人としての行いにきっと、自分の気付かない真の心が偽りなく悦んだような気がしたのでした。

  2. gtskokor2016/01/13 at 1:51 PM

    そのような心から浮かんでくる思いこそ、守護、指導霊の導きなのです。
    ウナッシーさんも、段々天の導きを感じるようになりましたね。
    法を実践している証拠ですね。

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