>>ブログトップへ

1月 15 2016

視野を広げる

11:00 AM ブログ

しかし、知らない間に私たちは助けられているのですね。一昨日の隕石の映像を観てつくづくそう思いました。(こういうことがこれまでも何度もあったんじゃないですか)

昨日、追伸に書いたあの隕石が、もしそのまま直撃していたら、今頃、地球はどうなっていたでしょう。

多分、地球の半分以上がグチャグチャになっていたんではないでしょうか。何せ原爆の三十倍の威力ですから。

当然日本も入ります。だってロシアなどすぐ隣の国なんですから。そう考えるとゾッとしますね。(大汗)

隕石が地球に落ちる寸前にUFOが直撃して、あの隕石を破壊してくれたから、いま私たちはこのように生活できているのです。(よく考えてみれば、でかい隕石が地球に落ちる直前に爆発するなど出来すぎていますからね。何かの力がかからないとそんなこと起きるわけがありません)

もう少し天上界に感謝してはどうでしょうか。(下手すれば)地球が滅亡したかもしれない危機を救われているからです。

しかし、最近はテレビでも不思議な映像をよく放送しています。(UFOや宇宙人、霊現象ばかりでなく、ユーマなどの未確認生物などもです)

高橋先生は、このようなものはみな存在するといわれていました。そう考えるなら、私たちはまだまだ知らないことがたくさんあるということです。夢も広がりますね。(私たちがこの世界で知っていることなど、まだほんの一部なんでしょうね)

だいたい普通の動物であっても、まだ知られていない新種は山ほどいるのです。そうであるなら、ユーマなどの未確認生物などいても当然でありますし、大宇宙はこれだけ広いのです。

では、他の天体に宇宙人がいてもさほど不思議ではありませんし、幽霊を観たり、そのような幽霊や霊現象の映像も撮れているのですから、そのような異次元の世界を信じない方がおかしいのであり、もう少し視野を広げるなら、そのようなものはすべて信じることが出来るはずです。(というより、いないと断定してしまう方が狭量なのです。いる可能性の方がはるかに高いからです)

そのように考えを広げないから、カチカチの四角四面の考えから抜けることが出来ないのです。

そういう狭量で四角四面の考えでは、自分の目の前のこと以外、理解出来ません。だから自分がしている間違いも分からないのです。

視野が狭すぎて、自分本位にしか物事を考えることが出来ないからです。

だから、この辺りの人は(特別この辺りの人だけではありませんが)どれだけ神の業(霊現象)が現れても、それを神の業とは認めないのです。

霊の世界を信じないからです。

だから、天罰も認めない、それはお前がやっているとなるのです。人の力以外は認めようとしないからです。

結局、仕事(あるいは勉強)と遊びばかりではそうなるのです。すべて、この世のことばかりだからです。

同じようなことばかりやっていて、それでどうやって視野を広げるのでしょう。他のことまで考えがいくのでしょう。

もう少し広く柔軟に人の話を聞けるようにならないと、いま起きていることは理解出来ないのです。

これまで起きたことがないようなことがすでに起きているからです。

だから、これまでの考えのままでは今起きていることが理解できないのです。これまでの体験では起き得ないことが、普通に起きているからです。

だから、これまで起きていないことが起きている人の話を、よく聞かないといけないといっているのですが、それを聞こうとしないのです。

視野が狭い人たちは、自分たちと同じ話をする人以外の話は聞かないからです。それ以外のことをいう人は敵としかみないからです。

だから、これまで起きていないことが起きている人に罪を全部かぶせるのです。その人は自分たちの敵であるからです。

そのような狭量さが自分たちの不幸を招いているのですが、それさえも、その人のせいにして、ただ怒っているだけなのです。物に当たっているだけなのです。

そういう責任転嫁や八つ当たりがすでに間違っていると、その人たちは分からないからです。(それでいて人がそのようなことをすると、あんなこと間違っていると平気でいうのです。第三者の立場になると、その間違いがよく分かるからです。しかし、自分が同じ間違いを犯していても分からない、それだけ狭量であるからです)

これは何もこの辺りの人たちだけではなく、昨日また(インドネシアのジャカルタで)テロが起きたそうですが、あのような人たちも同じなのです。

結局、同じ考えで同じことばかりやっているから、視野も広がらず、同じ間違いを同じように繰り返しているのです。

視野をもう少し広げるなら、別な考えも出てくるのです。

また、別な考えが出て来ない限り、今起きていることは起きるのです。同じ考えのままでは同じことしか起きないからです。(当たり前といえば当たり前の話なんですが)

もう少し視野を広げ、考えを広げてみませんか。そうすれば、別の道もついて来るからです。

別の道がついてこないと、もう命に関わるという人もたくさんいるように思います。そのような自分たちの思い、心がそのまま現れる、そのような時代となったからです。

それなのに、そのような金にならない話はあまり皆さん真剣に聞かれないようです。(命に関わることがこれだけ起きているのに、まだ金儲け優先ですか?いやはや凄まじいですね。〔苦笑〕)

先ほどUFOの話を書きましたが、七百五十年後、私たちはそのUFOに乗り、他の天体に行くことがすでに決まっています。(行く星もすでに決まっているそうです)

決まっているのですが、その七百五十年後に他の天体に行ける人は、心の広い人たちだけなのです。(心の高い菩薩界以上の方々です。この世では菩薩、如来と呼ばれる人たちばかりです)

今、この世に出ている人たちで、私はそれくらいの心の広さ、高さがあると思っていられる人がいるのでしょうか?

もし、そのような人がいたとしたら、私と同じ現象が現れて来ないといけません。過去、心の高い人たちには私と同じ現象が現れていたからです。(鳥や魚が寄って来るという現象がです)

そう考えるのなら、七百五十年後に他の天体に行ける人は、今のところ私一人であるといえるのではないでしょうか。私と同じ現象が現れている人など他にはいないからです。(私が知らないだけかもしれませんが)

他の天体など行けないなら行けなくていいと、視野の狭い人はすぐに考えますが(笑)その後、地球に残された人たちは相当厳しい修行をさせられるそうです。

激しい天変地変が起きるだけではなく、また恐竜などの恐ろしい生物が復活し、それこそ原始時代のような生活の中で辛く厳しい生活を余儀なくされるのです。

しかし、そこに指導者はいません。(如来や菩薩は他の天体に行ってしまうのですから)

自分たちが自分たちだけの考えで、そのような生活を続けて行かなければいけないのです。それがどれほど苦しいことかお分かりでしょうか?(烏合の衆が集まって、そんな危険な場所にいるのです。さぞ危なく苦しいことでしょう)

七百五十年後、地球に残る人たちは、そのような生活が待っているのです。

どうぞ地球に残りたい人はお残りください。そのような生活がしたいという人も中にはいると思うからです。(笑)

私が基準です。私くらいのことが起きて来ないと七百五十年後のこの地球を卒業することは出来ないのです。

だから私はいっているのです。急いだ方がよいとです。

もう少し視野を広げ、行いを変えられてはどうでしょう。今すぐにでもやらなければ間に合わない人たちがたくさんいるからです。

もし、今生、間に合わなければ次は地獄が待っています。(多分、今生がこの世で出来る最後の修行ですから。今度この世に生まれてくる時は、七百五十年後以降となると思いますから)

いつまでも自分のことばかりやっていてよいのでしょうか?

(ここに書いたことは荒唐無稽なことなのでしょうか?しかし、荒唐無稽なことを書いていては奇跡は起きません。私はいぜん奇跡が毎日のように起きています。ということは、ここに書いたことは事実であるということです。早く私のいうことを信じ行われた方がいいでしょう。そうしなければもう間に合わないからです)

2コメント

2 コメント to “視野を広げる”

  1. ウナッシー2016/01/16 at 6:08 AM

    日々流れている時間の中で刻一刻と変わる自分を取り巻く環境をどのように捉えてゆくか、何を見てどのように判断するのか。そこが自分を成長させる唯一のポイントであるような気がします。良いことが起こる、悪いことが起こるという判断が出来るのは極端な自分の心に衝撃が走るほどのものでないと普通は分からないのではないでしょうか。。しかし、日々同じように見える暮らしの中で在りながら現実は同じものはないことを知ることである。そうして移り変わっていく中で微小な変化を感じ取り、どんなに小さな良いことも悪いことも見逃さないよう心構えを持つこと。実はそれが少しずつ自分を善くも悪くも変えているのです。ではその小さな変化をとらえたらどうするのか。それは大局的に捉えること。俯瞰するという言葉があるように全体を見ることで少しの出来事にも心が迷うことなく日々過ごすことが出来るようになれるのではないでしょうか。すると自分に不都合に見える事であっても声をあらげることもなく、相手が羨ましく思えることも気にすることが野暮にさえ思えるようになれる。自分を変えることが出来るのではないでしょうか。自分の心構え次第で心の大きさは変えられることを知ることも大事であると思えます。

  2. gtskokor2016/01/16 at 9:11 AM

    そうですね。最近の人は物事をあまり深く考えようとしないようです。
    もう少し深く考えてほしいものです。

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。