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2月 19 2016

市バスの皆さんへ

11:11 AM ブログ

いやいや大人ですね。どこかのバカ小学生たちとは違います。

昨日のようなブログを書いても、運転手の方々は怒ってやり返すようなことはされないからです。

……などということはありませんでしたよね、これまでは。(小学生以上に怒ってむきになってブシュブシュやってきたはずですが?)

どうしたのですか?何か相当やばそうですけど大丈夫ですか?

特に市バスの運転手の変わりようは異常ですね。だって市バスの運転手連中は何が起きていようと必ず誰か彼かブシュブシュやってきました。

市バスの運転手で、私の顔を見て何もしない運転手などまずいなかったのに、昨日など十数台の市バスを見ましたが、その中で一台だけです。私にブシュブシュやってきたのはです。

その一台も、運転手が何か必死の形相でブシュブシュ(しかも小さめに)やっています。

切羽詰まったような表情で、ずいぶん危なそうな運転手でしたが、お客さんを乗せているのにあれではまずいでしょう。(何か変な薬でもやってませんか?いま流行っていますから)

その運転手に「おい、ずいぶん癌が出てるんだってな」と声をかけると、ひと際でかい音でブシュとやっていきました。

どうやらその運転手は、癌が運転手の間でたくさん出始めたのを私に教えてくれたようです。(苦笑)

しかし、あれだけ嫌がらせをやめなかった市バスの運転手たちが急に嫌がらせをやめてしまうのですから、よほどのペースで現れ始めたのではないでしょうか。(癌か何か知りませんが)

たしか先週の金曜日からでしたよね。そのような極端な態度を取り始めたのは。(東山動物園に行った帰りからでしたのでよく覚えています。急に市バスの運転手たちの態度が変わりました)

最初の三日、四日くらいはやたら怒っていました。(思いっきりブシュと何度もやられましたから)それが一昨日くらいから急に静かになったのです。

昨日でも運転手の顔を見るとみな引きつっているようでした。私が手を上げるとビクッとする運転手やムッとする運転手もいます。(祈ると思ってでしょうか)

どうしたのですか?

ずいぶん静かになってしまってです。これまでこんなことはありませんでした。

もしかしたらみな反省されたのでしょうか?一人の者によってたかって嫌がらせするのはかわいそうとです。

そうではないでしょう。(そんな心の人がいるならもっと早くからそうしているでしょう。何年もしてから急に反省するわけがありません)本当に凄いペースで癌になる人が現れ始めたのではないのですか?

そうであるなら、すぐにでも私に詫びを入れないと、これからどれだけ多くの運転手が癌になるか分かりません。

それだけの罪を市バスの運転手の人たちはつくっているからです。

私は今でも覚えていますが、一番最初に私にブシュブシュやってきたのは市バスの運転手たちでした。

市バスが始めて、それからトラックの運転手や他のバスの運転手、電車の運転手にまで、私への嫌がらせが広がって行ったのです。(それからです。あのサイレンが鳴り始めたのは)

つまり、私へのたくさんの嫌がらせの最初のきっかけをつくったのは市バスの運転手たちなのです。(サイレンのきっかけもあなたたちかもしれません)

そうであるなら、市バスの運転手たちが一番初めに滅ぼされることになるでしょう。

なぜなら、法を説いている者に嫌がらせをするという(そうして大変な神の業をこの世に現してしまったという)大変大きな罪の最初のきっかけをつくったのは市バスの運転手たちであるからです。

法を説いているということは、釈尊やキリストを見ていただければ分かります通り、今生の人だけではなく、後世の人、そうしてあの世で地獄に堕ちている霊たちまで救うのです。(地獄に堕ちている霊たちが、釈尊の説法を聞いて心を入れ替え天上界に昇ったということはたくさんあります)

つまり法を説いているということは(もちろん正しい法を説いていなければいけませんが)その人は天文学的な数の人を救うということになるのです。

その天文学的な数の人を救う人に嫌がらせをしているのです。その罪がどれだけ重いかは想像に難くないでしょう。

その最も重い罪を先導してやってしまったのです。では、一番初めに滅ぼされても仕方ないのではないでしょうか?

それほどの罪はすでにつくっているからです。

そうして、あななたちが滅ぼされれば、さすがに反省する人も出てくるでしょう。

私に嫌がらせをしている人たちを反省させるという意味でも、最初に大きな原因をつくった人たちが、一番大きな責任を取らされるのは当然のことなのではないでしょうか。

だから、どこをどう考えても、その現象が止まるということはないでしょう。これからさらに恐ろしい現象が、次々に現れてくるのはもう目に見えているのですが、どうされますか?

それでも反省はされないのですか?

それでも「お前のいうことなど聞けるか」といわれるなら、どうぞそうしてください。それは本人の自由であるからです。

しかし、もしです。もう今回はさすがに反省するという人がいるのでしたら、すぐにでも私に詫びを入れ(直接でも、電話でも、メールでも結構です)慰謝料を振り込んでください。(当然、慰謝料はいただきますよ、これだけの精神的被害を受けているからです。それが布施の代わりです)

そうすれば私はその人を祈ります。(「神よ、どうぞこの人をお許しください」とです)

私が祈るのであれば、もうその人に災いが起きることはないでしょう。(少なくとも今すぐに癌になるなどということはないでしょう)

私が祈ると必ず奇跡が起きるからです。

しかし、また私の忠告を無視し、態度を変えないというのであれば、もうすぐにでも災いは現れるでしょう。それは周りの人を見ていただければ分かると思います。(だから、おとなしくしていても同じであるということです。それだけでは、その犯している大きな罪は消えないからです)

それでも反省されませんか?

もう時間は限られているのです。

追伸…こういうブログを書けば、いつもなら烈火のごとく怒りまたボコボコにされる(そこらじゅうでブシュブシュされる)のでしょうが、今回はどうでしょう。(私もこりません。〔苦笑〕)

マァ、する人はするのでしょうが、ずいぶん雰囲気が違ってきています。(バスだけではなくトラックもです。そうしてどこかの会社もです。〔もう尋常じゃないくらい怒っています〕)

ソロソロ本当にやばいのではないですか?だから態度が変わってきている人が多いのではないかと思いますが、そのようなそちらの事情にかかわらずです。

無反省な人はドンドン祈ります。(「汝を責め憎む者のために祈れ」とキリストからもいわれていますので)

祈ってこれだけの現象が現れているのです。それだけこの法は偉大な教えであるということです。

反省されてはどうでしょう。悪いのはあなたたちの方であるからです。

この教えを学ぶのであれば、それだけ起きている災いの分以上に奇跡が現れてくるのです。

ここらで反省されてはどうでしょう。

そうすれば一変に状況は変わるからです。

2コメント

2 コメント to “市バスの皆さんへ”

  1. ウナッシー2016/02/20 at 5:35 AM

    勝手ながら、助け合いと協力が調和への奥義であると自負しております。家庭でも勤め先でもその想いを心して取り組んでいるのです。それでも突然キレてくる、勝手な主張をぶつけてくる等なかなか心が理解されないのが現実なのです。
    それでも以前とは比較にならないほどの心の成長が、自分を救ってくれているのです。毎日の感謝、反省と先日コメントしたルーティーンワークで過ごしながら日々を歩んでいます。まだまだ駆け出しのひよっ子。いつの日か大きな翼を羽ばたかせ世界へと飛び立てる日を夢にしています。  “継続は力なり”

  2. gtskokor2016/02/20 at 9:11 AM

    キレてくる人など祈ってあげるといいでしょう。キリストもそのようにいわれているからです。
    愛と慈悲の心でこれからも頑張りましょう。

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