2月 28 2016
正しさの証明
昨日は堀川に行って、カモメたちを動画に撮っていたのですが、しばらくすると雨が降りだしました。
傘も持っていませんでしたし、雨が降ってきては動画も撮れません。(ビデオ防水じゃないですから)
それで白鳥公園まで行って、屋根があるベンチに座り雨がやむのを待っていたのですが、その時のことです。
私が雨宿りしていたのは白鳥公園の国際会議場がある前の広場でした。(国際会議場の前の広場には屋根と椅子があるところがあるものですから)
そこで座っていると、その広場に一人の人が(七十過ぎくらいの歳の人だと思います)紙袋を持って歩いてきて、その広場にいる人たちに何か説明しながら、その紙袋に入っているチラシを配っていました。
何だろうと思っていると、その人は私が座っている場所まで来て「明日ここで(前の国際会議場を指差してです)講演会があるのですが、よかったら来てください」といって私にチラシを渡しました。
何の講演会だろうと思い、そのチラシを見ると最初に「高橋佳子先生をお迎えして」と書かれてあります。
「ああGLAか」とすぐにピンときました。(この人は私のことを知らなかったようです。家は緑区にあるといわれていましたので「それだけ遠くては〔緑区は名古屋の一番端にありますので〕知らない人もいるわな」と思いました)
私は、この人まだGLAを信じているんだなと思い「高橋佳子先生を正しいと信じているのですか?」と聞きました。
その人は「もちろんです。佳子先生をご存知ですか?」と聞いて来ます。
その質問には答えず「では、高橋信次先生は正しいと信じていないのですか?」と続けて私は聞きました。
「信次先生ももちろん正しいです。佳子先生も信次先生も両方正しいです」とその人はいいます。
それで私が「信次先生と佳子さんがいわれていることは違っているではないですか。それなのになぜ両方正しいのですか?」と聞きました。
その人は、一瞬言葉に詰まったのですが「説き方は違いますが本質は同じなのです。如来の説き方は時代に合わせた説き方をします。その違いだけです」といわれます。
「本質が同じなら、同じような奇跡が起きないといけません。信次先生の時と同じような奇跡が今のGLAに現れていますか?」
「奇跡は現れていますよ。みな奇跡の話はします」
「では、なぜ佳子さんは霊道現象を行わないのですか?信次先生は講演会の都度に霊道現象を行われていたはずです。何で佳子さんはやらないのですか?出来ないからではないのですか?」
「いや佳子先生は霊道現象をやれると思います。今はやらないだけです。もう時代が違うからです」
「時代が変わっても過去世の証明になるのですから、霊道現象をやらないのはおかしいでしょう。口で人の生まれ変わりをいうだけでは、それを信じない人も多いと思うからです。実際にその証明をした方がよいのではないですか?それなのに、なぜ霊道現象をやらないのですか?」
そういう私の質問に対し、この人は「時代が違うからやらない」という一辺倒の答えでした。「佳子先生は霊道現象をやれるはずです」ということしかいわないのです。
この人は、高橋先生の娘さんである佳子さんが霊道現象を行ったのを一度も見たことがなようでした。(この人はGLAにもう四十年以上もいるのにです)
では佳子氏は、高橋信次先生がやっていられた霊道現象など出来ない、と思うのが普通なのでしょうが、どうもこの人はそれを認めたくはないようです。(それはそうでしょう。GLA会員から見たら佳子先生は神様なのですから)
話していると、この人はGLAにいて奇跡をまじかに見たことがなさそうでしたので「奇跡が起きないのなら、いっていることが正しいかどうか分からないでしょう」と私がいうと、金粉がどうのという話をしていました。(それも佳子さんが現したとは、はっきりいわなかったんですが。〔笑〕)
「そういう奇跡は地獄霊でも起こします。本当の奇跡とはこのようなことをいうのです」と、私は回りを指差しました。
私の近くにはもう鳥が何羽も飛んできていたからです。
このように話している間だけでも、すずめは飛んでくる、ムクドリは飛んでくる、カラスは飛んでくると、入れかわり立ちかわり鳥たちが私たちの近くに飛んできていました。
その人は、それに気づいていなかったのですが(鳥が寄ってくるなど思いもしないでしょうから)「私は、このように鳥がたくさん寄ってくるのです。これはお釈迦様やイエス様にも起きていた奇跡なのではないですか」と聞きました。
少し驚いたようですが、その人は「それはそうでしょうが、足元近くまで寄ってこなければ寄ってきたとはいわないでしょう」といいます。
そこで私は「足元まで寄って来る時もありますよ。今日はあなたがいるのでこの程度ですが、私はこのような鳥や魚がたくさん寄って来ます。その映像を動画に撮ってありますので私のブログを見てください。これと同じことが佳子さんに起きますか?」
「たしかに如来は時代に合わせた法の説き方をしますので、その時代によって説き方が違いますが、説いている神理の本質は同じなのですから、説いていることの本質が同じなら、同じ奇跡が起きないといけません。佳子さんは私と同じ奇跡が起きているのですか?」と立て続けに聞きました。
しかし、その人は佳子氏に、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているとはいいませんでした。
「そういうことも起きると思います」という曖昧な返事しかしなかったのです。
そんな奇跡など起きていないから「起きています」とはっきりいえなかったのでしょう。
釈尊やキリストと同じ神理を説いているのなら、釈尊やキリストと同じ奇跡が起きないといけません。
しかし、その釈尊やキリストと同じ、私に起きているような奇跡が起きている人は、特別このGLAの佳子氏だけではなく、どの宗教の教祖にもいないのです。(と思いますよ。誰かいますか?)
そうであるなら、その人たちは釈尊やキリストと同じ神理を説いていないということになります。
では、そのような人たちがいっていることが正しいのでしょうか?釈尊やキリストと同じ奇跡が起きないのにです。
こういう奇跡が目の前で現れているというのに、その人は私のいうことをなかなか認めようとはしませんでした。(四十年以上も信じて続けて来たGLAを、すぐに間違っていると認めろという方が無理なんでしょうが。〔苦笑〕)
しかし、口でいっているだけではなくこのような現象が現れているのです。
これ以上の私がいっていることの正しさの証明はないと思います。(もちろん、これ以外の奇跡もたくさん現れていますし)
昨日も私が歩いていると、嫌がらせをしていく人はいる、思いっきりブシュとやって行くトラックはいる(それは私のブログを見ているという証拠ですよね。昨日ブログに書いたことと反対のことをすぐにしてくるのですから。〔笑〕)やたらに怒っている人たちはいると様々でした。
正しい法を説いている者にそのようなことをすれば天罰はくだります。それもまた私が正しいことを説いている一つの証明でしょう。
正しいことを説いている人の周りには、必ずお蔭が現れるからです。(それは釈尊しかり、キリストしかりです)
これほどのお蔭が現れているのです。この正しい法をいい加減きかれてはどうでしょうか。(逆らうばかりではなくです)
そうすれば必ずよいことが起きてくるからです。



人目の訪問者です。

GLAの方とお会いしたのですね。その方にしてみれば反省の機会を頂いたのに、もったいないことでしたね。どこにご縁があるものか本当に分からないものです。いつも心を整えて置きたいものです。さて私事ですがうちの子供が習い事事を辞めることになりました。理由は色々あるわけですが、今まで過ごしてきたことを振り返ってみました。すると以外な気付きがありました。それは習い事の先生にもお役目があったという事ではないでしょうか。家庭で過ごす日常のの他に習い事で指導を受ける。すると家庭では経験出来ない習慣とか文化による規律であったり先生の考えであったり諸々が人格形成に影響を与えてくださるのです。すなわち、私達では子供の目的に足りないところをそうやって足してくださるというお役目を感じたのです。ですから私は感謝せずにはいられなく反省を通して先生の幸せを祈りました。そのような所にも感謝の必要性を知りました。
そのような感謝は必要でしょうね。
GLAの方ですが、このブログを読むよう勧めておきました。気づいてくれるといいのですが。