3月 05 2016
やり方を変える
いやいや凄い怒りようでしたね。昨日の庄内川の帰りはです。(苦笑)
トラックの運転手もバスの運転手もかなり怒っているようでした。昨日のブログが原因でしょうか。(苦笑)
どこかの会社も昨日午後から急にキレ出してガタガタやってましたので、昨日のブログは、皆さんよほど気に食わなかったのでしょう。(そうして帰ってきたら、どこかの会社など昼間以上に怒っているんですから呆れました。〔また何か起きたんでしょう〕この近くまで来たら、あちこちにそういう〔やたら怒っている〕人がいましたが、一体この辺り何が起きているんでしょう?本当に怖いです。〔恐〕)
しかし、事実は事実です。(見れば分かるでしょう。現実逃避はやめましょう)
私のいうことをきかないなら天罰は止まりません。そういうことをしている人(もれなく)全員に天罰はくだることになります。
その覚悟だけはしておいてください。
よほど自分たちの間違いを認めたくないようですが、私のような下賤(げせん)の者のいうことなど聞けませんか?(やはり偉い人たちは違います)
そうして、どんな悪いことが起きても「自分たちが絶対に正しくて間違っているのはお前」そう思い続けるのですか?
まるで、どこかの国の独裁者のようですが(そういう傲慢さに気づいていない人が多いようです)しかし、よく考えてみてください。
よってたかって一人の者に嫌がらせをしているのはあなたたちの方なのです。それは悪いことではないのですか?
その者が悪いことをしているから、嫌がらせをされるのは当然だとでも思っているのでしょうか?
しかし、そのような考えが間違っているということは子供でも分かります。
なぜなら、人が悪いことをしているからと、その人に悪いことをしてもいいなど誰も思わないからです。
人が悪いことをしているのなら、注意してあげなさいとか、悪いことを止めてあげることはいいことですと、誰でも教わっているからです。(小学校くらいで教わりますよね。そういうことは)
悪を悪で返すなら、それは悪でしかありません。
私が仮に悪いことをしていると思うのであれば、なぜそれを善で返す人がいないのでしょう?(その悪を注意したり、止めたりです。あなたがやっていることはよくないと、私に注意した人は一人もいません)
私への悪口や嫌がらせは悪以外の何ものでもないのです。
そういうことをしているから天罰を受けているのでしょう。なぜ、それが私のせいになるのですか?(悪いことをしているのは自分たちでしょう。何でそれで悪いことが起きたら、それが私のせいになるのでしょう。まったく意味が分かりませんね)
それに私が悪いことをしていると頭から決めつけていますが、何度もいいますが、何でそんな悪い者に奇跡が起きているのですか?
そのような簡単な質問さえ答えられる人がいないではないですか。
では私が悪いことをしているかどうかなど分からないでしょう。これだけ分からない現象が起き出しているのにです。
だいたい、少し前まで人の祈りがきかれるなど誰も信じていなかったのです。そういう人たちが、私が祈ることをじゃまするのです。
なぜでしょうか?
私の祈りはきかれると多くの人が知っているからです。だからじゃまするのです。散々いじめている私の祈りがきかれてはまずいからです。
そういう祈りが次々にきかれるなど、これまで起きなかったことではないですか。
何でこれまで起きていなかったことが起きているのに、それを悪と決めつけることが出来るのでしょう。
これまで起きなかったことが起きているということは、これまでの考えは通用しないといわれていることと同じなはずなのにです。
だから知ったかぶりはやめた方がいいのです。(知ったかぶりでしょう。これまで経験したことがないことが起きているんですから、よいも悪いも判断のしようがないからです)
こういう時は、過去の書物などもよく読んで、起きてきたことに従った方がいいのです。それが一番間違いがないことだからです。
起きてきたことに従うとは、よいことが起きてきたのなら、そのやっていることを変わらず続ければいいし、悪いことが起きてきたのなら、そのやっていることを変えればいいのです。
やっていることを変えれば、その悪は起きなくなるからです。
それを頑なに、どれだけ災いが起きてきてもやっていることを変えない、これが一番間違ったやり方であり、その一番間違ったやり方をし続けているから多くの人に災いが起き続けているのです。
そのやり方に問題があるからです。
また、それが正しいやり方であると過去の書物など読めば分かるのです。(聖書や仏典などです。それをそのまま読まなくても、聖書や仏典を分かりやすく書かれた本がいくらでもあります。そういうものを読めば分かります)
どれだけ責任転嫁をしても、この災いはなくなりません。(悪いことをしているのは自分自身であるからです。それが自分に返ってきているだけだからです)
自分のやり方(行い)を変えない限り災いは止まらないのです。
もう次々に不幸が現れてきているようです。(周りの皆さん大変そうです。やたら怒っている人、急に静かになってしまった人などたくさんいますから)その不幸を人のせいにして怒っている暇があるなら、行いを変えられてはどうでしょう。
その方がよほど幸せになれるからです。
追伸…私はこの間(ここ数年のことですが)よいことしか起きていません。奇跡しか現れていないからです。(災いなど一つも現れませんから。何で災いが現れるのか、その意味も分かりません)
これほどの差があるのに、未だお前が悪いですか?
そういうこといっている間にも、私には奇跡が、それ以外の人には災いが起きているというのにです。
釈尊が説かれた正法を正しく実践するならば、必ず、このような様々な奇跡が現れてくるのです。
私はその釈尊の説かれた正法を正しく説いているのです。(だから釈尊と同じ〔鳥が寄ってくるなどの〕奇跡が起きるのです)
この教えを実践されたらどうでしょう。そうすれば、いま起きているその災いは起きなくなるからです。
このように正法が説かれているその場所には必ず数々のお蔭が現れます。
そのような現象こそ、正しい教えを説いている証(あかし)であるからです。
現象がまったく現れない正法など本当の正法ではありません。(それは偽の教えであるということです)
口だけ正法にいつまで騙されているのですか?
如来の弟子であった方々も早く気づいてください。
自分たちの間違いにです。(本当に高橋先生も園頭先生も泣かれています)



人目の訪問者です。

先日の大阪梅田の事故からから不思議な事が続いて起きてますね。市バスの運転手の意識がもうろうとして、道路脇の柵や電柱に接触したり京都では電車の女性車掌の手がしびれ途中交代するなどです。元々人はいつどうなるのか分かる筈もないでしょうが、立て続けにこの様な事がニュースで取り上げられるなど今までに合ったでしょうか。もう少し前ですと観光バスのスキーツアーでも痛ましい事故が有りましたね。これからのニュースでは一体何が取り上げられることになるのでしょう。
そういうおかしな不幸な事故などは地獄霊が関係しているんでしょう。
とにかく心が悪い人が多いので、そういう人たちに呼び寄せられた地獄霊がたくさん地上にいるのです。
その地獄霊が悪さをするのです。
心を正していないと地獄霊の影響を受けます。
常に、法を依りどころとして生活しないといけませんね。