3月 10 2016
家庭の大事さ
相変わらずお怒りのようですが、そういう人たちにいっておきます。(本当に怒ればいいというものではありません)
それだけ怒っているから病気になるのです。病気にならないようにするには怒らないことです。
自分が悪かったと反省し、ニコニコ笑って過ごすことです。そうすればおかしな病気になどならないからです。
そういう病気持ちの人たちはほっておいて、もう少し家庭の大事さを書きましょう。このまま(男女の役割無視の)平等論が拡がるなら世界が滅んでしまうからです。
園頭先生のご著書「正法と人生の原点」から抜粋します。
<家庭は男と女、即ち陰と陽とによって構成され、外でどんなに疲れていても、家庭に帰ると心が安らかになるのは、家庭とは、神が、神自身が自らの生命を顕現(けんげん)するために設計された基本的単位なので、家庭は神の心の縮図であるからであり、神の生命は家庭の在り方を通して顕現されることになっているので、調和された家庭の中にいる心の安らかさは、神のふところに抱かれているのと同じ安らかさになるのである。家庭で霊の勉強をし、それを基礎にして家庭外でいろいろな経験をし、よいことも悪いこともまた家庭に帰って自分の行いが間違いでなかったことを再確認し、間違った点は反省し、家庭内で実行して再び社会でやってみるという霊の勉強の基本の場所である。
この夫婦の結びによって生まれる子供であるから、結んで生まれた男の子即ち「息子」(むすこ)結んで生まれた女の子即ち「娘」(むすめ)ということになっているのである。
こうした夫婦の縁をキリストは「神の合わせたもうもの」といっていられるし、だからして「人、これを分(わか)つべからず」と感情で気ままに別れたりしてはならないといっていられるのである。
お互いに霊の勉強を確認し合った夫婦は、途中でどんなに夫婦の危機があって喧嘩(けんか)したりしても別れることなく、晩年になるに従って「若い時はいろいろなことがあったが、ほんとにいい夫婦であった」とお互いに感謝し合えるようにならなければいけないのである。>
家庭がいかに大事な場であるのか、このような園頭先生のご著書を見れば分かるのです。
家庭は心身の疲れを癒す場(家庭は神の生命の顕現の場、ということは神のエネルギーをもらう場であるということです。だから心身両面の疲れが取れるのです)であり、社会勉強の反省をする場でもあり、そうして、その社会勉強のための基礎を教えてもらう場でもあるのです。(家庭生活が社会生活の一番の元であるからです。社会生活とは、自分以外の別の人が一人でも存在した時点から始まるのです。家庭生活は一番最小の社会生活の場でもあるのです)
だから、その家庭がなくなれば人は不安定になるのであり(神のふところから離れてしまうからです)だから、その家庭が不調和であってはいけないのです。
不調和であっては、その家庭に神のエネルギーが現れることはないからです。
だから私はいっているのです。平等論はいけないとです。
男女平等で、男女が同じになってしまっては調和しないからです。
陰と陰では調和しません。陽と陽でも調和しません。陰と陽があってはじめて調和するのです。
だから、男は男としての立場で、男の仕事をしっかりしないといけないのであり、女は女としての立場で、女の仕事をしっかりしないといけないのです。
そのように陰と陽にはっきり別れることによって、はじめて陰陽の調和が完成するからです。
だから、今のように男女平等の観点から、小さな時から男と女を一緒にして同じような教育しかさせないというのは間違いであるというのです。
男と女では性別が違うのはもちろんですが、特性も違うのです。したがって将来やる仕事も違うのですから(これを同じにしてしまうのが平等論なのですが)教育も分けないといけないのです。(同じ教育でよいものはそれでいいのですが、例えば、女の子には家事などの家庭科の授業を増やすとか、男の子には男らしくあれということで、勇気を持たせるような授業を増やすとかです)
そういう(男女の別の)教育がしっかりなされていないから、大人になって結婚したのはいいが、子供が一人でも出来るとパニックになり(子育ての仕方をまったく知らないからです)その子供を殺してしまう親まで出てくるのです。
そういう教育がなされていないからです。
昔は小さな時からそのような教育はすでに家庭でしていたのです。(女の子には料理を手伝わせるとか、他の兄弟の面倒をみさせるとかです。そういう体験をしているなら、結婚して子供が出来てもパニくらないからです)
しかし、現在は平等論に加え、子供に苦労はさせるなという甘やかし論まで加わって、大人になったのはいいが、社会生活にまるで対応できない、そういう子供が増えたのです。
神のふところであるはずの家庭が、神のエネルギーがまったく発生しない場所に変わっていたからです。(そういう子供に何もさせないという極端な〔勉強やゲームばかりさせているというのもそうですが〕中道でないところにも神のエネルギーは発生しません)
今のような平等論や(勉強やゲームばかりさせている)極端な考えを家庭に持ち込むなら、その家庭は壊れてしまいます。(表面はそう見えなくても、神のエネルギーが発生しない家庭などすでに壊れているのです)
だから、平等論の間違い、そうして中道がいかに大事なのかということを、多くの人に知らせないといけないのです。今の考えのままでは、多くの家庭が壊れ(家庭が壊れるのなら)最後には滅びてしまうからです。
その危なさが分かるのは、法を知っている人だけなのです。このような平等論や極論が拡がれば世界は滅びてしまいます。
この教えを拡げる大事さを、もう少し理解していただけないでしょうか。
追伸…高浜原発に運転差し止めの仮処分が出て、今日から原発を止めてしまうそうですね。
大丈夫ですか、こんなことしてです。(営業での損益、誰が保証してくれるんでしょう?)
高浜原発は、原子力規制委員会が世界最高水準の安全性といっている、その安全基準に適合しているのです。それにもかかわらず、まだ安全でないと司法が判断したのです。(科学には素人のはずの司法がです)
さぞしっかりした根拠があるんでしょうね。(科学的なです)そうでなければこんな前代未聞のこと出来ないからです。
司法は高浜原発を停止するならするだけの科学的根拠を示すべきでしょう。
ただ、これでは不十分だとか、危ないとかいっているだけでは、一般人がいっている感情論と変わらないからです。(それではあまりに無責任ですよね。先ほども書きましたが、この原発停止で損害を被〔こうむ〕る人はたくさんいるからです)
司法は天の声ではありません。(そんなことすると天も怒りますよ)
したがって間違いもあるということです。



人目の訪問者です。

園頭先生のお言葉はなんとも愛深く慈悲深くあり心が揺さぶられます。本当に有り難いものと思います。ようやく私自身も落ち着いてきた様子で、やっと周りを見れるようになった気がします。夜に心を見つめ昼に色々な刺激を受けながら過ごしていますが、徐々に昼と夜の心の在り方にギャップが感じられます。一日を通して心がざわめいて、たまらず夜に軌道修正をかけているのです。すると稀に感謝が行える環境と感謝が実践できる行為が有り難く思える時があるのです。最近はそんな日々を送っています。今の家庭があり心を見つめる事ができることに、家族への感謝に加えて与えられた環境にも感謝を続けて行きたいです。
そうしてください。