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3月 14 2016

悪魔の仕業

11:11 AM ブログ

今日も朝からお怒りモードですが、怒っていても仕方ないでしょう。怒っている暇があるなら反省することです。そのような心が変わらない限り災いは止まらないからです。

昨日もやたら怒っている人たちがいましたが、こういう人たちは完全に悪魔に洗脳されている人たちでしょう。頭から私が悪いと思い込んでいるからです。

しかし、私は何一つ悪いことはしていないのです。

このブログに悪いことでも書いているというのでしょうか?祈ることが悪いこととでもいうのでしょうか?そういうことが悪いことではないから(むしろこれ以上よい行いはないから)奇跡が起きているのです。

これほど私の正しさを現す証明もないわけです。(口だけではなく、奇跡まで現れているからです)

それなのに、未だ私を悪人とみて嫌がらせを繰り返す、そのような人たちこそ本当の悪人であり、私に自分たちの罪を擦り付けているのです。

そういう自分たちの(大きな)罪を反省しようとしないから、災いばかりが起こされるのです。

その災いにせよです。例えば私がそういう人たちを祈って、それで病気にでもなった人がいたとしますと、それをすぐ私のせいにします。

しかし、それは本当に私のせいなのですか?

「お前が祈って病気になったのだからお前のせいだろう」といわれる人もいますが、私は嫌がらせをしてこない人には祈らないのです。(では、その嫌がらせに対する天罰はくだらないのでしょうか?)

それに私は「この人を正しくお導きください」という祈りしかしていないのです。

そういう祈りで、人がそう簡単に病気になどなるでしょうか?

何か私が祈ると顔を引きつらせる人も多いので、私が祈ると、悪いことばかり現れるような印象を受けますが、もし、私が祈った後、病気をしている人が多いのだとしたら、それは私の祈りでそうなったのでしょうか?

もしかしたら別の理由があるのではないでしょうか?

例えばです。私の祈りで病気になった人たちは、耳元で何か聞こえていた人たちも多いのではないですか?(そういう人、この辺りにゴロゴロいますから)

もし、私が祈る前から、そのようなおかしな現象がいろいろ起きていた人がいたとしたら、その病気になったのは多分私の祈りのせいではありません。あなたに憑いている悪魔(悪霊)がそれを現したのです。

悪魔が人を病気にさせることくらいわけないことであるからです。

私の祈りのせいで病気になった(または家族や友達などがなった)という人たちは、自分に憑いている悪魔のことも考えた方がいいでしょう。その悪魔はどのような悪さをするか分からないからです。

自分にそんなものは憑いていないと思うのは早計でしょう。心が汚い人にはいろいろな悪魔が忍び寄ってくるからです。

そのような汚い心が悪魔を呼び寄せるのです。

自分の心はきれいだと胸を張っていえる人がいるでしょうか?多分(よほど勘違いをしていない限り)自分の心はきれいだといえる人はいないでしょう。

なぜなら、現在の世相はそれほど心を重要視していないからです。心より外見のきれいさばかりがいわれるからです。

しかし、心も部屋や町同様、自分で気づいて(掃除などして)きれいにしなければきれいになりません。ほっておいたらドンドン汚れるのです。

そういう心の汚さに気づいて、心の掃除をしている人がいるのでしょうか?もし、そういう人がいないとしたら、自分たちの心は相当汚れているのです。

多くの人は、その相当汚れている自分の心に気づいていないだけなのです。心の汚れは目には見えないからです。

心の汚れは目には見えませんが、しかし、そのような汚れた心の持ち主には、汚い家や町に、ダニやゴキブリなどのおかしな虫がたくさんわいてくるのと同様に、おかしな霊(悪魔)たちがたくさん寄って来ているのです。

その悪魔が寄って来ているのに気づいていないだけなのです。その悪魔たちも目に見えないからです。

しかし、その悪魔たちはいろいろな悪さをします。

例えば、私の祈りに合わせて人を病気にしたりすることも可能であるということです。

だとしたら私に祈られて病気になった人は、果たして私の祈りで病気になっているのでしょうか、それとも自分に憑いている悪魔がその人を病気にしているのでしょうか、どちらか分からないということです。

しかし、私は人を病気にする祈りなど一度もしていません。(それは私が全然病気をしていないということでもその事実が分かります。自分がした祈りは、必ず自分に返ってくるからです)

それで病気になる人が続出する(続出しているかどうかは知りませんが)ということも考えにくいのですが…もしかして私が祈り病気になった人の多くは、自分に憑いている悪魔にやられているのではないでしょうか?

悪魔は私を陥(おとしい)れたくて仕方がないからです。私の祈りに合わせ病気を現すくらい造作もないことだからです。

こればかりは確認しようがありませんが、とにかく、皆さんの心が汚れているということだけは確かなのです。

だとしたら、どのような災いがいつ振りかかるか分かったものではないのです。昨日のブログではありませんが、そのような人は必ず悪魔の導きがあるからです。

そのような点から見ても、法を実践するかしないかで大きく変わるのです。法を実践して心がきれいなら、天からの導きがあり、悪魔ではなく光の天使がたくさん寄って来るからです。

だから、自分も守られ奇跡も起きるのです。

神の光が自分を守り、光の天使がよい方に導いてくれるからです。

この辺りの人たちは悪いことをすべて私のせいにしていますが、その悪いことは本当に私のせいなのでしょうか?

多分(というか絶対です)違うでしょう。その悪いことはあなたの隣に立っている、その悪魔たちがしているのです。

その悪魔に気づいていないだけなのです。

心が汚れているのなら、そのような悪魔はたくさん寄って来ています。悪魔がたくさん寄って来ているのなら、その悪魔たちはどんな悪さをするか分からないのです。

悪いことを人のせいにしている暇があるなら、心をきれいにすることです。

それが一番自分を守れる方法であるからです。

追伸…大相撲がまた始まりました。

初日から二横綱が敗れるという波乱がありましたが、こうなると先場所以上に今場所は面白そうです。(笑)

相撲も何か少し雰囲気が変わってきたように感じますが、バトミントンなども、海外の試合で何十年ぶりかで日本人選手が優勝するなどの快挙が続いています。

相撲も日本人力士がもう少し頑張れば(また日本人横綱など誕生すれば)もっと盛り上がるでしょう。

そのようないろいろなところで大いに日本を盛り上げてほしいものです。

大きな使命が日本にはあるからです。(その使命にいつまでたっても気づかないのですが)

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