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3月 20 2016

愛ある現象と天変地変級の災い

11:05 AM ブログ

昨日は堀川に行ったのですが、もうカモメは数羽程度しかいませんでした。

しかし、その数羽のカモメが私が行くと嬉しそうに飛んできます。

私の前や頭上を行ったり来たりしているカモメに「もう帰るのか」と聞くと、中にはビクッとするカモメもいるのですから「みな人の言葉がよく分かっているのだな」とつくづく思います。

どのような動物もすべて(すべてです)人の言葉が分かります。だから鳥など近くに飛んできたら、優しい言葉をかけてあげてはどうでしょう。

そうすればこちらの愛も、もっと鳥たちに伝わると思うからです。(私は、よくすずめなどに「元気か」と声をかけています。そうやって声をかけると喜ぶすずめがいくらでもいます。態度に現しますからすぐに分かるのです)

そのカモメが少なくなった堀川を見ると、もう水面でさざ波が立っています。

「お前ら元気か」と今度は水面に向かい声をかけると、あちらこちらにサッーとさざ波がいくつも立って、中にはこちらに向かって来るのもあります。

そのうちに、ジャボン、ジャボンという音がして、水面で何かが跳ねています。目を凝らしてそちらを見ると、そこに小さな魚たちがたくさん浮かんできています。

小魚たちが私の声に反応し、あちらこちらで跳ねているようでした。

カモメたちがいなくなると、今度は魚たちがたくさん顔を出し始めます。(中には、カモメがいるにもかかわらず意地になって跳ねている魚もいますが。〔笑〕)

私は少し自然があるところに行けば、このようなことばかり起こります。本当に楽しいものです。

しかし、去年はこの時期まだたくさんカモメがいたのです。(満開の桜と一緒にカモメを動画に撮った記憶がありますので、四月くらいまでいたと思います)

それが今年はもうほとんどいません。今年は暖冬であったということも影響しているのでしょうか?

そのようなカモメや桜を動画に撮っていた時、去年などはよくブシュブシュやられました。そのブシュブシュが今年は妙に元気がありません。

皆さんどうされたのでしょう?

何か悩み事でもあるのでしょうか?(これから暖かくなるというのにまだ寒い冬が続いている感じですね)

特にバスの運転手の皆さんなど深刻そうです。

やたら怒っている人、顔が引きつり真正面しか見ない人、凄い顔をでこちらを見ている人、あるいは遠くから、たそがれた顔でこちらをジッと見ている人など、様々な表情をした人がいるのですがどうされたのですか?(明らかに様子が変ですけど)

トラックの運転手など、ニコニコ笑いながらこちらに頭を下げた人までいました。

ずいぶんこれまでとは様子が違ってきたように思いますが、本当にどうされたのでしょう。

そうして昨日もやたら怒っている会社がありました。

私が近くを歩いているとでかい音をガンガン立てたり、あるいは、その会社からわざわざ外に出てきて、物を投げ捨て大きな音を立てる人もいました。

とにかく、怒っている人やたそがれた顔をして見ている人が多いのです。(笑っている人もいましたが、何か無理して笑っているようで、そういう人に「いつまでも笑っていられるかな」というと、急に顔が曇るのです)

一体何をそんなに怒っているのですか?それほど寂しそうな顔をしているのでしょう。

別に大きな天変地変などが起きているわけでも何でもないのにです。

それとも、大きな天変地変に匹敵するくらいのことでも起きているというのでしょうか?

そうであるなら、そのような態度を取る人があちこちにいても何も不思議ではないでしょう。

そんな大きな天変地変が起きたのなら、キレたような態度を取る人、絶望的な態度を取る人がたくさんいても当然であるからです。

それほどのことが起きているのでしょうか?

バスやトラックの運転手の皆さんや(もちろん電車も同じですが)この辺りの会社の人たちにはです。

皆さんの態度を見ていると「何か大変なことが起きている」そう思わざるを得ませんが、もし、それほど恐ろしい現象が現れているのなら、それを救えるのは私だけでしょう。

なぜなら、そのような天変地変に匹敵するような災いが起きている中にあって、釈尊、キリストと同じ奇跡が現れているのは、私だけであるからです。

その奇跡が、起きているであろうすさまじい災いを救える唯一の手段であるからです。

詫びを入れてはどうでしょう。そのような「自分が悪かった」という謙虚な反省の心が自分を救うからです。

まず、そのような心にならなければ、このすさまじい災いから逃れる術はないのです。

それだけすさまじい災いを招いてしまったのは自分たちだからです。その自覚をいい加減持たれてはどうでしょう。

そうしなければ、一人たりとも救われることはないからです。

間違った考えを持ち続け、間違ったことをやり続けている全員に、そのすさまじい災いは現れるのです。

その災いは天罰以外の何ものでもないからです。(奇跡が起きている私がいうのですから、間違いありません。その起きている災いが自分たちの間違いを現しているのです)

私は無理難題をいっているわけではないのです。

「自分たちが間違っていたのだから、それを認めて素直に謝りなさい」といっているだけなのです。(天罰の定義お分かりですよね)

まずそれをしないと(そういう心にならないと)この天罰から逃れる道はないからです。

天罰を受けないようにするには、自分が悔い改める、それ以外にないからです。

自分たちの罪を私に擦り付け、そうして散々嫌がらせをしてきたのは、そちらなのです。(私一人でこれだけのことが出来ますか?〔多くの人を次々に病気にするとかです。漫画じゃあるまいし出来るわけがありません〕それに何でそんな悪い者に鳥や魚が寄って行くのですか?そういう質問に誰一人答えることが出来ないではないですか。それが自分たちが間違っている何よりの証拠です。自分たちの考えが間違っているから、そんな簡単な質問一つ答えることが出来ないのです)

何でそれが悪いことではないのでしょう。大変な罪なのです。もう長年多くの人々は(本当の)神に対し大きな罪をつくり続けて来たのです。

それに気づいていなかっただけなのです。

その罪にやっと気づき始めた、それだけのことなのです。しかし、その罪に気づいたのはいいが、今度はその罪を人に擦り付け、どれだけ天罰を受けても、頑として自分の罪を認めようとしない、今の皆さんはそのような状態なのです。

だから、これほどの(天変地変級の)災いが現れているのです。今の心と行いがまったくなっていないからです。

それだけ大きな天罰を食らうには食らうだけの理由があるということです。

まだそれを私一人のせいにし続けるのですか?(どれだけ私のせいにし続けても災いは止まりませんが…むしろひどくなるばかりですが)

しかし、私には、鳥が寄って来たり、魚が寄って来たりと、愛ある現象が現れ続けています。

愛ある現象が現れる人には幸せが、大きな災いが現れる人には(大きな)不幸が訪れるということは、誰でも知っています。

そのような現象が現れ続けているのです。

いい加減悟られてはいかがでしょう。自分たちの大きな罪をです。

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