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3月 26 2016

法を中心とした世界

10:56 AM ブログ

いよいよやばいんじゃないですか?どこかの会社などです。

ここ二、三日も、わりと静かだったんですが(たまにキレてたみたいですけどね)今日はまた一段と静かです。(ほんと休みかと思いました)

あれだけでかい音を立てていた会社がこれだけ静かになる、相当やばいことが起きているように思えますが、それでもまだ私のいうことを無視するのですか?

私のいうことをきかない限り、恐ろしい現象は止まらないでしょう。早く反省し心から詫びられることです。

そうすれば(私も祈ることですし)その現象は止まるからです。

これは他の人たちにもいえることでしょう。昨日も怒っている人たちがいたようですが、どれだけ怒って私に罪をかぶせたところで、その現象は止まりません。

自分が反省するしかないのです。自分たちが悪いから起きている現象であるからです。

早く反省された方がいいでしょう。それが恐ろしい現象を止めることが出来る唯一の方法であるからです。

まだ、この法を信じることが出来ませんか?

これだけお蔭が現れているにもかかわらずです。

この教えを信じ実践するのであれば、必ず(災いではなく)奇跡が現れるようになります。信じ行われたらどうでしょう。すでに奇跡が現れている人はたくさんいるからです。

例えば、いま小、中、高校などで事故が相次いでいる組体操などもです。

もちろん、正しい指導は前提なのですが、このような体操などでのけがは親の愛が深ければ防げるのです。

あのように子供がけがをするのは、子供に対する親の愛が足りないからであり、こういうことで子供がけがをした時は、親が「自分の子供に対する愛が足りなかった」と反省しなければいけないのです。

それなのに、現在は何か起きるとすぐに学校が悪いだの国が悪いだのいって、危ないからそれをやめろだの、学校を訴ろだのいっています。

こういうこともまたお門違いなのです。

こういうことをしているから災いが起こりだすのであり、子供の事故が起きて「ああ自分たちの子供に対する愛が足りなかった」とすぐに反省出来る親がいる家庭には、奇跡が起きるのです。

そのような反省と愛の実践を続けることが奇跡を起こす秘訣であり、こういう人たちには絶対に災いが起きることはないのです。

また、愛がある心の人たちには、仮に子供にそのような事故が起きても「あの事故があったからうちの子は強くなれた」と、そのような事故が後々プラスに働くのであって、そういう一見悪いと思われる現象も、心に愛があるならよい結果となって現れてくるのです。

すべて、愛(と慈悲)が基本であり、その心があるなら、必ずよい結果が現れるのです。

だから、悪いことを責任転嫁するのは間違いであると私はいっているのです。

周りにどれだけ悪いことが起きても、自分たちに愛があるなら、その悪いことは絶対に自分たちに起きることはないからです。

悪いことが自分たちに起きるのは、自分たちの愛が足りないせいでそのような現象が現れているのですから、悪いことが起きたら、まず自分たちの愛の足りなさをよく反省しないといけないのです。

ところが現在の多くの人は、その反省をまったくすることなく、すべて責任転嫁しています。それが災いが起きる理由なのです。(世相が世相だからそうなるのでしょうが〔自分が悪いのではなく、周りが悪いからそうなった、などとすぐにテレビではいいますから〕しかし、その世相に流されていてはいいこと起きてきません。現にテレビの評論家のいうことをいくら聞いても奇跡が起きないのがそのよい証拠です)

私には奇跡しか起きていないのです。口だけでそういっているわけではありません。私は身をもってそれを示しているのですから、これ以上正しいことはないのではないでしょうか。

もう、いつまでも災いを現されていてはいけないのです。

世界を見てください。

すでに世界中で頻繁にテロが起こるようになり、あちこちで未だ戦争を続けているところがいくらでもあるのです。

そういう場所に早く法を伝えないといけないのです。

この法をそのような場所に伝えない限り、そこに真の平和が来ることはないからです。

この教えが本物であると知っているのは、この日本の(そうして、このブログを読んでいる)人たちだけなのです。

そうして、すさまじいお蔭があるということを知っているのもそうです。

では、やってもらうしかありません。

そのような争いの場所に本当の神の教えと神の業が現れるなら、その場所の人たちは嫌でもこの教えに従うからです。

他国の人たちは日本の人たちと違い信心深いのです。そのような人たちに神の業が次々に現れるなら、そこにいる多くの人たちがこの教えを信じるでしょう。

そうなれば、そこに本当の平和が現れるのです。この教えに争いはないからです。

あるのは愛と慈悲と調和と現れる神の業(お蔭)であるからです。

それだけしかないのですから平和になります。愛と慈悲と調和することの大事さを教え、その実践が正しければ奇跡が、間違っていれば災いが現れるのです。

これ以上平和な教えもないわけです。

やっていることの正しさを、人ではなく神に教えてもらえるからです。(人が教えるといろいろ反発もあるでしょうが神が教えるのです。反発しようがありません。そこは日本の人たちとは違うでしょう。何度もいいますが他国の人たちは信心深いからです)

これまでは武力を中心として平和が保たれてきました。(覇道)しかし、これからは、この法を中心として平和を保たなければいけないのです。(王道)

王道でなければ、真の平和は来ないからです。(しかも法を中心としたこの王道は〔徳だけではなく〕神の力まで加わっています。まさに最強ですね)

いつまで自分たちのことでモタモタしているのですか?

早く法の実践を行ってください。

この法を必要としている人たちは、世界中にたくさんいるからです。

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