4月 11 2016
法の影響
しかし、今日も朝から大騒ぎですね。(朝もはよから、やかましいことしていましたし)
何かその騒ぎが、段々災いを呼ぶ儀式のようにも思えてきました。(毎日同じことをしているからです。まったく学習しないからです)どれだけ自分たちで災いを呼べば気がすむのでしょう。
滅ぼされるまで分からないとは本当に哀れなものです。
そういう人がこの辺りはたくさんいるのですが、悪いことばかりではなく私のようによいこともたくさん起きています。(よいことは私が中心ですが)
こういうことを考えると、本当に法の影響はすさまじいなとつくづく思います。
ここに法が出現したばかりにこれだけのことが起きているからです。
その法の影響が遠くアメリカにまで届いたようです。
昨日、私がこのブログに(ほんの少しだけ)そのアメリカでやっているゴルフのことを書いてしまったからです。
ここに書けば、そのゴルフをやっている選手は法のことを意識します。(このブログを読んでいる選手は確実にいますから)
そこにいる選手たちが、この法のことを意識すればするだけ法の影響はその場所に強く現れます。
今日の朝テレビを観ていましたが、法の影響は確実に現れていたようです。
この法をしっかり勉強すると誓わなかったのは残念でした。だからそういう結果となったのです。(首位との差が五打もなかったんですね。では、もっと優勝できる確率は上がったのに)
別に法のことを意識したのはこの選手だけではなかったでしょう。(私を意識するということは、法を意識するということと同じですから)
あまり法の(私の)ことをよく思わなかった選手が突然崩れたり、コースの状況がまったく変わってしまったりしたのは、法のことをより意識した選手が多かったからです。
だから、そこかしこに法の影響が(神の力が)現れたのです。(解説の人が困っていましたね。〔選手はもっと困ったんでしょうが〕昨日までキレていたコースのボールがまったくキレなかったり、戻ってくるはずのボールが戻らなかったりしてです。「傾斜がかわったんでしょうか?」とか「一日で傾斜はかわらないでしょう」などというおかしな解説をしていました。〔苦笑〕)
法は少し強く意識しただけでも、その場所に様々な影響を与えるのです。
それは、どこにいても神に祈れば、その祈りがきかれるように(ただし、正しければという条件つきですが)法を強く意識するということは神を強く意識するのと同じだからです。
だから、法を意識する人が多ければ、そこに神の力が現れるのです。本当の神の教えとは、それほど影響がある(神の力が現れる)ものであるからです。
だから、釈尊やキリストの周りにも(もちろんモーゼも同じですが)あれ程の奇跡が現れたのです。
このような偉大な方々は、当たり前ではありますが本当の神の教えを説かれていたからです。
その時、預言者といわれる方々が説いていた同じ教えが現代に現れているのです。
だからそういうことが起きるのであり、つまり、その正しい教えには、それほどの力があるのであり、だから、釈尊は「人を依りどころとせず、法を依りどころとしなさい」といわれたのです。
その法に神の力が宿っているからです。そうして、その法はなくなることがないからです。(法は自分が知って覚えている限り自分に残りますが、人はいつかはいなくなります。〔如来といえどもいつかは天上界に帰られるのです〕法を依りどころとしているのなら、自分はいつでもどこでも救われるのです。偉大な人ばかりでなくその法にも神の力が宿っているからです)
だから法を依りどころとしないといけないのです。人を依りどころにしていては、その人がいなくなったら法が分からなくなるからです。
その間違いを今回の多くの如来の弟子たちは犯したのです。だから法が分からなくなったのです。(多くの弟子たちが、高橋先生〔人〕ばかりあてにして法をしっかり学ばなかったのです。それで、高橋先生がいなくなったとたんに法が分からなくなったのです。園頭先生以外の如来の弟子たちが高橋先生がいなくなったとたん神通力がなくなったのがそのよい例です。正しい法が分からなくなったとたん神通力をなくしてしまったのです。その法に神通力が宿っていたからです)
しかし、その正しい法がここにまた復活したのです。だから、これほどの影響が現れているのです。
正しい法には、それほど大きな神通力が宿っているからです。(その神通力も人の心の大きさにより、大きく引き出せる人と小さくしか引き出せない人で違いますが)
今はまだ一部の場所にしか、このような神通力は現れていませんが、いずれ嫌でもこの法の影響は世界中に現れるのです。
すでに正法の世となっているからです。
その時になって慌てるか、それとも早めに法を実践し出来るだけ心を高めていくかで、その法の影響が現れだした時の状況は大きく変わってくるのです。(もう名古屋の辺りは半分パニックです。その法の影響が拡がり始めているのに、いつまでたっても肝心の法を誰も勉強しようとしないからです)
いつまで法から離れたところにいて(時々近いところに来ていますが)災いばかりを受けているのですか?
泣こうがわめこうが、もうそういう世の中に(法の世に)なっているのです。
では、出来るだけ早く法の勉強をされてはどうでしょう。
現に、それをしっかりされている人には奇跡しか起きないからです。



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