>>ブログトップへ

5月 01 2016

お年寄りの皆様へ

10:49 AM ブログ

昨日は前のバカ会社がうるさくて書けませんでした。(あまりにやばそうでゴールデンウイーク中に滅ぼされないか心配です)

マァ、今日は休みです。そういう痛い連中の話はやめて時間のない方々を救う話を書きましょう。その方がよほどためになると思うからです。

昨日も一昨日もそうなんですが、バスの運転手がやたら怒っていました。

それ以外でも、ずいぶん怒っている人があちこちにいますが(今日も朝から怒っているのがいましたから。でかい音を立ててです。〔横のオジちゃんかオバちゃんか知りませんが〕今日は朝から遠くでサイレンがしっぱなしでした。そういうこともあったのかもしれませんが)どれだけ怒って八つ当たりしても恐ろしい現象は止まりません。

その悪いことは(私のせいではなく)自分のせいで起きているからです。

少しはお年寄りを見習ってはどうでしょう。最近のお年寄りは私に頭を下げる人が増えているからです。(意外ですか?)

といっても理由があるのですが(笑)最近は年寄りの弱点が分かりましたので、その弱点ばかりをついているからです。(弱点をつくのは戦の常道ですから。〔笑〕)

この頃の私は、年寄りが前から歩いて来て何かしたとたん(または、何かしそうな年寄りを見るとです)「おっちゃん(またはオバちゃん)神からあの世から生まれ変わりから何から何まで教えてもらってよかったな。それ誰のお蔭」とか「先が短くてもあの世があることが分かり希望もわいただろう。ずいぶん救われたよな」とか「その連れてる孫ともあの世でまた再会出来るんだ。嬉しいだろう」とか「神もあの世も生まれ変わりも、俺がいたから信じたんだろう。その俺に感謝しなくていいのか?」とか、散々恩着せがましい言い方をしているからです。(笑)

そうして「そういうことを命懸けで伝えている俺に、これっぽっちも感謝しないんだな。そういう態度をこれっぽっちも反省しないんだな。それで悪いことが起きたら俺のせいってか。ずいぶん都合がいいんだな」とか「最近はそういう話を聞いて、感謝する年寄りも増えてきたけど、この辺の年寄りはまったく感謝しないんだな」とかいいまわっていると、それを聞いた年寄りの十人に一人くらいの人が頭を下げていきます。(そういうことを聞いてさすがにやらしくなってでしょうが)

だから、最近は私に頭を下げる年寄りが増えたと書いたのです。(年寄り以外はまず頭など下げませんね。開き直って「それがどうした」という顔をしているか、逃げていく人がほとんどです)

そういう話をしまくらないと年寄りも頭を下げませんが(笑)しかし、年寄りに無理やり力ずくで頭を下げさせているのではなく、良心に散々訴えかけて、そうして自発的に頭を下げさせているのですから、別に悪くはないでしょう。

むしろよい行いなのではないでしょうか。自分たちが悪いと少しも認めなかった人たちに(少々強引ではありますが)それを認めさせているからです。

しかし、私に頭を下げている年寄りは、自分も(まだ「も」ではあるのでしょうが)悪いと少しは理解したのですから、そういう心になってはじめて救われ始めるのです。

そういう心にまずならないと救われようがありません。

そういう意味では、私に頭を下げている年寄りはこれから救われる可能性があるということです。(まだ可能性だけですけどね。そこからどれだけ自分が反省出来るかだからです。その行いは始まりにすぎないからです)

この前、ゴルフを観に行って歩きながら辻説法をしていた時、また大きな建物が見えてきて、前に出ている看板を見ると天理教と書かれてありました。

「こんなところにもでかいのがあるよ」と思いながら、中をのぞくと建物の前に人が出て来ているようでした。(一人、二人でしたが)

それで私が「いつまでそんな間違った信仰しているの。正しい信仰はこういう現象が現れるんだぜ」と騒いでいる鳥たちを指差しながら歩いて行きました。

あるオバちゃんの家の前を通ると(七十過ぎくらいの年の人です)そのオバちゃんがよく家の前に出てきていて、私に嫌がらせをしていました。(鳥が騒ぐんで私が歩いているのがよく分かるのでしょう)

しかし、私が散々辻説法をすると、最近その人は私に対する嫌がらせをやめたのです。

そのオバちゃんの家には例の公明党のポスターが張られていました。

二、三日前にも、私は、そのオバちゃんの家の前を通ったのですが、そのオバちゃんは植木いじりをしていました。

私が前を通っても何もしてきません。

それで私が「そのまま今の間違った信仰を続けても、地獄に堕ちるだけだぜ。何度もいうけど、正しい信仰はこういう奇跡(その時も鳥が騒いでいましたから)が起きないといけないんだ。誰かそういう奇跡が起きている人がいるの」と聞きました。

そのオバちゃんは顔を引きつらせて私の方を無言で見ていました。

お年寄りの人たちにいっておきます。

もう皆さん方は時間がないのです。他の人より急がないといけないのです。では、私のいうことを聞かれてはどうでしょう。

他に救われる道はないからです。

釈尊やキリストと同じ奇跡が起きているのは私だけですし、現に多くのお年寄りの心を私は救っているのです。(特別年寄りだけではありませんが)

すでに、そのような実績があるのに、正しいかどうかも分からない(完全に間違っていますけど)噂を信じ、私に反発するのは唯一救われる道を自ら閉ざしているのと同じなのです。

もはや他の宗教に救いはありません。(どんな大宗教でも、この災いを止められない、そこの信者の一人として私と同じ奇跡が起きていない、そのようなことが何よりの証拠です)

私の話を信じ、それを行ったらどうでしょう。

そうすれば、その行い次第ではありますが、死後、すばらしい世界へ行くことになるからです。

救われる道は唯一私が説いていることを行う、それのみなのです。

私のいうことを聞かれてはどうでしょう。何度もいいますが、皆さん方はもう時間がないからです。

(特別、時間がないのは年寄りに限ったことではないのかもしれません。どこかの会社の連中も、どこかのバス会社の連中も〔他にもたくさんいるようですが〕時間がなさそうだからです。そういう人たちも突っ張っていないで、早く私のいうことを聞かれてはどうでしょう。それ以外で救われる道はもうないからです)

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。