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5月 08 2016

使命のある人

10:46 AM ブログ

それにしても頑固な人が多いのですね。昨日、辻説法をしていて改めてそう思いました。

昨日は、辻説法をしていても(頭を下げた人もいるにはいましたが)ほとんどは私のいうことを聞こうとしない「悪いのはお前」という態度の人があちこちにいたからです。

それでも心の中では聞いている人もいるとは思いますが、私はこの辺りだけだと思っていました。悪いことをみな私のせいにして、絶対に自分が悪いのではないと譲らない人はです。(この辺りは悪いことがたくさん起きているので、頑なになってしまった人が多いようです。〔特に、どこかの会社や運転手連中がそうなんですが…〕)

しかし、そうではなかったですね。少し家から離れたところでも、そういう頑なな人が固まっている場所もあるようです。(どことはいいませんが)

不思議なことに、そういうところに限ってよくサイレンがしてくるのです。昨日もその辺りを歩いている一時間くらいの間に何度もサイレンが聞こえてきました。(走って行く救急車も見ましたし)

サイレンがよく聞こえてくるから、それをみな私のせいにして、頑なに私のことを悪く思う人が多いのかもしれませんが、それは違いますね。

心の悪い人がその辺りには多いから、病気になる人が多い(救急車で運ばれる人が多い)のであって、それも自分たちのせいなのです。

そのような悪いことを私のせいにしているより、自分たちの心を直すことです。そうすれば、その救急車のサイレンは減って行くからです。

そんな私がほとんど行かないようなところで病気になっている人の、その病気になったのが私のせいなどと、あまりにも責任転嫁の度が過ぎていると思うのですが、それにしても困りましたね。

こうもサイレンが聞こえてきて、それを全部私のせいにしている人が多いと(昨日もやたら怒っている人がたくさんいましたから)どれだけ辻説法をしてもきりがありません。(何せ、数が違いますから)

どうしたらいいんだろうと、ちょっとお手上げの状況ではありますよね。

東日本大震災や熊本地震、その他もろもろの天変地変が起き続けているのに、まだ分からないんでしょうか。

自分たちが悪いとです。

分からないんでしょうね。テレビなどで、そういうものは全部責任転嫁していますから。

しかし、分からないといけないのです。そのように自分たちに悪いことが起きるのは、みな自分たちに責任があるのであるとです。

昔からいわれている釈尊の教えなど知っているのですから(善因善果 悪因悪果)自分たちも悪いと少しは思いそうなものですが、最近の人たちは本当に自分たちの責任を認めようとしません。(もう責任転嫁が当たり前になっていますから)

それがこのような不幸の連鎖の原因であるのです。

しかし、私一人でいくらそれをいっても信じる人はわずかでしょう。だから、私のいうことを信じている人たちが(そういう人たちもいると思いますから)立ち上がらないといけないのです。

私と同じことをいう人たちを増やしていかなければ、私一人でいくらいっても理解する人は少ないからです。

また、私のいうことを信じられる人は、選ばれた人(心の高い使命のある人)なのです。(心が高いから法が理解できるのですから、そういう人は法の流布の使命は当然あります)

その使命のある人たちが使命を果たさないから、このような不幸な世界が現れているのであり、厳密にいうなら、いま起きている不幸の連鎖は、そのような使命のある人が自分の(本当の)使命を果たそうとしない、そこに原因があるのです。

最近は、医者があの世はあるという本を出したり、テレビドラマや映画などで、霊を題材にしたものが増えています。

少し前までは、あの世があるなどといえば、誰もそれを信じず、アホかとしか思われませんでした。

そうして、霊を題材にしたテレビドラマや映画などほとんどありませんでした。

それが(宗教家ではなく)医者があの世を認め(ホラー映画などをのぞけばほとんどなかった)テレビや映画で霊を取り上げるようになったのです。

なぜでしょうか?

それは、それだけ法が拡がったからです。

本当の神の教えが拡がれば、それをみな信じるのであって、この教えを伝える人が増えるのであれば、多くの人が法を信じ救われて行くのです。(現に、医者やテレビや映画などで、そのようなこと〔あの世や霊〕を題材にしただけでも心が救われる人はたくさん出てきます)

しかし、心だけがいくら救われても、その心を変えないと天変地変(異常現象)は収まらないのです。

心を救うだけでは足りないのです。

それを分かっている人がいつまでもボケっとしていてよいのですか。

本当に人を救いたいのであれば、天変地変が起きた後に何かするのではなく、起きる前に起きないよう、行動を起こすべきなのです。

それが本当に人を救うということだからです。(知らないうちに救っている、それが神の心なのです。神も私たちが知らない間に〔この地球も水も空気などもそうですが〕必要なものをみな与えてくださっているのです。それと同じです)

その天変地変(異常現象)を起こさない方法を知っているのは、法を知っている人たちだけなのです。

災難にあった人たちばかりを助けるのではなく、少しは、心を救われた人(法を教えてくれた人)を助けてはどうでしょう。

それも大事な人としての道であるからです。

追伸…昨日テレビでやっていましたが、芸能人ってずいぶん(お金を)もらっているのですね。(もちろん有名な人はですが)

そうして、すごい気前のいい人もいるとか。(酔っぱらうと、そこらの工事現場のオッサンにまで金を配る人がいるらしいではないですか。凄いですね)

しかし、私には全然気前よくしてくれません。(苦笑)

知らない人にまで配るお金があるなら、心を救われた人にもお金を配っていただけないでしょうか。

それが筋であると思うからです。

何かいいことをしても、恰好を付けているだけだったり、売名という思いが少しでもあったりすれば、それは善行を行っているとはいえないのです。(それは偽善です)

だから、善いことをしているといわれている人たちでも私のような奇跡が起きて来ないのです。

本当に心の底から善いことをしている人はいないからです。

一度心から善いことをしてみませんか?(私に布施して、法の流布を手伝ってです)

そうすれば奇跡が起きてくるからです。

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