6月 01 2016
罪の擦り付け
昨日は三重県の長島町まで行って長良川と木曽川に行ってきました。
別に昨日行こうと決めていたわけではありませんが、陽気もよくなりましたし、ソロソロあの辺りにも行きたいと前から思っていたからです。
そうしたらまた不思議なことが起きましたね。
本当に自分でいうのも何ですが行いのよさが現れています。朝から出て行く時など、必ず「何でこんなことが起きるの?」という不思議な現象が現れるからです。
それに引き換え行いの悪さが現れていますね。この辺りの人たちはです。
昨日など、私がいなかったにもかかわらず、帰ってくるとやたら怒っている会社はある、いつもならこんな時間に終わらないだろうという会社があちこち早じまいしている、何か雰囲気がおかしいのです。
その雰囲気のおかしさは今日も続いています。どこかの会社が朝からやたら怒っているのはいつものことですが、ずいぶん元気のない怒り方です。(何か、ほんと恰好つけているだけという感じですね)
いろいろ悪いことが起きているのなら行いを反省されてはどうでしょう。自分たちの行いが悪いから悪いことが起きているからです。
私はよいことをしているからよいことが起きているのです。
そのよいことといえばです。昨日は不思議なことが起きただけではなく辻説法もしてきました。どちらかといえば、そちらがメインであったからです。(せっかく三重県まで行ったんですから)
木曽川や長良川から離れて長島町の町中を歩いていると、あちこちで嫌がらせをされます。(もう、私が歩いているとそこらじゅうで鳥が騒ぎますので、すぐに私がいることは分かります)
この辺りにまで私の名前は轟(とどろ)いているようです。(苦笑)
「オバちゃん、あの世があるって分かってよかったな」「オジちゃん、神もあの世も生まれ変わりも俺がいてこういう現象を現したから信じたんだろう。よかったな、そういう知らなかったことをいろいろ教えらてもらって」あの辺りは田んぼや畑が多いので、そこで作業している人や家から出てきている人に片っ端から辻説法です。
「そのようなことを教えたのはみな私です。今日は本人がわざわざ参りました」と声を張り上げ、わざとアピールしました。
その方が(鳥が騒ぐ現象も現れていますので)その町の人たちに私のいっていることの正しさが理解しやすいと思ったからです。(まだ名前はいいませんが。選挙期間でもないのに名前を出しては公職選挙法に引っかかってもいけないと思ったからです…って、別に選挙に出るわけではないんですけどね…ダブル選挙もなくなったんですね。面白くなかったですか?ダブルのダブルって。私はなかなか面白いと思ったんですが〔話題性抜群です〕しかし、今日は国会の会期末です。最後の最後に解散を総理がいわれたらそれはそれで話題性は抜群ですけどね。〔笑〕)
しかし、そういう恩着せがましい言い方をするとほとんどの人が下を向きます。だから私は、よけいかさにかかってそういう言い方をしました。
その方が反省する人が多いと思ったからです。
それに走って行くトラックがやたらブシュブシュやって行きます。そういう連中にわざと大きな声で「何だ、いろいろ教えられて散々心を救われている者に嫌がらせか。そんなことしてたら罰も当たるわな」と天罰も、猛アピールです。(笑)
そんな感じであちこちで辻説法です。よけい下を向く人が多かったですね。(車で走っている連中も含めてです)
「こういう現象(鳥が騒ぐ)まで現れているのです。私のいうことを信じてはどうですか?この現象は釈尊やキリストにも現れているのです。私は多くの人の心を救っているのです。そうして(名古屋だけでなく)三重県の人まで救っているのです。これだけよいことをしている者が何で人を病気にするのですか?」
「もう三重県だけではありません。私のことは愛知、岐阜、三重の三県の人がみな知っているのです。もっと多くの人が知っているのかもしれませんが、愛知、岐阜、三重の三県は自分で行って確認しました。それだけ多くの人が私のことを知ったということは、それだけ多くの人の心が救われているということです。それだけよいことをしているから、こういう(鳥が寄ってくるような)奇跡も起きているのです」(何か本当に選挙運動のようです。「だから清き一票をよろしくお願いします」とまではいいませんでしたが。〔笑〕)
愛知、岐阜、三重の全員の人が私を知っているとは思えませんが、少々はったりもきかせ、あちこちで辻説法をしてきました。
聞いていた人は年寄りが多かったので、それなりに効き目はあったんではないでしょうか。(名古屋でも、そういう話を聞いて頭を下げる年寄りが増えていますので。こういう恩着せがましい話は特に年寄りには効果抜群です。〔笑〕)
しかし、実際そうなのではないでしょうか。
最初に書きましたが、私に次々に不思議な奇跡が起きるのは(その不思議なことは〔魚のことですが〕また書くことにします。動画にも撮ってありますので、その起きたことが嘘ではないと分かります)それだけの善行を行っているからです。
私は多くの人に多くのことを教え、心まで救っているのです。そうして、その救われる人は日々増えていると思います。
あのように普段いかない場所に私が行くなら、その辺りの人たちはまた私のことを話題にするからです。(そうするとまた私のことを知る人が増えます。〔あちこちで噂になるからです〕私のことを知る人が増えるのなら、それだけ心が救われる人も増えるということです)
そうして、私に起きている現象を見て辻説法を聞くなら、心がまたよい方に変わる人も出てくるからです。(心がよい方に変わるのなら、その人はよけい救われます)
行っていることがこれほど違うのです。(このブログを書くのも含めてですが)では、起きることが違うのも当たり前のことなのではないでしょうか。
この二~三時間だけでもです。一方は心を救うためのブログを書き、もう一方は嫌がらせをし続けているのです。(本当にうるさいです。やっていることが天と地ほど違います)
わずか二~三時間だけでもこれだけしていることが違うのです。
では、起きてくることが大きく違っていても何も不思議ではないのではないでしょうか?
むしろ、これだけしていることが違っているのです。同じことが起きる方がおかしいのではないでしょうか?
私はほんの少しの時間まで人を救おうと考え、それを実践しているのです。
もう一方は嫌がらせを実践し続けています。
それだけ行いが違っているのにです。
その自分の行いを反省しようともせず、いつまでも人に罪を擦り付けているのは、大きな罪以外の何ものでもないのです。



人目の訪問者です。

家内と旅行に出掛け目的の駅に着くと、明るく威勢の良いおばちゃんが寄ってきて「待ってましたよ!」と声を掛けてきて、後で行くから先に行っててと数種類のサービス券を渡され息つく暇もなく、背中を押され駅の外へ出されてしまいました。これは人違いしてるな、手渡されたサービス券を返そうかと思ったが相手方の間違いだし、サービス券ならいいかと思いその場を離れました。暫く歩くと少年が私達を見つけ怒りながら間違いを正されました。元々は間違いだと気付いていながらもらってしまったのが悪いのであって、そちらの家まで連れて行ってもらいあの威勢の良いおばちゃんに頭を下げて謝りました。おばちゃんは「明るく、間違いはあるさ気にすんな」と言ってくれてホッとしました。そして主人に目的地まで車で送ってもらう事になり、その車の中で「許してあげたけど、立派な犯罪やで警察で反省しなはれ」と言われ行った先は警察でした。
実はこれ全て朝方に見た夢の話です。ここのところ会社では小さなミスが続いており昨晩、その反省をして寝たら朝方に見た夢ということです。ミスはあっても当然なのだ、けれども繰り返し再発もどうだか。しっかり反省をして一歩でも前進する心掛けだけは失わないようにしていきます。
頑張ってください。